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プロローグ IFバージョン

IFなバージョンです


 この手に掴んだ華奢な身体が、いまにも重力に従って落ちかけている。

 風に煽られて揺さぶられる彼女の身体を、ぜったいに離すものかと本能が渦巻き、この身に宿る感情が胸を切なく抉りつけていく。


 それでも彼女の体力が限界に等しいのか、運命に抗おうともせずに諦めた風を装う――なぜ、自分を諦めようとするのか、それとも、すべてを諦めようとして楽になりたいだけなのではないか。そうした考えに至り、彼女が自分の前から居なくなることに、恐怖と怒りが沸き起こる。


 響子の切ない笑みを見たいんじゃない。

 一目ぼれしたあの日から、ずっと想ってきたのだから。


 自分の持てる力を振り絞ろうとして腕がもげそうになった。あぁ、どうして俺の身体は腐っているのだろう。そうだった、ゾンビだったなと、腐った脳みそで単純に考えた。

 不甲斐ない自分を呪いたくても、声が出ない。どうにもできないもどかしさに呻いていると、彼女から微かな声が漏れ聞こえてくる。


「離して、あなたも一緒に落ちちゃうよ……」


 諦めかけた声に苛立ちながらも、否定の意味を込めてもげそうになる腕に力を込め続けた。うーうーと、みにくい唸り声しか生みだせない自分に腹が立つ。どうしてこんな切羽詰まったときに響子を救うことができないのか。



