━━━第三章・キツネの嫁入り黒き影━━━ 17
(んな、バカぬああああああァァァ)
腹の底から、そう叫びたい衝動を必死に飲み込んだ光房。彼の行使できる能力の中でも、間違いなく最強であったそれを、いとも簡単に吹き飛ばしたこの大剣豪に恐怖を感じ始めている。
「くひゃ……、やっ……やるじゃないか、キミぃ!」
もちろん、無駄にプライドの高い光房は、あくまで虚栄を張った。
「もう終わりやで? あんさん……」
既に見透かしていると言わんばかりに、猿宝斎の視線が鋭く突き刺す。
「ボクちゃんが……終わり? バカ言っちゃあいけないよォ! 寝言は、この評の秘剣を防いでから言ってもらいたいねェ!」
一か八か。光房は、捨て身の特攻に賭ける。
もう一度──秘剣を繰り出せば、<もののふ>状態は確実に解除されるであろうが、敵を倒せるとすればこの手しか無かった。
「うほっ、評の秘剣やてぇ!」
だが、嬉しそうな表情で二本の包丁を構えた猿宝斎。
京貴族の子女はどこの家も、いわゆる御家芸と呼ばれる伝統芸能を修めている。
当然ながら、皇家に連なる名門中の名門たる評氏もまた、そのような御家芸を持つ。
そう──評の秘剣とは、天下の剣術を極めた無敗の御家芸。剣の道を志す者にとって、その秘剣を破る事こそが夢であるのだ。
「一振りィ」
光房は、力強いステップで間合いを定め、正眼に構えた太刀を真後ろへ。
「さぁ、きなはれ!」
対して、たくましい二本の腕をクロスさせつつ、半身を後ろへ引く猿宝斎。
「二太刀いいいいィィ!」
ガキィィィンと刃の打ち合う金属音が甲高く鳴り響いたと同時に、一陣の突風が巻き起こった。ゆっくりコツコツと木々を浸食している炎が、激しくゆらめいた。
「なんや……これ?」
二人は交差して行き過ぎ、しばしの沈黙。そして、最初に声を発したのは猿宝斎だった。
がっくり肩を落とし、心の底から呆れ果てた口調で──。
「はぁーあ……、あんさんもうええわ。一振り〝三〟太刀やから不敗の秘剣やのに、二太刀やて? 人おちょくるのもええ加減にせぇや!」
一振り三太刀は、上杉謙信の伝説(?)を元に、アレンジしてたりします。




