━━━第三章・キツネの嫁入り黒き影━━━ 14
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炎に映えた白フンドシ。茶色い剛毛に覆われた筋肉が、剛力をみなぎらせる。角刈りの髪に水玉の鉢巻きをぎゅっと締め、右耳の赤いピアスと白い歯がキラリと光った。
「うげェ!」
ムサい声に釣られて振り向けば、そのようにマッチョなオヤジが、包丁を二本──握りしめて仁王立ちしていたのだ。直視したのが光房でなくとも、精神的ショックにより呻いてしまうのは無理からぬ事だった。
「下の湖にドス黒ぅて汚いモンが流れてきよったから、様子見に来たんやけどな……」
この──猿の[もののけ]は、下流の九露湖で鮨屋台を営んでいた。そう、今は気を失っている双七郎とキサの二人がウマいオニギリを食べた、あの屋台のオヤジである。
「で……?」
汚物を見るように顔を歪めながら、心底馬鹿にしきった声で光房は問う。
「そこのお二人さんは、ワテの大事なお客やさかい。手ぇ出さんといてくれまへんか?」
「…………………………」
しばし、時が凍り付いた──。
パチパチッと、周りで火の爆ぜる音だけが聞こえる。
「ボクちゃん何も見えてなーぁい! ので、ブスっとなァ」
「ちょいマテやぁ!」
筋肉オヤジに関する全ての記憶を無かった事にした光房は、一旦止めた刃を再び振り下ろし、双七郎にトドメを刺そうとする。
「マテって言っとるやろぉ! ボケぇ!」
ツッコミが聞こえた瞬間、幻覚だと思い込もうとした筋肉オヤジが目の前に現れる。予想外の脚力に意表を衝かれた光房は、咄嗟の対処ができなかった。
「うごォ」
まともに体当たりを食らって吹っ飛び、受け身すら取れずに転がった。
「うほっ、ニイサン生きてまっか?」
すぐさまオヤジは、双七郎の具合を素早く確かめる。
頬をペシペシ叩いてみても意識は無いが、出血と傷の様子から深手は負っていないようだ。一刻を争う容態ではないのが、不幸中の幸いと言ったところか。
強力な助っ人、スシ屋台のオヤジあらわる。




