━━━第六章・名と狐火を継ぎし弟子━━━ 10
キサは、じんわりと痛む右手を押さえながら──。
「あたしが…………無関係? ざっけんじゃないわよっ あたしだってバカアニキ殺されてんのよっ、都合のイイ時だけ女の子扱いしてんじゃないわよっ、死ぬのはオレだけでいい? そんなのがカッコイイと思ってんの? バッカじゃないのさっ。あんたが死んだら、あたしだって死んでやるわよおおおおおおぉぉぉ」
今にも大暴れしそうな彼女の手を引っ張った双七郎は、何もさせないように強く抱きしめる。
「双ちゃん……、あたしも一緒だよ……、ずっと一緒だから……」
懐で大泣きするキサの身体が、透き通って消えてゆく。
そうして──。
「…………うがああああああぁぁぁ」
双七郎の髪が次第に赤く染まって、金色に輝くキツネの尻尾が飛び出る。
全身が激しい業火に包まれ、そのまま溶けて無くなりそうな苦痛が彼を襲った。
<もののふ>の陣痛と呼ばれるそれは、人間の細胞が最適化される現象だ。起こるのは初めの時だけで、以後は無いという。
「おいテメェ……。じいさんからの遺言だ。肝に銘じときやがれ!」
新たな<もののふ>が今、産声を上げようとしている。それを遠い目で眺めていたバサラは、機は熟したとばかりに師匠の遺言を読み上げた。
「決して負けるな、何があっても勝つのじゃ……だとさ。意味はよく分かってんだろ?」
かつて師匠はよく言っていた。勝つとは、相手に勝るのでは無い。昨日の自分を乗り越えるのだという事を──。
(じじいと蔑まされても、ワシは誇りじゃ。この老いた身体は、人生の勝者の証じゃからのぅ。昨日の自分を乗り越え続けて、誰よりも長生きしてきたのじゃ。もちろん、これからも勝ち続けるじゃろうて。双七郎よ、長生きをせい。それが勝つという事じゃ。武芸の道を究めるという事じゃ)
苦痛が治まりつつある中で、師匠のイメージと言葉が彼の脳裏で再生される。
「…………師匠」
評 利光より長生きせよ。それが最大の仇討ちだ──と、師匠は言っているのだ。
「そういうこった。だからなぁ、死ぬ事を前提にしてんじゃねーよ、ばーかっ」
今まで見た事のない穏やかな表情をしたバサラは、くるりと背を向けて右腕を真横へ突き出し、親指をおっ立てる。
そして、白い煙の向こうへかき消えてゆくのだった。




