━━━第六章・名と狐火を継ぎし弟子━━━ 13
お互いの額に張り付いた〝白い鱗〟が、まばゆい光彩を放ち始める。
いざ──。
「お待ちなさい!」
宿命の決闘に水を差したのは、隠れ里で長老と呼ばれている──飄々《ひょうひょう》とした雰囲気の猿っぽい男だった。
「なんだよジジィ。いいとこなのに、邪魔すんなよな……」
「双七郎君、アナタは目上の人に対する口の利き方がなってませんねぇ……。あとできっちりお仕置きしますが、そんな事はどうでもいいのです。あれを見なさい」
長老が示す方向へ、双七は視線を移した。
空は大分白んできており、朝日が昇るのも近いだろう。様々な物を包み隠していた煙は消え去って、視界はくっきりと良好である。
「うそだろ……。なんで、ここの川が……?」
双七の顔が、みるみる青ざめてゆく。
そう──昨日の夕方に狐鯉川で見かけた光景と同じ。水の色がドス黒く染まっていたのだ。
流れる先は言わずと知れた九露湖。それは即ち、黒露大蛇の復活を意味していた。
「ワサビ園の上流にある祠こそが、最後の封印だったのです」
「まじか……よ。そんなの聞いてねーよ……」
痛恨の出来事であった。
もし、空吉が手に入れた重要な情報さえ伝わっていれば、結果は大きく違ったかもしれないが──。
「さて、双七郎君……いや、稲薙 双七君でしたね。アナタに、責任重大な仕事を与えます」
過ぎてしまった出来事を論じていても、無意味である。事態の更なる悪化を防ぐ為に、長老は即座に命じる。
「あの、根性のねじ曲がった男を追いかけなさい。震皇に成るのを阻止するのです!」
長老がビシィと指差した先に、
「くひゃ?」
小舟に乗り込もうと足を掛ける黒い狩衣の男──評 光房の姿があった。
「しかしよぉ……、オレは師匠の仇を取らなきゃ……」
もちろん、双七は不満を露わにする。
「シカシもカカシもありません。つべこべ言わずに早く行きなさい。これ以上、逆らうようでしたら、キサ君にたっぷりお仕置きして差し上げますよ?」
その瞬間──<もののふ>・紅蓮小僧に生える尻尾の毛が、針のように逆立った。
「なんでキサの名前が出てくるんだ、関係ねぇだろうがっ! おっ……、ちょっ……、なんなんだっ……、やめろって……、キサっ!」
双七本人の意志に逆らうかのような、足の運び方。長老に脅されたキサが、無理矢理動こうとしているのだ。
「決まってるでしょう。どうせ触るなら、女の子の柔肌がいいと思いませんか?」
さも当然の如く、セクハラ発言をさらりと口に出した長老。ワキワキと、両手の指を軽やかに動かす。
「お触り前提かよっ、しかも同意を求めてんじゃねぇ!」
双七は、反射的にツッコんだ。
こうしている間にも、光房が洞窟の水路へ小舟を流し──消えてゆく。
「ちっ……、しょうがねぇから行って来るぜ。どうなっても知らねーけどな……」
不承不承従った双七は、停泊している小舟を適当に選んで乗ると、慣れた手つきで櫂を操る。
「つー訳で、覚えてやがれ。あとで必ず決着を付けてやるからなっ!」
まるで悪役な捨て台詞を吐いた双七。彼を乗せた小舟は滑らかに水路を進んでゆき、すぐさま出口へ。そのスピードなら、おそらく追いつくであろう。
長老は屈指のセクハラキャラなのです。




