学園生活
女子寮では、ミスリと同部屋だった。
「えっと、新しく入ってきた日本人の子は、慣れるまでは先にいる子と同居なの。そんなわけで、三ヶ月ぐらいは私と一緒だよ。ごめんね」
「い、いや、充分だよ……。というか、広すぎ」
ミスリの部屋は、二人部屋という狭いイメージからかけ離れたものである。
広いリビングに大きなテーブルとソファ、大画面テレビがあり、寝室には大きなダブルベッドが二つ並んでいた。
「……豪華だね」
「私もこんなのいいって言ったんだけどね。お兄ちゃんって過保護だから、私がこの学園に入学するときに家具とか全部買ってくれたんだよ。私もこんな贅沢な部屋、まだ落ち着かないんだけどね。昔は貧乏だったから」
義兄に愛されているミスリはちょっと苦笑する。
「貧乏だったって? ミスリちゃんってお嬢様じゃないの? 」
メイはさっき見た生徒達の丁重な態度から、ミスリのことを良家のお嬢様だと思っていた。
「うう……そんな事を言われると困っちゃうよ。確かにお兄ちゃんは勇者様だし、お母さんはホテルのオーナーだし、お姉ちゃんは王妃様だけど」
家族の七光で敬意を払われたくないので、ミスリは結構がんばっているのである。
自発的にバイトもしているし、勉強も手を抜かない。努力のかいあって、今では成績優秀・諸芸堪能・スポーツ万能・容姿端麗のパーフェクト女子高生になっていた。
生徒からの人望も厚く、生徒会長に選ばれている。
「お兄ちゃんって……この人?」
メイは大事そうに壁に飾られている大きな絵を見る。高校生ぐらいの平凡な顔をした少年と、彼にじゃれ付いている小学生くらいの二人の可愛い犬耳少女が描かれていた。
「そうだよ。お兄ちゃんのこと聞きたい? 聞きたいでしょ? 」
ミスリは目をきらきらさせて迫ってくる。スカートから飛び出した尻尾がブンブン振られていた。
「え、ええ……まあ」
「えっとね。お兄ちゃんはかっこよくて優しくて、伝説の勇者で国王様で……」
それから延々一時間、自慢話を聞かされてしまうのだった。
次の日
いよいよ初登校とあって緊張するメイを、ミスリが案内する。
「えっと、私のクラスはどこになるのかな? ミスリちゃんと一緒ならいいんだけど……」
不安そうなメイに、ミスリは優しく説明する。
「ああ、このヒノモト学園じゃ、クラスはないんだよ」
「えっ? 」
「お兄ちゃんの方針なの。気の合わない人を無理に同じ教室に押し込めてずっと一緒にいさせると、ストレスからイジメがおきるんだって。大学みたいに学びたい学課を自由選択できるようにするべきだって。だからここには学年もクラスもないんだよ~」
この学園の理事長は以前クラスメイトに苛められていた経験から、なるべくイジメが起きにくいような教育体制を考えた結果、大学に近い単位制を採用したのだった。
「でも……それじゃあ私はどうすればいいか……」
「大丈夫だよ。ちゃんとアドバイスしてくれる人はいるから」
ミスリはメイの手を引いて、とある部屋に連れて行った。
「新入生の佐藤メイだな。ヒノモト学園にようこそ」
部屋の中にいた人物がメイをじろりと睨む。
白衣を着ているきつめの20代後半の美女だった。
「シスターモモコ、メイちゃんをよろしくね」
「ああ。ヒノモト学園養護シスター、鮫尻桃子だ。よろしく」
桃子と名乗った女性は、無愛想に挨拶した。
ちょっと怖い人だと思い、メイは黙って頭を下げる。
「さ、佐藤メイです。よろしくお願いします」
「それじゃ、これからの事を説明するぞ」
桃子が手元にあるリモコンを操作すると、床から銀色に輝くカプセルがせりあがってきた。
ファンタジーの世界にいきなりSFチックなものが現れて、メイは驚く。
「あ、あの……これは」
「新入生はまずこのカプセルに入って、潜在能力、潜在肉体性などを調査した上で、必要な知識をインストールするんだ。あとは彼女に聞け」
桃子が指差す方向を見ると、カプセルの表明に一体の妖精が浮かんでいた。
「やっぽーメイちゃん。私はシルフOSの一人、タルトだよ。今日からよろしくね」
タルトと名乗った妖精は明るく笑って手を振っている。
「シルフOS? あの『シルフワールド』の? パートナーになってくれるの? 」
メイの顔がぱっと明るくなる。
既に社会には『パトコン』が浸透しており、父親にも彼のパートナーであるデイジーというシルフOSを紹介されたことがあった。メイも日頃からネット上の妖精たちと友達になりたいと思っていたのである。
「うん。この学園じゃ特別に一人に一体、私たちがつくことになるからね。このカプセルに入って」
タルトに言われるまま、カプセルに横になる。
「それじゃ行くよ~『知識共有』『精神調査』」
メイの意識は心地良い眠りに誘われていった。
「うーん。潜在魔力量は55000。覚醒魔力量42000を超えると『メドゥーサ』の姿に変わっちゃうから、それを超えないように制限を付けて……」
メイの魂をスキャンし、魔力を暴走させないように精神に暗示をかけていく。
