━━━第五章・敵地潜入━━━ 9
それでも、それでもね。そんな時──必ず来てくれるんだよね。
(……助けてよ、双ちゃん……)
「こんなにも強情なコギツネちゃんは初めてだよォ。これ以上やったら、死んじゃうけどさァ。別に、ボクちゃんのせいじゃないよねェ?」
何十回と床にぶつけられて、茶色と赤の斑模様に変わり果てたキツネのキサは、ぐったりと力無くぶら下がっている。
「ま……っ、いいかァ。いくらでも捕ってこれるし、明日の晩飯はキツネうどんにしよォ」
ぐるぐると遠心力で身体が回る。朦朧とした意識の中でキサは、もう──全てを諦めた。
自分が死んだら双七郎は悲しんでくれるかな。たぶん、何食わぬ顔でお雪さんを追いかけてて、二人はやがて──悲しすぎて涙出てきた。あたしってなんだったんだろう。何の為に生きてきたんだろう。ずっと、アイツと一緒だったのに、これからも一緒にいられると信じてたのに、なんで離れなきゃならないの。そんなのってないよ。あたしにはアイツしかいなかったのに。必死で努力してきたのに──。
(やっぱ、やだよ……。生きたいっ、生きたいよぉ!)
「窮鼠火急丸!」
視界が一瞬だけ真っ赤に輝く。同時に握られていた尻尾が離され、キサの身体は横へ吹っ飛ばされた。部屋の壁が迫ってくるのが見え、そこから意識がしばし途切れる。
「大丈夫っち? ここはおれっちに任せて、早く逃げるっちよ!」
チュウ太の声に揺り起こされたキサの意識。よろよろと四つ足で立ち上がろうとするが、力がすぐ抜けてゆく。
「こォの、ネズミの分際がァ!」
光房は、部屋の壁に据え付けられていた朱塗りの鎌槍を手に。
対するチュウ太は、さっきの技を繰り出して特攻する。
しかし、キサは満身創痍で横たわり、意識を保つのもそろそろ限界がきていた。
続いて、新たな人の気配が──手が伸びてくる。もうダメか。
「キサ……なんで、こんなに……」
懐かしくも、ずっと待ち焦がれていた声。双七郎はやっぱり来てくれた。遅かったじゃない。
(双ちゃん……、あたしに触ったら血で汚れちゃう……)
背中の毛皮を撫でられたキサは、そうは思ったものの本当にうれしかった。涙が、次から次へとあふれてきて、かっこわるい。
「このクソ野郎が……っ! オレのキサをこんなにしやがって……よぅ! 後で、必ずブッ殺してやっからなぁ!」
今、双七郎は何を言ったのか。よく聞き取れなかったが、すごくうれしい事を言ってくれた気がする。弱り切ったキサの身体は彼によって持ち上げられ、昔のように襟巻きにされている。だが、不思議と腹は立たなかったし、むしろ血でべっとり汚れるのにそうしてくれた彼を、いとおしく思っていた。
「くひゃ! キミぃ、生きていたのかァ。だけどォ、ざ~んねん。せっかく助かった命をまたここで散らすとはねェ」
ネズミの火の玉を避けた光房は、鎌槍を頭上で一回転させて中段に構える。
「後でって言ったろうがっ! おいバサラ、こんな屋敷とっとと燃やしちまえっ!」
(アニキ……? アニキが来てるの? なんで、死んだんじゃあ?)
双七郎が乱暴に言い放った内容に、耳を疑ったキサ。しかし、それを確認する声すら出せずに、意識が急激に遠のいていった。
ヒーローはいつも遅れて現れるものです(`・ω・´)シャキーン




