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━━━第一章・深き緑の隠れ里━━━ 2


          * * *


 鎮西地方ちんぜいちほうには、白露はくろ様という守り神がいた。

 だが、天下をべる朝廷が白露はくろ様の討伐を決定。突如として征討軍を送り込んできた。それに対し、鎮西地方ちんぜいちほうの住民達は義勇軍として立ち上がるものの、全てにおいて朝廷側が優位なのは火を見るより明らかだった。

 そう、すべては一年前から始まる。


 両軍がにらみ合って、五時間が経った頃だろうか。

 肌にちくりと刺さるような凍てつく空気をからめ取った一陣の突風が、この地へつどった者どもに真っ向からぶつかる。まだ紅葉も染まり始めたばかりの季節に、少し太陽が西へ傾いた時刻。日差しをさえぎる雲も無く、空は青くんでいるにも関わらず──北国で生計を立てる屈強な男達でも、思わず弱音を吐くほどの寒さであった。

「うー、さむっ! なんでこんなに寒いんだよっ!」

 いつも着ている直垂ひたたれに熊の毛皮を防寒着として背負う、元服間近げんぷくまじかで望まぬ初陣を迎えてしまった双七郎そうひちろうも、ぶるぶると震えながら苛立いらだちをあらわにする。

「まるで冬が来たみたいだぜっ、ちっきしょう!」

「まさに……、その通りじゃ。あやつが出てくるとはの……」

 手の平をスリスリしたり、飛び跳ねたりして、身をあたためようと努力する彼の背後から、気配と共に聞き慣れた声が発せられた。

「……こおりの 利光としみつ。冬将軍とおそれられる<もののふ>じゃ」

 振り向きざまに見た師匠の表情かおは、双七郎そうひちろうが初めて目にするものだった。言葉では、うまく言い表せないが──絶望のどん底に叩き込まれたのは感じ取れる。

 その視線の先をたどると、敵の総大将らしき姿があった。白い狩衣かりぎぬに身を包み、銀の髪をなびかせた青年だ。狩衣かりぎぬとは、平安時代の貴族が愛用していたカジュアルな普段着である。

 黒い甲冑かっちゅうがひしめく軍勢を退しりぞかせ、ゆっくりとした足取りで、こちらへ近づいて来ている。

 どうやら、<もののふ>による一騎打ちで決着を付ける気らしい。

「人生、何が起こるか……、本当に分からんものじゃのぅ」

 うろこ雲にいろどられた初秋の空に、染み渡るようなつぶやきだった。

「師匠……」

 朝廷の役人として、この鎮西地方ちんぜいちほうの為に尽くしてきたのに。

 今では、反逆者の筆頭にされて討たれようとしている。

 まさしく、一寸先は闇──である。

 しかし、双七郎そうひちろうは誇らしかった。全てを捨てて、正しい事をつらぬこうとしている師匠を。

「なーに辛気くせぇ顔してやがる。冬しょーぐんだか春ショーグンだか知らんけどよ、なんでもかかってこいってんだ。俺達にかかりゃ、誰が来てもちょちょいのちょいだろ?」

 いきなり横合いから現れ、相変わらずのカルい調子で不敵な発言をしたこの男。自称、うるわしき天才妖狐(ようこ)のバサラという。

 だが、尻尾しっぽはどこにも見当たらないし、耳も人間のそれと変わらない。左の耳に赤い宝石のピアスをしているのが、少々目立つぐらいだ。誰もキツネの[もののけ]とは判断できないだろう。

 金色こんじき逆立さかだってパリッとした頭髪とうはつは、何を塗っているのかは知らないが、強風にビクともしない。一方、服装ははかま羽織はおりをまったく身につけない着流きながしスタイルで、登り龍をかたどった金糸の刺繍ししゅうが背中に入った緋色ひいろの着物を、だらしなくまとっている。

 実の妹であるキサとの共通点は、派手な着物を好む所であろうか。

「あったりめぇだ、師匠が負ける訳ねぇよ!」

 嫌な予感を振り払うべく、めずらしくもバサラに同調した双七郎そうひちろう。いつもは喧嘩けんかばかりしている二人だったが──。

「そうであったら、いいのぅ……」

 大きなため息をつきながら、師匠は意を決したように言葉を続ける。

「ここはワシらが食い止める。双七郎そうひちろう……お前は、白露はくろ様をお守りしながら退くのじゃ」

 それを聞いた瞬間、双七郎そうひちろうの頭はカッと沸き立った。

「ちょっ、待ってくれっ! なに言ってんだよ、オレも一緒に……っ」

「はっきり言って足手まといなんだよ。テメェはよぅ!」

 師匠の胸ぐらを掴もうとする双七郎そうひちろうを、先に体当たりで突き飛ばしたバサラ。

「なにしやがるっ! この……っ、野郎!」

 受け身を取れずに地面をなめた双七郎そうひちろうは、矛先をバサラに変えてふところへ踏み込んだ。至近距離から、全体重を乗せた右ストレートを打ち込む。

 パシィ──と、い音が鳴った。

「おーいてっ……、俺はキサと違ってか弱いキツネなんだぜ?」

 だが、左手一本でそのパンチを受け止めたバサラ。手首をヒラヒラさせて痛がっているのも、束の間──。

 足を引っかけられ、双七郎そうひちろうは再び地面へ打ち付けられた。

「どうだ、これで分かったろ? 弱えぇ奴は引っ込んでな!」

 今まで、バサラに喧嘩けんかで勝った事は一度も無い。しかも手加減されているのだ。口惜くやしさの為か、涙があふれてくる。

喧嘩けんかはいかんと言っとるじゃろうが。このばかもんっ!」

 結末はいつものごとく──勝ち誇ったバサラの頭に、師匠のゲンコツが落ちるのだった。

唐突に、時間を遡ります。

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