表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/105

━━━第四章・月下に揺らいで━━━ 9


          * * *


 一方その頃──。

「先程の揺れは、酔いのせいでは無かったらしいな……」

 震源地の九露湖くろこより遠く離れたここ、鎮西地方ちんぜいちほう最大の都市として栄える鶴城つるぎでも、地震による騒ぎが起こっていた。警邏けいらの役人が、垣根の外を慌ただしく走ってゆく。彼らのもたらした情報によれば、いくらか倒壊した建物があるらしいが、現時点で火事にはなっていないようだ。

「面倒ごとは、下っ端に任せるがいいさァ」

「…………そうだな、兄上」

 今のおのれに、できる事など何一つ無い。

 寝殿(しんでん)づくり簀子すのこに立っていた白き狩衣かりぎぬの貴公子は、跳ね上がった蔀戸しとみどをくぐり、御簾みすを分けて部屋へ入る。ちなみに──簀子すのことは廊下で、雨戸のような役割をするのが蔀戸しとみど御簾みすは部屋を区切る家具である。

「しっかし、キミも呑んだくれになったもんだねェ」

 部屋の真ん中には、黒台盤に海苔のりオニギリが乗った食器が並び、さかずき長柄ながえ銚子ちょうしもある。二人が対面になるように草塾そうとんが置かれており、その片方には──黒い狩衣かりぎぬをまとったけ顔の男が、既に腰掛けていた。補足として、黒台盤は黒いテーブル。草塾そうとんとはワラを芯にしてまるくくってにしきなどで見栄え良く包んだ、円筒形の腰掛こしかけである。

雪音ゆきねがいなくなったあの日から、<もののふ>にもなれぬは……、さしずめ酒将軍と言った所だな、はっはっはっはっはぁ……」

 自嘲の笑いを漏らしながら腰掛けた白き貴公子こそ、鎮西地方ちんぜいちほうの支配者である鎮西将軍ちんぜいしょうぐん。そう、双七郎そうひちろうの憎きかたき──こおりの 利光としみつその人なのであった。

 鎮西地方ちんぜいちほうの守り神を詐称する〝白露はくろ大蛇おろち〟を討ち果たす事には成功したが、それと引き替えに、雪音ゆきねというかけがえのない雪女ひとを失ってしまった。もちろん、この件はトップシークレットなのだが、永遠の伴侶と言うべき彼女が消えてから、こうした酒浸りの日々が続いているのだった。

「キミは、たかが一匹の[もののけ]にこだわり過ぎなんだよねェ」

 黒衣の男──こおりの 光房みつふさは、蛇のようにギラギラした目つきで、さかずきの中身を口に流し込んだ。

 この二人は、実力立場ともに天と地ほど離れているが、腹違いの兄弟である。今は、プライベートな場ゆえに、本来なら許されない兄の言葉遣いも不問にしていたのだが、

「兄上ぇ……、もののけ[もののけ]であろうが一人の女性にょしょう! 男ならば、思いを一つに定めるべきだぞ!」

 珍しくいきどおった利光としみつが、黒台盤を両手で叩いて立ち上がり、酔った勢いで熱弁を振るう。絶世の美男子として全国の女性から圧倒的な支持を得ている彼は、意外と純情一直線であった。

「キミは何も分かってないねェ……。女ってのは、使い捨ての楽器なのさァ。鳴き声を楽しむ為にあるんだよォ。試しに、今日()ってきたコギツネちゃんでも抱いてみないかァ? きっと、イイ声で泣くよォ、くひゃっ!」

 隣の部屋で横たわっているキサの影を指して、ニタリと嫌らしくくちびるゆがめた光房みつふさ

「そんなフシダラな事、できる訳ないだろう!」

「キミはまだまだ若いからねェ。でも、いつか分かるだろうさァ」

「ふ……、分かりたくもない……」

 話が平行線になる事を悟った利光としみつは、海苔のりで巻かれたオニギリを手に取って、勢いよくかじった。パリッと心地よく乾いた音がすると共に、ほのかな海の香りが口に広がった。ちなみに海苔のりは、庶民が決して口にできない最高級の贅沢品である。

ついに、双七郎の仇の視点になりました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