━━━第三章・キツネの嫁入り黒き影━━━ 6
パァン。
年増女の鼻に、小さな音と共に衝撃が弾けた。驚いて動きが止まった彼女の下腹部に、キサの左足が突き出される。
今度は、先ほどより大きい破裂音。
年増女は吹っ飛ばされ、キサは後ろへ転がった勢いを利用して立ち上がる。
「はぁはぁ……、あたしをナメんな」
人に化けれなかった落ちこぼれのキサが、血の滲む努力をして身につけた高い戦闘力。それこそが、日々の鍛錬に基づいた体術から繰り出される、必殺の爆裂爪であった。彼女の、両手両足の爪が紅く輝いた時、触れた物すべてを爆砕させるのだ。ちなみに、追剥の狂骨を一撃で倒したのも、この効果である。
左肩を右手で押さえながら、キサは無駄のないシャープな身体をかがめて、構える。
「や……っ、やったわねぇ! こっのクソガキいぃぃぃぃぃ!」
うずくまった年増女。めくれた裾から見える魅惑的な太腿から、血がどくどくと流れ出している。爆裂爪がまともに決まった部位なので、傷は浅くないはず。
「バラバラに切り裂いてやるわぁ!」
痛みを怒りに変え、年増女はド根性で立ち上がった。その鼻を覆った左手から血がぽたり。
そこへ、キサの背後から低い声が響く。
「おい、てめぇら……。オレがいるのを忘れてねぇか?」
師匠の形見である背中の大太刀に手を掛け、双七郎が前へ立った。
「ちょっとぉ! 邪魔しないでよっ」
「んな事、言ってる場合かよ?」
地団駄踏んで抗議するキサの声を背に、師匠の大太刀を鞘から抜き放つ。
「うふふっ……、くそガキにお似合いの恋人様が、今度のお相手ってわけ……、ねぇ?」
「なっ……、ちっ、違うわよぉ! こっ、恋人だなんて……、そんなっ! やだっ!」
そう言いつつも、頬を赤らめてうろたえるキサ。だが、双七郎は一度も振り返らず、
「恋人なんかじゃねぇよ。妹みてぇなもんだ!」
あっけらかんに言った。
(なによそれぇ!)
無性に腹が立ったキサは、平然としている彼の左腕にガブッとかぶりつき、
「いっっってええええええぇぇぇ」
あまりの痛さにたまらず絶叫する双七郎。
「バッカねぇ……。いっぺん死んできなさい、クソガキども!」
そのような、時と場所を選ばない愚かな二人のやりとりを見て、狂気に満ちた笑みを浮かべた年増女。一旦──腰を落とし、カエル飛びの如くに大ジャンプする。
「やれるもんならねっ」
彼の背中を小猿のように駆けのぼり、肩を踏み台にして跳んだキサ。両手の爪が、紅く光る。
「あははぁ……。これなら、どうかしらねぇ?」
それに対し、近くにあった木の幹を蹴って更に高い跳躍をする年増女。左手を前に突き出して炎を集束させてゆき、
「丸焦げにおなり!」
キサと、その下で何やら呻いている双七郎に向かって、左手に集まった炎を火球として撃ち出した。
「そんなモノぉ!」
撃ち出された火球を見据え、下から上へ。キサはすくうように、紅い爪でひっかく。
火球は狙い通りに年増女へ返っていき、そのまま命中するかに見えたが──。
「きゃぁ!」
「うあぁ!」
突然、火球が轟音と共に弾け散った。
キサは草むらの方へ、年増女は木の幹に身体を打ち付けられ、それぞれ落ちる。
そう──キサの爆裂爪に触れた物は、少しの間を置いて破裂するのだ。たとえそれが火の玉であっても。
こうして、女二人の空中戦は、文字通りの痛み分けに終わるのだった。




