━━━第二章・荒ぶる湖畔のスシ屋台━━━ 5
「これは我が家に代々伝わる、髭切太刀……」
毛抜形太刀と呼ばれる拵えのそれを、すぅっと抜きはなった。陽の光を溢れんばかりに受けた刀身が、まばゆい輝きを辺りに散らす。
「龍の髭を切り落としたと云われる……、伝説の宝刀だ」
次に、右肩より少し上の位置まで柄を持ちあげ、刃を水平に構えた。
「予の技……霜風、受けてみるがよい……」
そのまま、口元に引き寄せた刀身に向かって息を吹き付ける。
天下に名高き字である冬将軍は、冷気を操る[もののけ]の中でも最上位の〝雪女〟と合体して成り立つという。非常に希有な<もののふ>なので、カテゴリーは存在しない。
ただ、その対策は単純明快であった。
「ワシらも奥の手じゃ、むぅおおおおおおぉぉぉ」
腕を十字に組んだ道就が、腹の底から気合いの音声を発すると、全身から激しい炎が吹き出て火だるまとなった。
「纏火で、一気に勝負じゃあ!」
冷気には、熱気を以て打ち破るのみ。
両者の持つ凄まじい能力が今、ぶつかり合おうとしていた──。
「ゆくぞ!」
火蓋を切ったのは、利光だった。
短く鋭い掛け声と共に跳ぶが如く距離を縮め、目にも止まらぬ速さで水平突きを繰り出す。
その一撃を、からくも右下へ打ち払う道就。
熱風と寒風が入り混じった竜巻がほんの一瞬だけ巻き起こり、金属同士が打ち合う甲高い音を響かせながら、互いの刀身が滑っていった。
直後、<もののふ>が持つ能力の優劣が明らかに。全身火だるまになっていた道就の炎が、跡形もなく消し飛んでいたのだ。同時に、魂の底から凍える強烈な寒気が彼の身体をかけめぐる。
さらに利光の刃先が地面すれすれで跳ねる。その軌道は道就の右腰を狙っていた。だが、左へ二歩ステップを踏み込んで危機は脱したものの、またしても寒気が染み渡ってゆく。
その一方、避けられて空に舞い上がった利光の太刀筋は、曲線を描いて袈裟斬りへと転じる。
「なんのこれしきっ!」
道就は、肩口に迫り来た敵の刀身を大太刀の根元で一旦受け、根性を振りしぼって力任せに弾き飛ばし、間合いをあけた。されど、寒気だけはどうしても身体を通り過ぎる。
「はぁはぁ……、そんなチンケな能力、このワシに効くわけが無かろう……て」
大太刀へ体重を半分預け、杖代わりにして立つ道就。誰がどう見ても満身創痍であった。
「強がりはよせ……もはや、勝敗は明らか。予の太刀をうまく捌いたとしても、凍てついた風はそなたの体力を奪ってゆく……」
利光の言う通り──紅蓮翁の全力である纏火があっけなく消し飛んだ時点で、道就には勝ち目が無くなった。従一位を冠する<もののふ>は神に勝るが如し。と、畏れられている事実を今更ながら思い知ってしまったが、死は元より覚悟の上である。
「ぬぅおおおおおおぉぉぉ」
最後の生命を出し切るかのように、道就は再び火だるまになった。続いて、大太刀を勢いよく振って、両手で柄を力強く握りしぼる。
すると、刀身を流れ落ちるようにめらめらと炎が伝ってゆく。
「これも戦の倣い…………覚悟するがよい」
どこか憂いを含んだ流し目で、太刀に息を吹き付けた利光。正真正銘、次は最後の激突となるだろう。刃を正眼に、黙祷を捧げる。




