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━━━第二章・荒ぶる湖畔のスシ屋台━━━ 1


「うほっ、らっしゃい!」

 暖簾のれんをかき分けると、屋台のオヤジがパンパンと手を打ちながら、二人を出迎えた。

「オッチャン、一番うまいすしちょうだいっ」

「ほいさぁ!」

 元気のいい少女に応えた角刈りのオヤジは、水玉の鉢巻きをぎゅっと締め直す。さわやかな笑みから漏れた白い歯と、右耳の赤いピアスがきらりと光った。

 そして、屋台と並ぶように横へ置かれている丸太に、双七郎そうひちろうとキサは腰掛ける。ひんやりとした湖畔のそよ風が、身体にこもった熱を心地良くさらっていった。

「それにしても腹減ったぜ……。そういや、ここで鮨屋台すしやたいって事は湖の魚でも使うのか?」

「うっほ!」

 双七郎そうひちろうが、背負ったおお太刀だちひもを緩めながら問いかけた途端、何を思ったかハッピをばさりと投げ捨てるオヤジ。全身毛むくじゃらで筋肉隆々の裸体らたいを惜しげもなくさらした褌一丁ふんどしいっちょうの彼は、湖に向かってダッシュ。

「まじかよ……」

 崖からザッパーンっと豪快に飛び込んだ。

「あのオヤジ、猿の[もののけ]だったよな……」

「うん……、たぶん猩々《しょうじょう》だよ」

 猩々《しょうじょう》とは、猿の[もののけ]としては有名な種類。森の賢者、女性にょしょうさらう乱暴者、大酒飲みと諸説は色々ある。

「ふーん……なぁ……、[もののけ]って変な奴多いのな?」

 そう言って、キサの顔をまじまじと見る双七郎そうひちろう

「あんなのと一緒にしないでよ、もうっ」

 しばし流れる白い空気──。


 ここ、三つの川が流れ込む九露湖くろこは、鎮西地方ちんぜいちほうで三番目に大きい湖である。

 長老のお使いを果たすべく、双七郎そうひちろうとキサは二段川にだんがわを下って来た。ただし、修行の一環として足腰を鍛える為に、小舟は使っていない。当然ながらキサは不満をあらわにしたが、なんだかんだ言って付き合ってくれている。

 隠れ里を出たのは、あれから次の日の朝。今はお日様が真上にあるから、腹の音が鳴るのも無理はない。歩きながら醤油煎餅しょうゆせんべいをバリボリ食べていたキサは、それほど空腹でもないはずだが、

「もぉ……ハラヘッてるのに、お客ほったらかしで信じらんないっ」

 相当イラついた様子で、屋台の端をガンガン蹴っている。しなやかでスラリとした体つきの彼女の、一体どこに大量の食べ物が入るのだろうか。

 頬杖ほおづえをつきながら、キサの身体を何となく眺めていた双七郎そうひちろう。視界の端に異変が──。

「うおっ! なんだありゃ!」

 弾かれたように立ち上がる。

 ここよりずっと向こう側、九露湖くろこの対岸に近い水面が突如黒くなって、とてつもなく巨大な物がうねった気がしたのだ。

「どしたの?」

「あ……っ、あぁ……、きのせいか……」

 一瞬の出来事だった。それとも空腹がもたらした幻か。

 しかし、なぜか背筋せすじがぞくりとして、身体中から冷や汗が吹き出している。


 ほどなく、屋台のオヤジがその口に一匹の魚をくわえて、がけをよじ登ってきた。

「ちょっとぉ、お客待たせるなんて最低よっ」

 丸太から立ち上がり、人差し指をビシィとオヤジへ突き出すキサ。

「うっほ、えろうすんまへんなぁ。取れたてぴっちぴちのすしが売りなもんで……」

 すしは、最もポピュラーな食べ物として全国を席巻せっけんしている。もちろん、屋台もそこらじゅうごろごろしてるが、魚を捕る作業から始める所は珍しい──いや、聞いた事がない。

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