━━━第一章・深き緑の隠れ里━━━ 5
「気にする事はない……、ですよ。か弱い女の子を助けるのは、漢として当然の事だぜ……」
「そうっスよ。お雪さんの為なら、ぜんぜんかまわないっス!」
使い慣れない丁寧語を変に意識する双七郎に、鼻息が妙に荒くなっている空吉。そして、明らかに普段の態度と異なる彼らへ、口を両手で覆いつつ、ちらりちらり交互に視線を移すお雪。
(あっ、あんたら……。あたしだって女の子なのに……っ。てか何よっ、この空気は!)
じと目で三人を眺めながらも、キサの心の中はぐつぐつと煮えたぎっていた。
「わたし……、自分で立てますから、平気です……」
しばらくして、二人の支えをおずおずと拒んだお雪は、バランスを取る為に両手を広げて川岸の砂利に足をつけた。
雪輪の文様を敷き詰めた桜色の着物に、膝小僧が見え隠れする長さのプリーツスカートのような桃色の行灯袴、ルーズソックスのように弛んだ脚絆に雪駄を履いている。確かに、可愛いかも知れないけど──。
(あたしの趣味じゃないよね……)
いくら男ウケがいいからと言って、自分が真似してもきっと似合わない。この娘にはこの娘の、あたしにはあたしの良さがあるはず。
「キサさん……、どうしました……?」
思わず頭を振ったキサを見て、上目遣いで小首を傾げるお雪。その仕草はまさしく、ウサギみたいな小動物系の、どうしようもない可愛さをはらんでいた。それ故に、キサのたまりにたまっていた嫉妬の炎が、一気に膨れあがって、
「うっさい、なんでもないわよっ!」
つい大声で怒鳴ってしまった。
「そんな言い方はないだろうがっ、キサ! お雪さんに謝れよ!」
「キサちゃん、それはないっスよ! ひどいっス!」
ぷつん──。
何かの緒が切れた。限界だった。
「うっさいうっさい! あんたらだまれっ、ばかばかばかっ!」
もうどうにでもなれ。と、感情を爆発させて怒鳴り散らすキサ。
「何、怒ってんだよ。わっけ分かんねぇ……」
「なにさなにさっ、その娘ばっかり優しくしてさっ! どーせあたしなんかっ!」
双七郎はともかく、いろいろ相談に乗ってくれる空吉までもが、自分の味方をしてくれない。情けなかった。みじめだった。どうせ男なんて、女の子を外見だけで判断するイキモノなのね。
これ以上、ここに留まっていられない。キサは一切を振り切るように走り出した。
「あの……わたし、何かキサさんに悪い事……、しましたのでしょうか……?」
おろおろと取り乱したお雪は、視点の定まらぬままキサを追おうとするが、
「いつものビョーキが始まっただけだぜ。あんなバカギツネ、ほっとけばいい……ですよ」
やれやれと肩をすくめる双七郎が、その行く手を阻んだ。お雪が、今にも転びそうで危なかったからだ。
「でも……」
「お雪さんが気にする事はないっス。オイラ達が言い過ぎたっス……」
双七郎と対照的な態度の空吉は、立ち去ったキサを心配そうに見つめ続けている。
「あっ……、そうだわ……、長老さまからの言伝を……、わたし預かってます……」
お雪が話した内容は、キサにも関係があった。しかし、彼女は脱兎の勢いで駆け出し、今やほとんど見えなくなっている。双七郎は、あらん限りに息を吸い込み──。
「おーいキサぁ! 長老のジジィがオレ達を呼んでるんだとよぉ!」
その叫びが、かろうじてキサの耳に届いても、嫌な表情を浮かべるだけで速度を緩める事は決して無かった。
(あーもうっ、何もかも……さいっあく)