━━━第四章・月下に揺らいで━━━ 2
「<もののふ>の情けだ……今、楽にしてやろう……」
これまで討伐してきた大抵の[もののけ]は、死ぬ間際に必ず見苦しい遺言を残している。利光には、そのような敗者の負け惜しみに付き合う趣味はないので、すみやかにトドメを刺すのが常となっている。
龍の髭を切り落としたと云われる伝家の宝刀──髭切太刀を握りしめ、厳かに歩を進める。
「あなたには責任を……、取ってもらいます……、騙される方も悪いのですから……」
騙されるという言葉にムッとしつつも、なんとか平静を保った利光。
太刀を水平に構え、
「さっ……、さらばだ……、安らかに眠るがよい……」
白露の眉間へ狙いを定めたその時──。
突然、三つの大きな光が尾を引きながら、天高く飛翔した。
魂無き抜け殻となった白露の身体が、ダイヤモンドダストのように散ってゆく。
鎮西地方の守り神が、自ら最期を受け入れたのだった。
飛び立った三つの光から、利光は視線をそらせずにいた。釘付けである。
非常に嫌な予感がよぎったが、全身が金縛りにあったように──動けない。このような事態は初めてだ。
三つの光は、それぞれが違う方向へ散っていった。だが、その内の一つが確実に、こちらへ向かってきている。
従一位を冠する冬将軍ともあろう者が、為す術も無かった。
流星のように尾を引いた光が、利光の身体にぶつかった瞬間──白露の声が脳裏に響く。
「三ツ鱗の<もののふ>が揃うまで、大事な雪女はお預かりします。黒き神が復活したその時には、私の選んだ二人の<もののふ>と協力して戦いなさい。それが……あなたの責任です」
光は──文字通り利光を貫き、背後から彼方へ飛んでいった。
続いて、彼の身体に異変が起こる。
神々《こうごう》しい銀の髪が、艶のある黒髪へ戻った。愛しい相方の、雪女の意識がぷっつりと消える。
「……雪音?」
それは、人生の伴侶を誓った雪女の名前である。いくら呼びかけても反応が無い。
「雪音……? 雪音っ……、雪音ーっ!」
利光は錯乱したかのように彼女の名前を連呼する。信じられなかった。嘘だと思いたかった。命より大事なモノを奪われてしまったのを、理解する事を拒否した。
悪しき[もののけ]どもを討伐し、いつの間にか従一位を獲得していた。評氏の当主の座にも就けた。しかし、そんな物にこだわりはなかった。雪音さえいれば、よかったのに──。
これが、神殺しの報いなのだろうか。
評 利光の必死な叫び声が、ただただ虚しく──青い空に響くのだった。
そしてまた、時は現在へと戻るのでした。