「これでよし。後はとりあえず、高校卒業までの知識を全教科インストールだね」
メイの脳に知識を書き込んでいく。三十分ほどで完了した。
「メイちゃん。起きて」
ミスリが体を揺らして起こそうとする。
「ふわぁ~」
メイは一つあくびをして、カプセルの上に起き上がった。
「気分はどう? 」
「ぐっすり寝て起きた気分。体が楽になっている」
立ち上がって体の色々な場所を動かしてみる。今までより軽くなったような気がした。
「問題ないみたいだな。それじゃ、テストするぞ」
桃子が問題用紙をくばる。それは今年の一流大学の入学試験だった。
「え~私はまだ高校一年ですよ。こんなの分かるわけ……」
「いいから、さっさとやれ」
そういわれて、しぶしぶ問題に向かう。
しかし、すぐにメイは驚く事になるんだった。
「え! これって……」
思考力や応用力を必要とする問題は相変わらずわからないが、単に決まりきった知識や公式を問う問題は簡単に解ける。
特に苦手だった英語や化学などはスラスラと回答することができていた。
「私、頭良くなったの? 」
「問題ないな。お前の脳に『知識共有』の魔法をかけて、必要な知識をインストールしたんだ。少なくとも暗記に関しては完璧だな」
テストの結果をみて、桃子は満足そうにうなずく。数千語の英単語や歴史・数学・生物・知識、化学記号や物理法則など、簡単に身に付ける事ができていた。
「こんなに簡単に覚えられるんだ……今までの勉強の苦労っていったい……」
「こっちの世界のやり方が遅れているってことだね~あはは」
「ずるいよ! 全国のがんばって勉強している人に謝れ! 」
無邪気に笑っているミスリが憎たらしい。教育分野においては、もはやヒノモト学園の方が日本よりはるかに進んでいるのであった。
「でも、これがあったら先生はいらないんじゃないですか? 」
メイは疑問に思って桃子に聞く。
「私は先生じゃないぞ。というより、この学園には先生はいない」
「えっ? 」
「私たちは先生じゃなくて『シスター』だ。教えるというより、アドバイスするだけだ。モラルを教え導く尼僧とか、人生の先輩として相談に乗るお姉さん(シスター)みたいな役目だな。なんでも相談しろ。体がおかしくなったとか、辛い恋をしたとかな」
そういって初めて笑顔を見せる。その笑顔からは、色々と辛い事を乗り越えてきたことが伺えた。
「は、はい。それじゃ、何かあったらよろしくお願いします」
最初はとっつきにくい人かと思ったが、思ったより誠実な人のように思えてきて、メイは頭を下げるのだった。
「それで、メイちゃんは将来何になりたい? この中から選んでね。ここでの勉強って、その職業に必要なスキルを得るための単位を取っていくシステムなんだよ」
パソコンに職業を選ぶ画面が浮かぶ。そこには、農業や漁業、商人などの他に、教師や研究者や医者などのさまざまな職業が検索できるようになっていた。
ただ、その数が非常に多く、中には変なのも混じっている。
「ねえ……この『盗賊』って職業なの? 」
「ああ、それは特殊技能が必要な公務員だよ。国から一定の給料が保障されて、お仕事として盗みを働くの」
「……意味がわかんないよ……」
メイは頭を抱える。
「泥棒さんがいるおかげで、警備会社が成り立つでしょ? つまり、盗難技術を研究する警察部署の一部門なの。もちろん盗んだものは後で返すよ。あと、ダンジョンのトラップ解除とかもしてる」
「なるほど……後半はなんなのかわかんないけど」
パラパラと画面をめくるが、今は特にやりたい事がない。
「すぐ決められなかったら、後からでも良いよ。この学園は入学も卒業も自由だから。スカウトされて就職が決まったり、充分な技術を身に付けたと判断したら自主卒業するってかんじだね」
どうやら、この学園は非常にフリーダムな所らしい。
「へえ……なら、私はこの『アイドル』ってのを選ぼうかな? 」
シャレのつもりで画面にタッチすると、タルトが分析をはじめた。
「職業との相性を判定中……メイちゃんを数値で表すと、美人度80。カリスマ性30。演技力20。体力50、音感30かぁ……うーん。音楽科と演技科で5年修行すれば、なんとかオファーが来るレベルに到達するかな? でも人気の職業だから、競争率激しいよ。特に今ヒノモト歌劇団とカストール歌劇団には、人気がある歌姫が集まっているから。日本も同じだね」
タルトは残念そうに首を振る。
冗談のつもりだったのに本気で分析されてしまい、メイはちょっと落ち込んだ。
「まあ、色々自分にあった職業を探してみたら? 私たちは『シルフワールド』にも入れるから、そこで色々試せるよ」
「……そうだね」
こうしてメイの学園生活が始まったのだった。
本編はこちらになります
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活動報告に「反逆の勇者と道具袋」11巻と文庫版1巻の情報を載せました