━━━第三章・キツネの嫁入り黒き影━━━ 1
三つの川が流れ込む九露湖。とりあえずオニギリで腹を満たしたキサと双七郎は、その内の一つである狐鯉川の上流へと歩いてゆく。川の由来は読んで字の如く、狐と鯉が関係しているらしい。鎮西地方のキツネは、ほとんどがこの川の近くを住処としており、無数の里が点在している。中にはキサの生まれた里もあるのだが、あまりに幼かったので記憶は無いという。
もう、日が西へ傾いて結構な時間が経っていた。おそらく目的地は近いようだが、予定より大幅に遅れているのは、双七郎のイラついた態度から見ても明らかだった。
その原因が自分のスタミナである事に、申し訳なく、そして恨めしく思いながら、キサは川岸の手頃な岩に腰掛けている。
「ごめんね……、あたしのせいで……」
「きっ……気色悪りっ! 女みてぇな、しおらしい声出すんじゃねぇよ。おぇ……」
耳も尻尾もうなだれているキサを見て、顔を引きつらせながら後ずさった双七郎。
彼にとっては、いつもの何気ない悪ふざけだったのだろう。
だが──その言葉が、メテオに等しいショックとなって彼女の心を直撃した。
深くえぐられたクレーターから、ふつふつとマグマが沸き出るかのように込み上げてくる怒りを、抑えきれなかった。
「双ちゃん……?」
「なんだよ?」
「あたし……、あたしはね……」
キサはおもむろに──土鍋ぐらいの大きさはある石を両手で掴み、
「女なのよぉ! メスなのよぉ! あたしを一体、なんだと思ってるのよぉ!」
頭のてっぺんにまで持ち上げたそれを、いきなり双七郎へ投げつける。まさに大噴火だった。
「まっ待て、はっ……、話せば分かるっ! きっと分かるっ!」
「うっさいっ、ばかやろぉ! なんも分かってないじゃないっ!」
もはや問答無用。キサは、比較的大きめでゴツゴツしてて破壊力のありそうな石を、拾っては投げ、拾っては投げ。
「うわっ、やっ……、やめろっ! んな暴力ギツネが、女に見えるかよおおおおおおぉぉぉ」
あたふたと石を避けながら、双七郎はヤケクソとばかりに絶叫した。
「じゃあ、どんなのが女に見えるの……?」
ピタッと動作を止めて石を落としたキサは、真剣な眼差しで一歩ずつ近づいてくる。さっきとは打って変わって、物静かな様子。まるで空気が凍ったかのよう。
「え……、そっ……、そうだな……」
両手を胸の前で握りしめたキサの頬に、一筋の涙が伝う。そんな彼女の、予想外の行動と気迫に呑まれ、双七郎はうろたえて口ごもる。訳が分からなかった。全力でこの場から逃げたい。
「答えてよ!」
そうはさせないと、切れ味すら感じ取れる鋭い口調で迫ったキサ。下手な事を言えば、この女は何をしでかすか分からない。絶体絶命、四面楚歌──神に祈りたい気持ちだった。




