━━━第七章・白き三ツ鱗と黒き震皇━━━ 26
【ムシケラどもが、何をする気だああああああぁぁぁ】
恐怖にひきつった黒露大蛇は、じたばたもがいて必死に逃れようとした。彼は、右足を斬ってでもそうするべきだったのだが、その躊躇いが命取りとなる。
「うふふっ…………」
利光の身体は今や、少女の姿へと変わっていた。
神威の暴走とは即ち、[もののけ]の本性を全てさらけ出す事。雪音の秘めたる真の力が、ついに解放されようとしていた。あらゆる冷気系[もののけ]の頂点に立つ〝雪の女王〟のお出ましである。
「さて…………、私めもイキますか…………」
一方で、事の成り行きを腕組みしながら見守っていた厳時。時は満ちたとばかりに深呼吸をし、甲羅割大薙刀を投げ捨てた。
「むぅぅうおおおおおおぉぉぉ」
神世の時代より言い伝えられし、創世に関わったとされるデイダラボッチ。
緋狒威を粉々に砕いた<もののふ>・悟り猿侯は、みるみるうちに身体が巨大化してゆき──そのような伝説の巨人へと変貌を遂げたのだった。
鎮西地方で一番高く美しい白漣山を遙かに突き抜けた巨体が、水がほとんど残っていない九露湖をひとまたぎ。腰をグッと落として右手を繰り出した。
その先にあるのは、九露湖の大瀑布と呼ばれる一帯。
形容し難い質の声を発しながら、デイダラボッチは右手をすくい上げた。
稲薙 双七と評 利光、最後に黒露大蛇の三人を──。
その掌に収めたのを確認した彼は、空いた左手でフタをするように閉じこめる。
──天地圧縮。
これにて、碓氷 厳時のポジションは準備を終える。
黒露大蛇が壮絶な形相でいくら暴れまくっても、彼らは右足より離れない。
全国の冬を司り絶大な寒気を振るう〝雪の女王〟と──、
狐火の頂点を極めた〝九尾の狐〟が──、
同じタイミングでついに、究極の力を発動させる。
【…………やめろおおおおおおぉぉぉ】
──第九尾・終火。
──絶対零度。
極大にまで高められたプラスとマイナスの反発しあうエネルギーが、黒露大蛇を起点として炸裂する。彼の身体は原子レベルまで分解され、その存在が再び確認される事は無かった。
目的は達したものの、副産物として発生した莫大な力は、世界を破壊しようと暴れ始める。両手の中で荒れ狂ったそれを抑え込もうと、デイダラボッチが巨大な咆哮を上げながら踏ん張った。
しかし、指の隙間は次第に広がってゆき──。
そんな絶体絶命の──世界の危機を救ったのは、各々《おのおの》の額に輝く三つの鱗である。白くまばゆい閃光が広がり、瞬間的に鎮西地方全体を包み込むのだった。
そして──この日、史上最も早い初雪が観測された。夢や幻覚との諸説もあるそれは、冷たさも感触も無いものだが、見た者に安らぎと暖かさをくれる、不思議な雪だったという。




