━━━第四章・月下に揺らいで━━━ 10
「そう言えばさァ……。ボクちゃんの官職推挙の件はどうなったのさァ?」
相変わらず無神経なこの兄に、利光は顔には出さないが内心呆れていた。少しはこちらの気分も察してほしいものだ──何を言っても無駄なので、しぶしぶ酔いの回った頭から記憶を引き出してゆく。
「確か……、鎮西衛門督だったか……?」
京からはるか北西へ進み、そして海を隔てた場所に位置する鎮西地方は、半分以上が未開の地である故に強大な[もののけ]達がのさばっている。しかも、震皇をはじめとする朝敵を次々と輩出した歴史を持ち、まさに反逆者のメッカとも言える地方であった。
そこで、通常の地方行政による職制では対応しきれないと踏んだ朝廷は、スムーズに反乱鎮圧を行えるよう軍事職制を定めた。それこそが鎮西府であり、大きく分けて二つの組織がある。
一つは、征討を目的とした攻撃の機関で鎮西兵衛府と呼ばれる。四つの官職があってそれぞれ上から、鎮西兵衛督、鎮西兵衛佐、鎮西兵衛尉、鎮西兵衛志である。
もう一つは、鎮守を主とした防衛機関で鎮西衛門府と呼称される。前述と同じように上から、鎮西衛門督、鎮西衛門佐、鎮西衛門尉、鎮西衛門志の四つだ。
最後に蛇足だが、それら全てを統括するのが鎮西将軍なのである。
「そうそう、それそレェ!」
光房は、現在就いている鎮西衛門佐から鎮西衛門督に──つまり、弟の権力にモノを言わせて、次官から長官への出世を望んでいるのだ。なんて図々しい兄なのであろうか。
「その儀については……」
恐れ多くも皇尊に奏上の使者を送ったのだが、返答は簡略して次の通り。
──正二位鎮西衛門督の任に就いている碓氷 厳時の、行方不明を考慮に入れた解任請求の件については、後任の評 光房が官位不相当との理由で棄却。次に、厳時が健在である以上は解任すべきではない──との、結論に落ち着いたのだった。
「……そういう訳だ、兄上」
「ムッキー、あいつらコケにしやがってェ!」
いや、妥当な判断であろう。むしろ予想通りだったりする。官位は実力の基準であり、簡単に言えば免許や資格ようなもの。本来、兄の持つ正五位で現在の職に就いているのも、まず有り得ないのだ。
「見てろよォ! もうすぐボクちゃんの力を思い知らしてやるからなァ!」
考えを改めない限り、永遠に無理だろう。<もののふ>の力は、[もののけ]と人間の心が同調すればするほど強くなる。[もののけ]を絶望させて無理強いしている兄のやり方では、不協和音を発するように、その力を充分に発揮できないのだ。
いくら狐火使いを極めた正一位関白殿下が、天下最強の力を有しているからとはいえ、それを真似てキツネの[もののけ]達を次々と取り替えていっても、まったく無駄な事である。
「まぁまぁ兄上……、気を取り直して呑み比べでも……どうだ?」
今夜もまた、哀れなキツネが餌食にされようとしている。こうして、さりげなく兄を酔い潰そうと試みるのは──果たして何度目であろうか。ただ、戦績はこちらが少し上回っているが、そもそもの目的であるキツネの解放に至っては全敗。立場上、これが精一杯の手助けなのだが、今まで攫われた彼女達の誰もが諦めてしまっていたのだ。おそらく、隣室の娘も同じ運命を辿るだろうとは思うが──。
「おっ、いいねェ。今夜は負けないよォ!」
いざ、尋常に勝負。
官位と官職の設定が、ここで押し寄せてきます。
あと、最後まで姿を見せない関白殿下とやらも、ここで登場。
設定の詰め込み過ぎな、小説です(´・ω・`)




