※悲劇は繰り返される
※暴力的・またはグロい表現があります。
外からの風圧に耐えかねて、いまにも吹き飛びそうになる。
尚吾くんを離すまいと片手を握り締めていると、シャナマンがハッチを閉じてくれた。
「はぁっ、はぁっ……相変わらずトーゴは無茶するよな」
「そうね」
「自分のことしか考えちゃいねぇ」
「それは違うよ、東吾さんはいつだって自分のことは後回しだよ!」
「そうだった、あいつは自分よりキョーコだもんな」
「……!」
「響子ちゃんをいじめるな! おじさん!」
「おじさんじゃなぇ! シャナマンだ」
わたしの代わりに反論しようとする尚吾くんを止めた。
シャナマンの言葉に思い当りすぎて、自分自身が嫌になる。
「とりあえず速度を落としてやり過ごす、旋回してるだけなら大丈夫だろ……」
「そうだね、尚吾くん席に戻ろう」
「パパ……」
「尚吾くん、パパは大丈夫だよ。ゾンビよりしぶとい統率者だからね……きゃあっ!」
尚吾くんと目線を合わせてたら、機体が激しく揺れ始めた。
小さな体を抱きしめていると、シャナマンが腕の中に囲い込んでくれて安定する。頭を打つことはなかったけれど、どちらも動揺が隠せない。
顔を見合わせて頷き、マリーのところまで戻ると荷物が散乱してる。ドリンクや軽食が床に零れ落ちてその激しさを物語っているかのよう。
「ダブル裕ちゃん大丈夫?」
「あ、響子さん! 脇沼氏は……」
「一人で降り立ったよ」
「そ、そっすか……うおっ!」
ぎゃあぎゃあ騒いでるダブル裕ちゃんが心配だ。
わたしと尚吾くんが覚束ない歩みで近寄ると、祐介くんは両手にリュックを大事に抱えている。
「俺は何があってもカメラだけは死守するっすよ!」
彼を見てると西條あかりちゃんを思い出す。
わたしはこくりと頷き、隣に座る祐子さんを窺った。
「あ、響子さんも安全第一メットを被ります? 私、皆さんの分も用意したんですよ!」
「お、お気持ちだけ頂きます……」
「そうですか、残念……」
ノートにメモする祐子さんに、どこか余裕が見えるのは気のせいか。
その前に座るマリーとドルイドに話を聞こうと、シャナマンと進む。
「この揺れは何があったんだ……お嬢!」
「シャナマン! 機長と連絡が取れませんの。緊急事態があったのかもしれませんわ」
おでこに手を当てたマリーがつらそうに喋っている。
「ただ事じゃねーよな。原因を突き止めるために操縦席へ行くぞ!」
「おう!」
慌てて前へと進むも、操縦席の扉が開かない。
しびれを切らしたシャナマンとドルイドが銃で扉を無理やりこじ開けると機長が二人、座っているもののピクリとも動かない。
シャナマンがドルイドに視線を促し、怪しみながら副機長の肩を押すと床に崩れ落ちた。
幹線塔からのノイズがうるさく響く。
ゆらりと立ち、こちらを振り向く機長の顔を見て戦慄した。
「ゾンビ……感染してたのか!」
「副機長はもうダメだ……かみ殺されてる」
口元から滴る大量の血液が機長の白いシャツを染め上げている。倒れた副機長の喉元や顔面が大きくえぐり取られているのは、機長が襲ったからだ。
くん、と鼻を動かして匂いを嗅いだかと思うと、口元から涎を垂れ流している。一番近くにいたドルイドを襲ったかと思うと、噛みつく動作を繰り返す。
「くそ、離せっ!」
「ドルイド! こいつ!」
ドルイドと機長が近すぎて銃の狙いが定まらない。
シャナマンが機長を蹴りつけると、口を開いて威嚇してきた。
「よし、頭部を狙うぞ……は……?」
ガアアアアアッ! と雄叫びを上げながらも人間のカタチでなくなっていく機長の姿に、わたし達は唖然となった。腕が腐り落ちた、いや、正確にはケモノのような腕が生え、四肢は筋肉がさらに盛り上がり、顔だけ留めているが何かの昆虫のようだ。背中から羽が生え、小刻みに振動している。
わたしと柳原さんがハエ人間に襲われたときのこと、犯されそうになったときのこと――ゾンビになったら、わたしが一番に殺してやると叫んだときのこと――過去に起こった惨劇が一気にフラッシュバックした。
「“エンジェ”、いえ、“エンジュエヌ”の副作用ですわ!」
「進化形の方か!」
ドルイドとシャナマンが銃を撃ち込むも、機長だったバケモノは唸り声を上げてたたらを踏んでいる。品定めするかのような視線に恐怖して、わたしが尚吾くんを抱き締めると震えていた。この子はまだ子供だ、できるだけ危険に晒したくない。
「身体的に“エンジュエヌ”の方が勝っているはず……気を付けて――きゃああっ!」「マリーッ!」
ドルイドとシャナマンが銃で撃ってもびくともしない――?
こんなのにどうやって立ち向かえっていうの。
わたし達が躊躇しているとき、尚吾くんがマリーに駆け寄ってバケモノの間に入ると意思疎通を図っていた。
「だ、大丈夫なの、尚吾くん」
「やってみる……マリーさんは早く逃げて」
「え、えぇ……」
動きが次第に大人しくなっていくバケモノに、尚吾くんが笑顔を見せて背中を向けた瞬間、何が起こったのか分からなかった。尚吾くんが羽交い締めにされて噛みつかれている。わたしは、発狂しそうになった。
「あ、うぅ……!」
「尚吾くん! やだ、やだああっっ!」
機長だったバケモノ目掛けて体当たりすると、後ろによろめいて距離が離れた。それよりもわたしは尚吾くんを助けたい。背中に手を当てて抱き寄せると、肩口から血が流れ出ていた。
「響子ちゃん……」
「尚吾くん……」
口元から血を吐き出した。
尚吾くんは東吾さんみたいにゾンビの耐性があるはずなのに、どうなってしまうの。
「いま、手当てをするからね」
「ボクね、お父さんみたいにできなかったよ」
「だいじょうぶだよ、尚吾くんは、パパの子でしょ?」
シャナマンとドルイドが銃を撃ってバケモノの足止めをしてくれているのに、安全な場所まで移動できない――でも、この飛行機の中に安全てどこにあるの。
機長がゾンビ、副機長もやられて早く仕留めないともう一人ゾンビが増えて、とてもじゃないけど余裕なんてない。頭の中はパニックで、尚吾くんだけでも助けなきゃと思うのに、身体が動いてくれない。
「ボクが響子ちゃんを助けたかったのになぁ……」
「尚吾くんはヒーローだったよ、守ってくれたよ……」
「ごめんなさい、ボク、少し眠たくなってきた……」
抱き締めた体温が低くなっていく。
血が流れ過ぎた。わたしと尚吾くんの血液型は一緒だから輸血すればなんとかなる。
「すぐに治せるよ。待ってて、尚吾くん」
クライムハーツを両手に持ち、バケモノと相対した。
東吾さん、わたしにも力を貸して。
奴が大きく口を開いたところを見計らって引き金を迷いなく引いた。激しくのたうち回り、人間の姿に戻る。エンジュエヌのウイルスはどうなったんだろう、もしエンジェに戻ったとしても、尚吾くんの意識が無いと――
「ぐががああぁ……!」
力なく倒れた機長を前に、わたし達は腰が抜けたように崩れ落ちた。
シャナマンがわたしを見て、笑みをこぼす。
「助かった……しかしお前のそれ、強力だったんだな」
「俺達の銃じゃ足元にも及ばなかったのにな……対ゾンビ用の兵器ってわけか」
「うん。これが効いたということは……」
ゾンビのウィルス“エンジェ”と“エンジュエヌ”、その両方どちらも東吾さんには力及ばない。統率者との体組織である力の拮抗に“エンジュエヌ”は敗れたのだ。一人市街に降り立った東吾さんなら、ゾンビ達を鎮圧できるかもしれない。
「藤堂ヒナタが良い仕事したってわけだな……よし」
シャナマンが立ち上がり、銃を副機長に向ける。
「あ……」
「副機長をそのままにしておけない」
ドルイドが尚吾くんを抱き上げて、操縦室から出て行った。
安静にさせておかないと小さな体に負担がかかる。
「……新薬はこの飛行機にはないの? 尚吾くんに使って――!」
客室に向かうドルイドの背中に追いすがり、わたしは叫んだ。
「藤堂ヒナタから大量に仕入れてきたが、ダメだ」
「なんで! どうして尚吾くんはダメなの!」
「息子の中にせっかくできた抗体まで、消滅させることになってしまう」
「え……?」
「統率者はともかく、ショーゴにはこのまま耐えてもらう」
引き金を引き、副機長の頭蓋骨めがけてシャナマンが撃ち放つ。弾薬が一つ、床に転げ落ちた。その音が鳴り止んで、わたしは問いただす。
「新薬を体に取り込みさえすれば、殺さずにすむんじゃないの?」
「機長を足止めすることはできても、抑えることは無理だったことを忘れるな。俺達はトーゴじゃない」
言い淀むドルイドに、わたしはそれ以上言及することができなかった。
「シャナマン、それくらいになさい。響子、あなたは先ほど銃を撃ったわ。覚悟はできたということね?」
マリーにシャナマン、ドルイド、尚吾くん。五十嵐さん、祐介くん。
覚悟が無かったのはわたしだけだった――?
『クライムハーツは君を守るためにあるんだから』
クライムハーツを真の意味で使ったら、東吾さんは怒るかもしれない。ねぇ東吾さん、出来損ないのわたしだけど、役に立てるとしたらそれは――
「うん、覚悟はできた。わたしの中でケジメがついたよ。私たちも降りよう、中国に」
「ありがとう響子……操縦は自動操縦に切り替えて滑走路へ。シャナマン、お願いしますわ」
「了解……」
「あとは東吾さまの働きに頼るしかありませんわね……」
東吾さんを待たずに降り立つことは、自殺行為を意味する。
それくらいわたしには時間が足りなかった。




