━━━第三章・キツネの嫁入り黒き影━━━ 8
「しぶといわねぇ……。ババァのくせにさっ」
「誇らしげに、えぐれたムネを張らないで下さる? はずかしいったらありゃしない」
「えぐれ……って、なによおおおおおおぉぉぉ」
普段から気にしてる外見の弱点を指摘され、キサは怒鳴った。努力家の彼女はおそらく、人目を忍んで豊胸マッサージに励んでいるはずだが、目に見える成果は未だ現れていない。
「女の価値って、おっぱいよ……ねぇ?」
急に勝ち誇った態度の年増女は、ムネの大きさを強調するポーズをとった。二つの熟れた果実がぽよんと揺れる。
女二人の視線が、いつの間にか双七郎に注がれており、
(いきなりオレぇ?)
あまりに突拍子もない展開に戸惑って、言葉に詰まった。
「違うよねっ? 違うって言ってよっ!」
懇願するような、でも尋問してるような──切羽詰まった声を発するキサが、瞳を潤ませながら双七郎を見つめている。
(なんでそこまで必死なんだよ、どうでもいいじゃねぇか……)
女のムネなんて今まで気にした事がなかったが、真っ先に脳裏に浮かんだのはお雪さんの姿。
そういえば、あの娘も小さかった──双七郎はその瞬間、答を決した。
「男なら誰しも、大きい乳がイイに決まってるよなァ?」
「なんですってええええええぇぇぇ」
それを聞いて逆上したキサは、双七郎の胸ぐらを掴んだ。次に、首をぎゅぅと締め付けながら、上下に揺さぶる。
「ちがっ……、オっ……、オレ……じゃ……ねぇ……」
「双七郎の、ばっかやろおおおおおおぉぉぉ」
もちろん、彼の言葉はキサの頭に届いていなかった。揺さぶりはいよいよ激しさを増す。
「しっかし、この女も乳が無いからさァ……。これからって時に舌を噛み切りやがった。つっまんねェ……」
明らかに、聞いた事のない男の声である。ようやく気づき、そちらへ振り向いたキサの目に、信じがたい光景が映った。
「あ、乳は関係ないかァ。くひゃひゃひゃ」
黒い狩衣に身を包んだその男の右手に掴まれていたのは、変わり果てた花嫁であった。華やかで清楚な衣装はビリビリに破れて、ほとんど全裸。化粧で整えられたキレイな顔は、目を背けたくなるほど無惨に。紅い唇は、紅かそれとも血か。
「なに、あんた……」
年増女は共犯──そして、この男こそ主犯なのは一目瞭然。おそらく、<もののふ>になれるコンビであろう。年増女の赤いピアスから、すぐに察するべきであった。
キサの顔が青ざめてゆく。怒りに肩を震わせている。だが、激情に任せて何とかなる相手ではない。双七郎の、積み重ねてきた師匠との修行経験が、そう告げていた。
「なんてこと、したのよぉ!」
鉄砲玉の如きダッシュをかけるキサ。それを阻止しようと腕を伸ばした双七郎だが、少しばかり遅かった。
彼女の爪がまばゆい光を放つ。怒りが頂点に達したかのように。
「主様、そのクソガキの爪に気をつけて下さいましぃ!」
年増女が叫んだのも束の間、紅い爪がまさに男の顔を引き裂こうとした刹那──。
「きゃあっ」
鋭い悲鳴と共に、派手に吹っ飛ばされたのはキサの方だった。
ムネのお話しを経て、新たな強敵あらわる。




