━━━第六章・名と狐火を継ぎし弟子━━━ 2
「ちっ…………、ちっくしょ…………、ちっくしょおおぉぉ!」
失恋と憎悪と嫉妬が掻き混ぜられた感情を、一気に吐き出すような双七郎の怒声。彼は師匠の大太刀を血が出るほど力のあらん限りに握りしぼって、大地を蹴った。刀身からは猛々《たけだけ》しい炎が吹き出し、赤い糸で空気を縫うかのようにジグザグな軌跡を描く。
「邪魔立てするでない。なんと無粋な……」
されど、いつの間に握っていたのか。利光は右手でなめらかに太刀を操り、相手の乱れきった太刀筋をいなす。
双七郎は勢いあまってたたらを踏み、あと少しで小川に落ちる所だった。周囲が赤く燃えている為か、水の色は黒く見える。
「てめぇ、お雪さんから離れやがれぇ!」
満ち足りた表情で白衣に包まれるお雪を前に、歯ぎしりする双七郎。よっぽど悔しいのか。彼の顔を下から覗いていたキサは、キュンと胸が苦しくなる。
「……そなたは、雪音の何なのだ?」
利光が視線を向けた瞬間、凄まじいプレッシャーが身体と心を突き抜ける。生まれて初めて経験する感覚に、キサは気圧され震えていた。
だが、双七郎は負けていない。歯を食いしばって、鬼気迫るすごい形相で仇敵を睨み付けている。
「お……お雪さんは……、オレの……、オレの…………」
キサの小さな胸を思いっきり締め付ける彼の言葉。今にも張り裂けそうだ。最後まで聞いてしまったら心が砕け散るかも。でも、双七郎の気持ちを聞いてみたいし。自分でも分からない矛盾した衝動を堪えるべく、尻尾を噛んだ彼女はその時を待つ。が──、
「……もう良い、聞かずとも予には分かる」
「なにっ、どういう意味だ!」
利光は、冷ややかに台詞を遮るのだった。ますます怒りを露わにする双七郎とは反対に、とりあえずホッとしたキサは尻尾を離す。しかし、これでよかったのだろうか。なんだか、魚の骨が喉に引っかかったような気分である。
「<もののふ>になれば、雪音の全てが分かる……、そういう事だ……」
言うや否や、利光は白き狩衣をばさりと剥ぎ取り、代わって紫一色に染め上げられた鎧直垂を外気に晒す。それは大鎧の下に着込む着物の事で、腕の動きの妨げにならぬよう普通の直垂より袖が短いのが特徴だ。




