━━━第四章・月下に揺らいで━━━ 7
「でも……わたし、双七郎さまと空吉さまが……、今していらっしゃるように……、愛し合って……る方が、素敵だと……思います……わ。……きゃーん」
『は?』
あまりにもブッ飛んだお雪の発言に、我が耳を疑ってハモった男二人。背筋にぞくりとする何かを感じた空吉は、反射的に双七郎への戒めを解き、距離を取った。
「やっぱり……、殿方同士の愛情って言うんですかぁ! やーん、素敵ですぅ!」
いつものお雪から、果たしてこの状況が想像できるだろうか。珍しく興奮しながら、透き抜ける高さの声を精一杯張り上げた彼女を見て、開いた口がふさがらない双七郎。
確か──男同士の色事がらみで、バサラから少し聞かされた記憶がある。ホモとか衆道とか言われるそんな彼らを想像して、色情を抱く女子が結構多いらしい。一般的に腐女子と呼ばれており、彼女らの歪んだ欲望を赤裸々に描き出された絵が、闇市場で出回っているという。
ちなみに、お雪の絵を見た事は何度かあったが、かなり上手かった気がする。
「あ……っ、あのっスねぇ。お雪さんの事っスよ……?」
おそるおそる空吉が軌道修正を試みる。もちろん無駄だった。
「ぇ? ぁ……、わたし……の事でした……よね? だめですよぅ……、双七郎さまには空吉さまという……大事な方が……」
「もしもーし、大丈夫っスかぁ?」
話が全然通じてない。空吉は、自分の手を彼女の前でパタパタ振って、正気を確かめてみた。手頃でしっかり妄想モードである。
「それに……これ……見て……下さい」
おずおずしながらお雪は、しっとりした菫色の長い髪をかき分け、いつもは隠れている右耳を指で示す。そこには、<もののふ>契約の証である赤いピアスが付けられていた。
「最近……ちょっと……思い出すの、綺麗で格好良くて素敵な……白衣のお殿さま」
『はぁ……』
今度は、男二人の溜息がハモった。相当げんなりした様子である。
「わたしだけの……お殿さま。いつかきっと迎えに……そして……、きゃーん、恥ずかしぃ」
おしとやかで清楚な妄想爆発娘のお雪さんへの恋は、ただいまをもって終了した。もう、何の未練も残っていない。ただ呆然と、月夜の湖面を眺める双七郎の横顔に、不思議と翳りは無かった。
「ニイサン、人生色々ありまんがな。めげたらあかんで……?」
猿宝斎に背後からぽんぽんと左肩を叩かれ、沈痛な面持ちになる双七郎。
「オレ…………」
別に、お雪の本性を知ってショックを受けたからという訳でも、それによって失恋したという理由でも無いだろう、たぶん。
ただ──兄妹のように育ったキサが、自分に対してそのような気持ちをずっと抱いていた事実を、消化しきれずにいたのだ。
「女はまだまだ、ぎょーさんおるで。一度や二度フラれてもええやんか?」
「ちがうんだ………」
「なにがや?」
「オレは、あいつに……何をしてやれるんだ?」
静かに首を横に振って、やはり勘違いしていた猿宝斎に問う。
「オレとキサは兄妹だったんだ……。いきなり好きだなんて聞かされても、オレはどうしたらいいんだよ、くそっ!」
双七郎は、足元にあった石ころを掴み、大きく振りかぶって遠くへ投げた。ドポンと重い音が聞こえた後、波紋が広がって湖面に映っていた三日月の形を粉々に潰す。
「そんなんしらんがな。ただ……、今やらなあかん事は決まってるやろ?」
確かに猿宝斎の言う通りである。うだうだ考えても仕方がない。今はとにかく、あの光房というクソ野郎にナニかされてしまう前に、キサを救い出す。話はそれからだ。
お雪というヒロインが、ぶっ壊れた回でした。
というか、ヒロインはぶっ壊すもの!
このお雪さんの設定は、今後登場するヒロインにも多少は活かす予定です。




