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●8

 その時、自分は人目のある所へ行かない方がいいという自制も忘れ、アルザスは走っていた。

 メイアを連れ戻さなければいけない。

 彼女のもとに届く招待状のうち、オーデリカの友人知人から届いたものはアルザスの独断で欠席の返事をしていたのだが、一つ漏らしたものがあった。

 オーデリカがメイアに何もしないとは思えない。気が強いメイアが、それに応じないとも限らない。

 余計な揉め事になる前にメイアを連れ帰らなければ。

 幸い茶会の会場は近かったので、アルザスは馬車にも乗らず駆けていた。

 目的地に着くと、庭は高い柵に囲まれていて入口は反対側だった。

 とりあえず柵と植え込みの隙間に視線をやってメイアを探す。

 ドレスと髪色からすぐに見つかったが、アルザスは目を疑った。

 メイアは誰とも知らぬ貴族相手に深く頭を下げていた。

 挨拶やお礼ならあそこまで腰は折らない。それくらいはメイアだって分かっているだろう。

 それは、紛れも無く謝罪の頭の下げ方だった。

 それが一度だったらまだ良かったのだが、あちらにもこちらにも下げている。

 ようやく人の塊が遠ざかると、けだるそうに席に着いた。

 彼女がいるテーブルは他に四人ほど座れそうだが、義妹の他には誰もいない。

 アルザスはそれを見て胸が張り裂けるような気持ちになった。


 メイアは、アルザスが社交パーティーでの様子を聞いたときには「大丈夫です」と答えていた。

「大丈夫です。友達もいますし」と。

 どこが大丈夫なんだ。

 血も繋がらない馬鹿な義理の兄のせいで、ぺこぺこ頭を下げなければいけない状況に置かれているのに。

 友達なんか、一人も見当たらない。

 全部自分が蒔いた種だと分かっていればこそ、アルザスは悔しくて腹が立って仕方がなかった。

 その時、メイアの遥か前方に黒い髪が見えた。

 まずいと思い、アルザスは再び駆け出した。


 間に合わなかった。

 肩を怒らせて、振り下ろした扇を握りしめるオーデリカと、俯いているメイアの後姿が見える。

 元婚約者が再び腕を振り上げたのに気付いて、アルザスは腕を伸ばした。

「メイア!!」

 扇の届く距離から引き離そうと、義妹を抱き込む。幸い二度目は当たらなかった。

「……お、お義兄様?」

 驚いた様子の彼女の目尻の辺りが出血しているのに気付き、アルザスは義妹を抱く腕にさらに力を入れると同時にオーデリカを睨み据えた。

 許せない。

 オーデリカのプライドを傷つけたのは自分だ。だから彼女が怒るのはもっともだと思うし、それを止めようとは思わない。

 けれど、その怒りの矛先はあくまでアルザスであるべきだ。

 何の罪も無いメイアに手を上げて傷つけるなんて許せない。

 けれど、ここで彼女に噛みつくのは逆効果だ。さっさとこの場を去った方がいい。

 そう判断して、最低限の謝罪と挨拶を済ませると、アルザスはメイアの手を引き元婚約者に背を向けて歩き出した。


 後でブロファーユ侯爵家に乗り込んで文句の一つも言ってやろうと思うくらいアルザスは頭に血が上っていたが、ことを荒立てたくないというメイアの言葉と意思を尊重することにした。

 最大の被害者である彼女がそう言うのだから、従わないわけにはいかない。

 それに、アルザスがした婚約解消が事の発端であるのだ。

 さんざん迷惑を掛けて、あげく怪我までさせてしまった。

 こんな自分がランメルト伯爵家を継ぐわけにはいかないという気持ちは、自分の中で強くなる一方だった。



 メイアあるいはメイアの夫がランメルト伯爵家を継ぐという考えは、アルザスにとって新しいものではない。

 それを恐れた日もあったが、今はとても穏やかな気持ちで受け入れられる。

 もっと早く身を引いていれば良かったと思うくらいだった。

 だから、メイアにそろそろ結婚を考えてもらおうと思った。

 彼女が相応しい相手と結婚できれば、アルザスは安心して消えることができる。

 彼女への想いは胸の奥に焦げ付いて残るだろうが、接点が無くなればかえって楽になれる気がした。

 折よく本宅からメイアに来た縁談の資料が回ってきたので、それを携えてアルザスはメイアの部屋へ向かった。

 内容をざっと見てみると、結構いい話ばかりである。

 ランメルト伯爵家は経済状況にはごく平均的であり、特別由緒正しき血筋という訳ではないが、卑しまれるようなものでもない。

 メイアの持参金も相場程度だった。

 その割にはいい話が来ていると思う。おそらく、義父が娘に相応しくないと思った縁談は弾いて、これならばと思ったものだけ送ってきてくれたのだろう。

 そのせいか、数は異様に少なかった。手あたり次第送りつける家も少なくないというのに。

 見覚えのある名前もいくつかあった。

 義理の弟、か。

 アルザスは資料をめくりながら、すっと目を細めた。

 やっぱり他の男に渡したくはないなと思ってしまう。

 だからと言ってどうするつもりもないけれど。


 メイアの部屋に入ると、彼女はソファに寝転がっていた。

「メイア、ソファでごろ寝なんかするものじゃない。お行儀が悪い」

 こうして偉そうな口が利けるのも、あとどれくらいだろう。

 結婚についての話だと分かるとメイアは逃げようとしたが、アルザスは許さず座らせた。

 どうして逃げるのだろう。年頃の娘なら喜んでもいいような気もするが。

 まだ子どもということだろうか。

 ちらりと隣を見ると彼女の横顔にはあどけなさが残っていて、アルザスは嬉しくも切なかった。


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