━━━第二章・荒ぶる湖畔のスシ屋台━━━ 2
「ちょっと下がっておくんなまし。危ないでっせぇ!」
大声で言い放ったオヤジは、二本の包丁を両手の平でくるくる回転させた後、奇声を上げる。
「うっほほぁーっ」
次に、再び口にくわえた魚を宙へ放り投げる。
「たたたたたたたたたぁーっ」
閃く太刀筋は流星の如くなり。
魚は瞬時にて刺身に、その姿を変えた。
「おーおー、すごいすごい……はやくクワセロ!」
つまんない大道芸を見せられたって表情で、ほとんど棒読みに近い口調のキサ。
「すっげぇ……」
一方、双七郎は胸の高鳴りを感じていた。鎮西地方の大剣豪として有名な猿宝斎も、滝を真っ二つにした等の、にわかには信じられない逸話が数々あるのだが、先ほど目の当たりにした剣技も充分そのレベルに達していたように思える。
彼はおそらく、猿宝斎とは別人であろう。ただ、指導を受ければ確実に今より強くなれる。仇討ちの悲願を果たせるかもしれない。
「あんた……いや、貴方様は天下に名の通った武芸者と見……、お見受けしまして、お願いがある……、ございます」
居ても立っても居られないという言葉は、こういう時の為にあるのだろうか。使い慣れない丁寧語を記憶から引き出しながら、双七郎は土下座すらしていた。
「是非ともこのオレに武芸を教えてくれ……下さい。どうしても仇を取りたいんだ!」
「顔を上げておくんなまし。大の男が、そんな簡単に土下座しちゃあいけやせん。それに、ワテはただの鮨屋でおます」
ネタとシャリを手に、鮨をぎゅっぎゅっと握りつつ、穏やかな表情で答えるオヤジ。
「あんな技見せられて、ただの鮨屋な訳ねぇよ! 頼むっ! 弟子にしてくれぇ!」
「ワテは誰がなんと言おうとも、弟子は取りまへん。堪忍しておくれやす」
「いい加減に……」
ムサ苦しい男二人のやり取りを眺めてたキサの目が、ヤバいほど据わっている。その右手は湯飲みの方へ伸びていき──。
「しなさいよっ! あたしゃハラヘッてんだよぉ!」
大癇癪を起こしたキサは、周りのあらゆる物を投げつけてきた。湯飲みから始まり、小石や枯れ草など。
あたふたと避ける双七郎と、溢れんばかりの背筋で防御に徹するオヤジ。
「キサ、落ち着けっ」
「激しいやっちゃなぁ……ほれ、できたでぇ!」
オヤジの筋肉がびくんと躍動した直後、流麗な投球フォームで投げられた鮨は、見事キサの口の中へストライク。
「むぐっ」
それによってキサの手が一旦止まり、口をむしゃむしゃと動かすのだったが──。
「ふう……おさまったか」
双七郎がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、