「わたしは、あなたのことが好きだったのかも」


 告白の続きは後で聞きたい。

 そのためにも、君の身体を引き上げないと。


「あのね、ありがとう」


 瞳から透明な滴が溢れ出ている。

 掬い取って舐め取りたい。


「他の誰でもない、最期に見るものがあなたでよかった」


 腕に力を込めるも、それ以上は身体が持ち上がらない。

 腐った腕では、繋ぎとめるので精いっぱいなのだ。

 こんなとき、ゾンビは嫌だなと唸り声をあげた。


「わがままだったでしょ。調子乗って、あなたの心を弄んだかも。イジワルしてごめんね」


 響子がくれる痛みや恐怖、微笑みが新鮮で、付きまとってたのはこちらだ。


「あなたは悪くなかった、悪かったのはわたし、あなたを巻き込んで、ごめん。何回謝っても、足りないけれど――」



 やわらかな手がするりと離れていく。



「あなたは自分の意思でこの世界を生きて。それが、わたしの願いだよ」






 俺の意思は、君と共にあることだ。



















****





 地面に落ちた感触がしたのに、痛みはちっとも訪れない。それはそうだ、男に抱きしめられてクッションのような役割をさせていたのだから。



「いや、いやあああっ、どうして、どうしてっ、わたしを助けたの!」



 ぐったりとした男の身体を抱きしめて、幼子のように泣く。



「助けてなんて頼んでない! 助けてなんて……わたしは、あなたさえ生きてくれたらって……」




 全ての元凶がゆっくりと近づいてくる。

 今度こそわたしを殺そうと、正確に狙いを定めてきた。


「役立たずめ。大人しく私に引き継げばいい物を」


 ズキン、と胸が痛む。

 それでも精一杯空気を吸って、響子は大柄な男に食らいついた。


「一度は死んだ身。ならばこの命、誰のために使おうとわたしの勝手だよ」

「お前の命など塵ほどにもあるものかっ!」

「小さな塵ほどの命は、あなたには扱いきれない。これは東吾さんを選んだのよ」


 あざ笑う奴の意図を無視して、響子は自身の胸を突き刺した。

 心臓を抉って、ぐったりとする男の口元に近づける。


「やめろっ! 何をしている!」


 化け物が喚き散らす。


「より強きものへ移行するのは必然。わたしではダメだったから、あなたに託すね」



 血肉が強きものへと欲する。

 その間も、わたしの身体の中は凄いことになっていた。

 取り出した心臓ではなく、もう一つの心臓が無から有へと修復されていく。



「それを渡せっ! それは私のものだ!」



 手の中にある心臓を奪われそうになったから、必死に隠そうとしていると頬を殴られた。口の中を切って、血がぬるりと流れ出てくる。



「もう遅すぎるよ、真に強き核はこの男性ひとを宿主へと選んだ」



 ねじ曲がった骨が修復され、もげていた腕は一瞬にして繋がり、傷だらけの皮膚は血色を帯び、健康的な肌の色を纏う。これこそが統率者の真の姿といえるだろう。


 彼に批難される未来を予想しながら、いまだ眠り続ける彼の意識が目覚めるのをわたしは待った。



 その間、首に絡んだ無数の触手が締め付けてくる。

 苦しみにせき込んでいると、何かによってぶつ切られた。


 気づけば、すでにわたしは彼の腕に抱き寄せられて、軽くキスされている。



「おはよう」


「お、はよ……」



 ぎゅっとくっついてくるから、頭をはたいてやった。

 悲しみの瞳を向けられるけど、許していたらキリがない。

 指で唇を撫でられた。流した血を見て辛そうな顔をする。


「血……? 殴られたのか……」

「こんなのなんともない」


 口元をぺろりと舐められる。

 そして、化け物の方へと睨み付けると、再びわたしに視線を向けてきた。



「君の、鼓動をここに感じる」



 彼はしきりに胸板をさすっている。

 それはそうだ、わたしの心臓が彼の修復に一役買っているのだから。


「あなたも人間でなくなったかも。許してとは言わない、わたしを殴ってくれても構わない……」


 息をのむ音がした瞬間に、化け物がわたし達を襲おうと全身を大きく開いた。それはさながら、肉食獣がウサギを狙うかのように激しく動く。


 わたしごと襲い掛かろうとしたけれど失敗に終わった。

 刃と化した腕が、彼によってそぎ落とされたから。



「響子は死なせない……」


「……」


「終わらせたくない、俺と、生きる道を選んでくれ」



 醜い姿の化け物が大きく笑う



「化け物どもが平和に生きると? そんなもの、この世ではとっくに崩壊しておるわ! それよりもその核を渡せ! それを手に従順なモルモットを作り上げてやる! 私の命令を第一に聞く、従順なモルモット共をな!」


「それは人間のことか」


「そうだ、病も寿命も関係ない、ちょうど、君たちのように生きることができる。それこそが真の楽園なのだよ!」



 化け物の高笑いが続く。

 憐れむような声を出すのは彼の声だ。いつでも、わたしを気遣ってくれたあの優しい声じゃない。心の底から怒っているかのよう。



「お前の命令を聞く? それが核の願い? 勘違いも甚だしい、誰が弱者の声を聞くものか」


「なっ――」


「心臓は一度、この子の望みをかなえた。破格過ぎる対応は、俺につながると知っていたから」 


「俺が弱い、と……? 調子に乗るなよ、小僧がぁぁっ! 恐れることはない、お前の核を奪えば済むだけのこと!」



 地面に向けて拳を穿つと、一帯ごと浮かび上がる。その不意をついて化け物が襲い掛かってきた。視界を遮られた状態のまま、耳元近く裂けた大きな口が彼へと差し迫っていく。


 けれどどういうことだろう。


 一つの所作で、化け物の右半身がはじけ飛んだ。

 これが、本当の意味での核の保持者だろうか。



「あ、あ、うがぁぁっ!」


「お前でも痛みはあるんだな」


「ぐぅぉぉぉ……」


「一瞬で終わらせてやる」


 彼が手を向けると、化け物の血走った目がこちらに向いた。

 大きな巨体がわたし目掛けて走り込んでくる。

 わたしの頭をわし掴んで言いたい放題だ。



「こいつの頭を砕かれたくなければ、大人しくするんだな……!」


「くそっ、卑怯だぞ」


「一歩でも動けばどうなるか、賢い君ならわかるよな? 死なずとも復活はするが、気の遠くなるような痛みを延々と抱かずにはいられないぞ?」



 無抵抗の意をくみ取った化け物は、すぐさま彼を車へと収容しようとした。



「待って、どこへ連れてくの? やめて、やめて!」


「キミはこちらへ。大丈夫だ、少し実験とやらをしたくてね」


「実験……」


「さて、意識を取り戻したキミは、彼を再び受け入れられるかな?」



 拘束されたまま、わたしは意識を手放した。

 それからのことは覚えていない。

 しかし、彼をまた目にすることはできた。







 わたしの、記憶がない状態のままで――






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