━━━第四章・月下に揺らいで━━━ 8
「あぁ……そうだよな」
問題を先送りにしたとも言えるが、今はそれがベター。悩みを吹っ切った双七郎が湖に背を向けて歩こうとした、その時──。
突如として、大地が強く揺らぎ出す。
「きゃあ……」
「地震っスか!」
即座に伏せながら頭を両腕でカバーする空吉に、無防備に転んでスカートのような袴の中身を晒したお雪。日頃の鍛錬の賜物で何とか踏ん張った双七郎だけが、眼福にありつけた。白い穿き物だった。
「さっきの石ころが、奴を刺激したようやな……」
「奴って……なんスか? 何か知ってるんスか?」
地震はまもなく収まったのだが、その直後に発した猿宝斎の言葉を、空吉が訝しがって問い詰めた。先を越されたので黙り込む双七郎。
「そうやな、ニイサンらには話してもええやろな」
切り株の所まで歩いて、腰をどっかと下ろす猿宝斎。腕組みして三人をキリッと見据えながら──まず、己の身分を明かす。
この九露湖を監視する役目を担った長老直属のエージェントだと、彼は前置きした。
「鎮西の黒き神……黒露大蛇の伝説を知ってまっか?」
まさに藪蛇──いや、藪から棒だった。それは鎮西地方の伝説というより神話である。遙か昔の神世と謡われた時代に、悪の権化である黒露大蛇と白露様が、熾烈な戦いを繰り広げたと伝わっている。秋祭りの神楽舞台でよく見かける話だ。
「あぁ、なんとなく知ってるぜ」
「ほな……。九露湖の底に、その黒露大蛇が封印されとるって知ってはったか?」
「まじっスか!」
鎮西地方で生まれ育った双七郎と空吉が、驚愕のあまり硬直する。言うまでもないが、お雪はきょとんと小首を傾げてるだけ。
「そこのニイサンは見とると思うんやけど、奴の封印はもう、二つ解けてしもうた……」
そう、双七郎は見ていた。狐鯉川へドス黒く不吉な液体が流れ込むのを──。
九露湖に流れ込む三つの川、最後の一つである二段川の水が黒く染まったその時こそ、黒露大蛇が二度目の復活を遂げる。それによって鎮西地方はおろか天下が滅びに瀕するであろうと、猿宝斎は語った。
「信じられないっス……」
空吉の呟きに、双七郎も同じ思いだった。むしろ、途方も無さ過ぎてピンと来ないのが本音である。ただ、浮かび上がってきた一つの疑問を口に出した。
「じゃあ、何でそんな危ねぇモンを……、あのクソ野郎は復活させようとしてるんだ?」
評氏の正統後継者の座を奪われたクソ野郎──評 光房は、より強い力を欲しているだろう。
されど、制御不能な力を手に入れても、まったくの無意味ではないか。
「震皇ノ乱……、ニイサンらもこれは知っとるやろ? 有名やさかい」
我こそは新しき皇尊なり。約百五十年前、鎮西地方に新朝廷を立てて反旗を翻した、歴史上最初の<もののふ>である。五十年に渡る激戦の末、全国規模で多大な犠牲を払って、やっと鎮圧したと云われている。その出来事が、鎮西地方の語源になったとも──。
「その震皇の相方というのがな……、黒露大蛇という訳や」
一同絶句する。
唐突な設定展開で、強引になってゆきます。
そして、西で猛威を振るった震皇を鎮めたから、鎮西というネタです。




