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━━━第七章・白き三ツ鱗と黒き震皇━━━ 1



 想像を絶する大きさの黒い影が、狭い水槽に入れられた魚のように、九露湖くろこの中を暴れ回っていた。地響きと津波が断続的に起こっている。

「これが、黒露くろ大蛇おろちってやつか……」

 間近で──、ただ呆然と──、彼は見ていた。恐怖心による震えが未だ止まらない。


 これまでの経緯いきさつは、次の通りである。


 彼は、小舟に乗り込んで二段川にだんがわを下っていた。

 約三十分が経過した時、クソ野郎を乗せる小舟を視界にとらえたのだが、有効な飛び道具を持たなかった為、大胆な発想による案を実行した。それは、自分の小舟を爆裂爪ばくれつそうで盛大に爆破し、爆風に身を任せて相手の小舟へ乗り移るという、無謀な方法だった。

 この賭けはかろうじて功を奏し、ついにピリオドを打てるかに思えた。

 だが、時はわずかに遅し。

 九露湖くろこだい瀑布ばくふと呼ばれる豪快な滝の音が、耳の鼓膜に警鐘を鳴らす。されど、おのが身を滝壺に捧げるのを覚悟の上でクソ野郎を斬り付ける選択肢を、彼はとった。

 両者は小舟ごと、奈落の底へ真っ逆さまに落ちてゆく。悔やむべきは、不安定な足場のせいで深手を負わせられなかった事か。

 そんな最中さなか、湖の空気が変わった。悪寒が全身を駆け抜ける。もう無我夢中で、わらにもすがる思いで、滝の横に生えている枝やらつるやらを彼は掴み取った。

 一方、クソ野郎は奇声を上げながら落下スピードを増していき、闇に消えた。

 ざっぱーんと、巨大な何かが水を打ち付ける異常な音がした直後、湖面がうねる。

 水は津波となり、彼の身体を滝の上へと押しあげて、そのまま二段川にだんがわの岸へと叩き付けたのだった。

 黒露くろ大蛇おろちの、正体見たり、大なまず──。

 そう、クソ野郎を丸呑みにしたモンスターの正体とは、不気味に黒光りする巨大ナマズだったのだ。長いモノには何でも大蛇おろちと名付けた古代人の叡智えいちに、ツッコみは不要である。

 彼──稲薙いなぎの 双七(そうひち)は、目前で繰り広げられる惨状をただ眺めるしかなかった。


 朝日が顔を覗かせた頃、九露湖くろこの水はおそらく半分を失った。その原因が、蒸発によるものでは無く湖畔周辺を水浸しにしたものなので、被害は甚大。下流では、洪水や鉄砲水にさいなまれているかもしれない。

 そして、のたうち回っていた巨大な黒い影は、今はどこにもなかった。

 ただ、双七そうひちの眼前に立つこの男が、深く関連しているのは間違いないだろう。

「…………やっと、ボクちゃんの願いが……、かなったんだよォ」

 黒露くろ大蛇おろちに呑まれたはずのクソ野郎──こおりの 光房みつふさが、会心の笑みを漏らす。

「くふふふふっ……ひゃっひゃっひゃ……っ、ふひゃはっはっはああああああぁぁぁ」

 やがて、下品な笑い声となって辺りにこだました。

ラストバトルの幕が切って落とされます。

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