━━━第二章・荒ぶる湖畔のスシ屋台━━━ 10
「ほっ……ほれ、ニイサンも食べなはれ。ハラが減っては何もでけへんでぇ」
照れながら二皿目のオニギリを握り終えたオヤジは、弟子入りの申し出を挫かれて落ち込んでいる双七郎へ差し出した。
「ところでオッチャン。こんな鱗が付いた[もののけ]、見たことある?」
藪から棒に何を言い出したかと思えば、頭に巻いた赤いバンダナをほどくキサ。
隣では双七郎が、目の前に出された大きなオニギリを、ただただ無言でかぶりついている。
「んー、なんやそれ? けったいなもん付けとるなぁ……」
粗雑に切られた茶色の前髪を、キサは鬱陶しそうに左手でかき上げる。そのオデコの真ん中に〝小さくて白い、鱗のような物〟が一つ、きらりと光った。
ちなみに、お雪の額に付いていた物と全く同じである。
それは──白露様の鱗であった。
一年前、キサが見た妙な夢。今でもその内容は、はっきり覚えている。
大きな白いヘビが出てきて粉々に砕け散り、そこから三つのカケラが天高く飛び上がった。そして、その中の一つがキサの身体をつらぬき、落ち着いて深みのある女性の声が脳裏に響く。
黒き神が、近いうちに復活します。
あなたと同じ鱗を持つ[もののけ]を探しなさい。
三ツ鱗の<もののふ>が揃わなければ、大変な事になるでしょう。
「……と、言ってたわ」
コンコンと指先で鱗をつつきながら、包み隠さず説明を終えたキサ。それを聞いたオヤジは、複雑な表情を浮かべて水玉の鉢巻をぎゅっと締め直す。
鱗を持つ[もののけ]は、おそらく三匹。しかも、それぞれが<もののふ>になる事で、はじめて黒き神とやらに対抗できるらしい。
その為に必要な課題は、二つ。
キサとお雪の他に、あと一匹の持ち主を捜し出す事。
次に、パートナーとなる人間を見つけ出す事。
されど、キサもお雪も相手がいない。<もののふ>となるには結婚に等しい絆が必要なので、おいそれとテキトーな人間をくっつける訳にもいかないのだ。すなわち、二つ目の課題こそが彼らにとって最大の難関になるのは間違いなかった。
「はーぁ……」
キサの重い溜め息、しばしの静寂──。
いや、ただ黙々《もくもく》とオニギリを咀嚼している双七郎の音だけが、あった。
「残念やけど、ワテは見た事も会った事もあらへんなぁ」
腕組みしたオヤジは、剛毛に覆われた上腕二頭筋をピクピク動かしながら言った。若干、何かひっかかる節を感じたキサだが、追求しても有益な情報は得られないと判断するのだった。




