━━━第一章・深き緑の隠れ里━━━ 1
筆名・嵯峨 卯近
ワープロ原稿紙 A4・39字詰め34行 / 126枚
※2009年に、とある新人賞へ応募した小説で、同時に人生初の長編作品です。
結果は、一次選考突破で二次選考落選でした。
話の作り方が強引なのと、キャラ視点がブレているのと、和風世界なのに現代用語使いまくりで違和感が激しいのと、問題点が結構あります。
あと、あらすじは当時の応募規約に則って書いたもので、思いっきりネタバレになっております。
以上の注意点を踏まえて、長々とした拙い小説ではございますが、読んでいただけると幸いです。
ここは──一見すれば、平安時代に似てるのかもしれない。
しかし、現実には居ないとされていた[もののけ]が、平然と人間社会に溶け込んでいるという、明らかに別世界であった。ただし、特に変わった名称は付いておらず、天下や全国などのありきたりな呼ばれ方をされている。
京から遙か北西へ進み、そして海を隔てた場所に位置する鎮西地方。中央政権の影響を受けにくい辺境の片田舎にて、この物語は始まる。
* * *
朱に染まりきった一枚の紅葉が空にひらり──と、冷たい風にさらわれて舞い上がる。強い日差しにも関わらず、むしろ寒いぐらいだ。そんな北国の秋は、短い。これから坂を転げ落ちるように気温が下がり、あっという間に過ぎ去ってゆくだろう。
二人は、夏の名残りと言うべき下草が生い茂る獣道を、がさがさと踏み分けていた。
いつもの歩き慣れた道──次第に、清々しいせせらぎの音が大きくなってゆく。
「双ちゃん、ちょっと休もうよぉ……」
突然、その場にへたり込んで荒い息を立てている少女の名はキサという。小麦色の健康的な肌に無駄のない引き締まったスタイルで、紅い爪の手足が一際目立つ。裾は目の遣り場に困るほど短く、袖も二の腕までしかない、牡丹色の鮮やかで派手な着物を纏っている。
しかし、それでいて色気を全く感じないのは、鉄板のようなムネの持ち主である事と、身なりを全く気にしないガサツな性格だからであろうか。本人曰く、育ち盛りの十四歳なので、ムネはまだまだこれから──らしい。
「いい加減にしろっ! 何回休みゃ、気が済むんだよっ」
しかめっ面で後ろを振り向いたのは、紺青色の生地に蜻蛉の文様が添えられた直垂に、身の丈とほぼ同じの大太刀を背負う若者。名は双七郎といった。ちなみに、平安時代の庶民と武士が着ていた平服が、直垂である。
年の頃は十七歳、田舎のガキ大将みたいな印象である。短く刈られた頭髪に、背丈が小さいながらも鍛え抜かれた筋肉が目立つ。
「だってぇ……」
しょんぼりと項垂れるキサ。赤いバンダナが巻かれた茶色く短い髪から三角の耳が飛び出ており、ボサボサの尻尾を太腿で挟み込んでいる──そう、彼女はキツネの[もののけ]なのだ。
「もう知らねぇ、先行くぜ」
「なによぉ、この薄情もぉん!」
じたばたやってるキサを置き去りに、双七郎は歩を進めた。別に急ぐ必要は無いのだが、スタミナが極端に無い彼女に合わせていたら、それこそ日が暮れてしまう。
「ちょっとぉ、待ちなさいよぅ!」
まさに、最後の力を振り絞ったスタートダッシュで駆け出すキサ。その先にあるのは言うまでもなく──。
「おわっ!」
思いっきり体当たりされ、双七郎はごつごつした河原の砂利に突っ伏した。
「いきなり何しやがるっ! てか、早くどけよっ」
「やーだっ。あたしを置いてった罰よ」
どんな体勢で倒れたのかは知らないが、キサの尻尾が双七郎の後頭部の上でパサパサ揺れている。しかし、兄妹のように育てられた彼としては、別に何の色情も沸かない。いつまでも離れる気のない彼女の腰へ手を伸ばし、
「きゃうんっ」
そのまま素っ気なく突き飛ばす。明らかに可愛さをアピールした変な声は無視しつつ、ゆっくりと立ち上がった双七郎。膝についた砂埃をパンパンと叩き落としている最中の事だった。
「おぅおぅ、テメェら! 命が惜しかったら身ぐるみ置いてけ!」
二人の前に現れた追剥は、人間ではなかった。肝の小さい者が一目でもその姿を見たならば、たちまち卒倒してしまうだろう。
カタカタと乾いた音を出しながら、錆び付いた野太刀を手に一歩ずつ近づいて来る。
「ケッ、真っ昼間からイチャイチャしやがって!」
「そんな真っ昼間から化けて出てくるアンタもアンタじゃないの?」
一応、同じ[もののけ]であるキサが、追剥を平然と見据えて即座に言い返した。
「へぇー。オレ様の顔を見てビビらねぇアマは初めてだぜ」
キシシシシと、顎を歪ませて笑った──ように見えると言った方が妥当であろう。なぜなら、彼の身体は骨しか無い──狂骨という[もののけ]なのだ。その名が示す通り、強い怨みを抱いて死んだ亡者が、現世に蘇ったモノである。
真夜中に出くわせば、かなり怖いかも知れない。
「怖がって欲しいの? しょうがないわねぇ……。きゃーこわいよぉ」
今更ながらの白々しいリアクションで擦り寄ってくるキサを、ひらりと避けた双七郎。師匠の形見である大太刀の柄に手をかけ、腰をぐっと落とす。
対して狂骨は、広げた左手を前へ突き出し、〝待った〟のジェスチャー。
「おっと、オレ様は<もののふ>より強えぇんだ。無駄な抵抗はやめときな!」
「そうかよ。じゃあ人間のオレでも通用するか、試してやるぜ!」
朽ち果てた山賊の服を着る狂骨へ、河原の砂利を蹴って駆け出した双七郎。流れるように抜いた大太刀を振り下ろす。
人間が編み出した、[もののけ]退治の切り札──それが<もののふ>である。
残念ながら、双七郎は<もののふ>になれないし、なろうとも思っていない。人間のまま、生身で強くなる事を選び、日々鍛えているのだ。普通の人よりは、断然強いと自負している。
されど、そんな渾身の一撃を易々と受け止めた狂骨の野太刀。相手の迂闊さをあざ笑うかのようにケタケタと顎を鳴らしながら、足払いをかける。
双七郎はその力強さに踏ん張りきれず、実に呆気なく体勢を崩した。バシャっと川の水が飛び散ったと同時に、野太刀の切っ先が迫り来る。やべぇ──と、反射的に目を閉じた瞬間、
「双ちゃんにナニすんのよっ!」
狂骨の頭蓋骨が木っ端微塵に吹き飛んだ。頭を失った敵は、カランカランと乾いた音と共に崩れ去ってゆく。
そして、背後に立つキサの爪が不気味な紅い光を放っている。
「…………よわっ! そんなんで追剥しないでよ!」
人間としては強いはずの双七郎を、圧倒していた狂骨。それを、キサはたった一撃で潰した。
[もののけ]とは、ここまで強いのか。人間がいくら鍛えても、話にならないのだろうか。しかし、それでも強くならなければ。何が何でも、師匠の仇は──己の力だけで討ちたいのだ。