━━━第五章・敵地潜入━━━ 11
「将軍様! 是非このワタクシめも、お供させて戴きとうございますゥ」
耳障りなおべっかが響き、水を差された場は静まりかえる。もちろん、空吉はその声に心当たりがあった。キサをボロ雑巾のようにした、八つ裂きにしても飽きたらぬクソ野郎。
「兄上……」
鎮西将軍の兄でもあるこの男──評 光房は、防衛を担う鎮西衛門府の重要職に就いている。
立場上、彼が今回の討伐に同行を申し出るのは、明らかにおかしいのだが、
「よかろう……」
「ありがたき幸せにございまするゥ」
またか──と、精鋭達の表情にも曇りが伺える。
血縁関係を盾に、組織の規則を何度も破ってきたこの男。しかし、当の本人は何食わぬ顔で、相変わらずヘビのようにギラギラした目つきをしながら、不快な笑みを浮かべている。
「毎度の事ながらムカムカしてくるっス……。けどヤツはなんで……?」
空吉は首を傾げて情報を整理するが、導き出された答えは最悪の事態。
おそらくは、隠れ里のワサビ園の──更に上へ登れば見える不気味な祠こそが、光房が秘める真の狙い。最後に残された〝黒露大蛇の封印〟なのだ。もし、そこが壊されれば二段川の水が黒く染まり、何もかもが終わってしまう。
「大変な事になったっス……、早く知らせないといけないっス!」
その時、鎮西将軍は懐より扇子を取り出す。表は金箔、裏面は銀箔が塗ってある豪華な代物を手に持ち、天高く掲げた。
「えい、えい……」
続いて、精鋭達の右手が高らかに振り上げられる。
『おーっ!』
鬨の声が何度も唱和され、一同の気勢があがってゆく。もはや勝ったも同然──と、言わんばかりの雰囲気に、だんだん腹が立ってくる空吉だったが、今はそんな場合では無い。スパイはあくまでもクールに、任務をまっとうするのみ。
「いざ……、出陣!」
鎮西将軍・評 利光を乗せた白馬が、大きくいなないて竿立ちに。
かくして──総勢五十人の精鋭部隊が、隠れ里目指して進軍を開始したのだ。
空吉は待っていた。
ぽつんとそびえ立つ一本杉の大木に背を預け、三日月に照らされないよう木陰に身を潜めて。
「おそいっスねぇ……、アイツ何してんだ……?」
こんな一刻を争うという時に、肝心な奴がいない。
いらついてきた空吉は、足下にあった小石を思いっきり蹴飛ばした。弧を描いて飛んでゆくその先に──。
シャラン。




