━━━第二章・荒ぶる湖畔のスシ屋台━━━ 9
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あの時の双七郎には、どうしようもできなかった。なにせ気絶していたのだから。
あれほどくやしかった事はない。もうあんな思いはしたくない。
その一心で、自らの身体を鍛え、強くなろうと努力してきたのだ。
だが、<もののふ>どころか[もののけ]にすら勝てない現実に、行き詰まっている。
どうしようもないのか──いや。
この鮨屋のオヤジに弟子入りできれば、きっと道は切り開けるはず。
「だから頼……」
「よっしゃできたでぇ、味わっておくんなまし」
爪が食い込むほど拳を握りしめてワナワナと震える双七郎の、やっと出掛かった言葉をあっさり遮ったオヤジは、豪快なデカさのオニギリが乗った皿を二人の前に置く。
ごくりと生唾を飲み込みながら、おそるおそるオニギリを口へと近づけるキサ。
「いっ、いただくわよ……」
ぱく、むしゃり。
「どやっ、ワテ特製のふりかけオニギリは?」
「……っんまい!」
一口かじるや否や、満悦の笑みを浮かべたキサは、ガツガツと一気にそれらを食べ尽くした。もう、やみつきである。
「オッチャンの、このオニギリ……、天下一だわっ!」
「そんなことあらへんでっ」
キサに褒められて、まんざらでもない様子のオヤジ。少し声が上擦っている。
「ほんまに美味いんは海苔オニギリと言うてな、そらぁごっつう美味いんやけどな。海苔は高すぎてワテら庶民じゃ手がでまへんのや。まぁ、いつかぎょーさん儲けて、食べさしてやるさかいのぅ!」
京貴族しか食べれないという贅沢品の海苔。キサ達にとって、かろうじて名前だけは聞いた事がある程度の、縁遠い代物だ。しかし、オヤジが心底うまそうに語るのを聞いてて、口の中から唾液があふれてくる。
「楽しみにしてるよっ」
オニギリを食べてすっかり機嫌を直したキサが、向日葵のような明るい笑顔を振りまく。これがさっきまで、ヒステリーを起こして色々な物を投げつけてきた狂暴女とは、到底思えない変貌ぶりである。




