━━━第三章・キツネの嫁入り黒き影━━━ 16
悠然と間合いを離した猿宝斎は、溜息をつきながら──火の玉がぶつかった所をポンポンと煤払いする。
「四ツ尾の狐火使いなら、ほんまは従三位ぐらいの官位をもろうても、おかしゅうないはずや。せやのに正五位って事は、<もののふ>本来の力をいっこも引き出してないって事やで。その証拠に、さっきの蛍火とやらも全然痛ぅなかったわ」
双七郎の感じた〝火力が弱い〟という疑惑は、本当だったのだ。
「黙レっ! 黙れッ! 黙れぇい!」
おそらく、ここまで侮辱された事が無いのだろう。怒り狂った光房は、猿宝斎の言葉をこれ以上続けさせまいと、乱れきった太刀筋を披露する。
「<もののふ>ってのはなぁ……」
金属同士が打ち合う甲高い音、たまに爆竹のような破裂音が響き渡った。二つの人影が、ぶつかったり離れたりしながら、炎がちらつく森を併走する。
「[もののけ]と人間、お互いの心が信頼でつながってるんや。それが強さになるんや。あんさんみたいに弱っちいのは、相方を虐待してる証拠や。[もののけ]は道具やないでぇ!」
猿宝斎の、心ない一部の人間に対する悲痛な──魂の咆哮だった。
「[もののけ]風情が偉そうに意見するなァ! [もののけ]なんてボクちゃんのオモチャに過ぎんのだよォ! これでも食らって死ぃーねェ!」
このような奴がいるから、悲劇は無くならないのだ。
静かに怒りを溜める猿宝斎に向かって、周りで漂っていた蛍火を残らず前面に集め、一直線に突っ込んだ光房。
「そんなもん……ぐほぉっ」
蛍火の大群が猿宝斎の身体へメガヒット。さすがの彼も怯み──隙が生じた。
思惑通りに相手の懐へ潜り込む事に成功した光房は、ニタァと不快な笑みを浮かべて左手を伸ばす。
「しもたぁ!」
横腹を掴まれた猿宝斎。痛恨の不覚である。
「くらえェ! 第四尾・潜火ィ!」
光房の紅蓮に燃える髪が妖しく波打ち、左手から不吉な紅い光が漏れた。
「ボクちゃんにこの能力を使わせたなんて、キミは大したもんだよォ。さァ、バラバラに砕け散るがいい! くーっひゃっひゃっひゃっひゃああああああぁぁぁ」
評 光房──勝利を確信した会心の高笑いが、いやらしくこだまする。
「ふぅー……」
猿宝斎は、身体中を駆けめぐる火花を一瞥し、至極落ち着いた様子で深呼吸をする。
「さっきも言うたやろ……?」
次に、静かに左足を一歩前に出し、地面に円を描くように後ろへ回す。
「相方の心が込もってへん攻撃なんか、ワテには全く通じへんでええええええぇぇぇ」
半身が後方へ行ったと共に腰をぐっと落として、気合いの音声を張り上げた。
「ぐほおおおおおおぉぉぉ」
そは獣の雄叫びが如き。
全身の筋肉が、軋みながら膨らんでゆく。
次の瞬間──猿宝斎の中に潜ってその命を奪おうとしていた炎が、吹っ飛んだ。
もののふの仕組み、熱い展開です。
ただ、<もののふ>にも色々なバリエーションを持たせたいなと、考えております。




