━━━第五章・敵地潜入━━━ 5
「そなたは……」
この感触は夢や幻ではなく、ましてやそっくりな別人でもない。雪音そのものと断言しても差し支えないであろう。ただ一つだけ──異なる点があるとすれば、おでこに張り付いた〝白い鱗〟のようなモノ。人差し指の爪先でこすってみるが、皮膚の下に埋め込まれてるらしい。
「ぅ……ぉ殿……さま……」
お雪が漏らしたわずかな呟き。鈴虫の演奏にかき消されそうなほどの小さな声だったが、確かに聞いた。
(お殿さま……ひどい……、わたしの……かき氷……食べたんでしょ?)
頬をぷくぅと膨らませていた雪音の姿が、脳裏にフラッシュバックされる。彼女は、利光の事を〝お殿さま〟と呼んで、慕っていた。
白露が死ぬ間際に残した、お預かりします──との言葉。
次に、額に埋め込まれた──白い鱗。
疑惑が、完全な確信へと変わる瞬間だった。もう、衝動を抑えられない。その必要もないだろう。
「雪音……」
よくぞ帰ってきてくれた。どれだけ待ち焦がれていた事か。
冷たくも柔らかい彼女の唇へ、徐々に顔を近づける利光。
「……ぇぅ?」
ぱちくり──と、いきなり目を開けたお雪。
いざ接吻という絶妙なタイミングで、まさに寸止め。
しばし硬直する二人。
「だ……だめですよぅ! わたしなんかより……もっと相応しい男がいますぅ!」
状況に、やっと理解が追いついたお雪は、透き抜ける声で取り乱す。
「何を言う……そなたの他に相応しい女など、いるわけがなかろう! 予はずっと待っていたのだぞ……」
微妙な所が大きく食い違ってる二人の会話。当然ながらそれに気付く事が無い利光は、逃げようと必死な彼女の左手を掴んで引き寄せた。
「いやぁ……何の事か……ぜんぜん分かりませんよぅ」
「そなたは……雪音であろう。そうに決まっているっ!」
そう決め付けて言い放った利光の息が、次第に荒くなってゆく。ムラムラが止まらない。
「離してぇ……頭が……頭が痛いの……いたぁ!」
「す……すまん、大丈夫か……?」
利光は、思わず手を離した──いや、離してしまったと言うべきか。お雪はもちろん、この隙を逃さなかった。後頭部を右手で押さえながら、夜空へ舞い上がる。
「待て……待つのだっ! そなたは……、予にとって…………くそっ!」
血反吐を出すかの如き彼の叫び声は、すでにお雪には届かない。哀れな狐を逃がす為のお膳立てとして、いつものように手勢をまったく配置しない策が裏目にでてしまった。
またしても雪音を──天下で屈指の実力を誇る従一位の自分が、こうまで無力なのか。今度こそ、どうしようもなく許せなかった。地面に跪いて、拳を思いっきり打ち付ける。
「…………将軍様、出番でござろうか?」
不意に、くぐもった声が耳に届いた。ピキィィィンと、氷漬けになったように硬直する利光。
朝廷内で、彼は〝氷の貴公子〟と呼ばれている。だが、先ほどまでの所業は、そのようなイメージを台無しにするには充分過ぎた。見られたからには消すしかない。
「…………某は、ナニも見てはおりませぬ故、ご安心を」
さすがは隠密というべきか。利光が静かに秘めた殺意を、鋭く感じ取ったようだ。
シャランと錫杖の音が鳴り響き、黒頭巾と袈裟を着た僧がすぅっと姿を現す。
「居場所を突き止めるだけでよい……影法師よ……」
「…………御意」
歴史の裏で暗躍する陰の<もののふ>が、再びその姿を消した。
しばらくして、利光は──南泰の松に手を置きながら、三日月を仰ぎ見る。
「雪音……そなたは予が……、必ず……」
氷の貴公子もキャラ崩壊しました。
イケメンもぶっ壊すモノ!(`・ω・´)




