崩れだす日常
その日の夜
メイは深夜二時まで起きていたが、さすがに限界を感じてベッドに入る。
「黙っていればいいんだよね……うん。大丈夫だ」
布団の中で何度も教わった対処法を感度も確認する。
しばらくすると、メイは安らかな眠りに落ちていった。
「我は魔王……我が眷属よ……我が元にこい……」
案の定、夢の中に魔王を名乗るフードの男が現れる。
しかし、メイはじっと黙って、ただひたすらに終わるのを待っていた。
「ドコダ……あいつの家の方角はこっちのはずだ……」
魔王はしばらく声をかけ続けていたが、反応がない事にいらだったのかフードを取った。
すると、メイと同じくらいの年頃の、銀髪の少年が現れる。
(あれ? 結構カッコイイ。本当に魔王なのかな? )
魔王という言葉から想像されるような恐ろしい姿ではなく、むしろ天使のような美しい容姿だった。
メイは思わず恐怖を忘れて、じっと魔王を見つめてしまう。
「視線を感じる……『魔姿覚醒』の魔法を送ってみるか……」
魔王のつぶやきとともに、その目から光が発せられる。メイと魔王の視線が交差した。
「キャーーーー! 」
目の奥にレーザー光を当てられたかのように痛みを感じ、メイは夢の中で絶叫する。
メイはとてつもない恐怖を感じ、魔王を見返した。
「うわっ! 」
すると、いきなり魔王が叫び声を上げる。
「ま、まさか……お前が……アイツだったとは……不覚! 」
無念の言葉を残し、魔王は消えてしまう。
「な、なんなのよ! 何がおこったのよ! せめて説明しなさいよ! 」
混乱するメイから、いつしか意識が失われていった。
「はあ……また変な夢をみちゃった。でも、なんだったんだろ。勝手に消えちゃった」
目が覚めたメイは独り言をつぶやく。
奇妙な事に、目覚めは悪い気分ではなかった。
なんだかスッキリしていて、体中に力がみなぎっているような気がするのである。
「よし、今日もがんばろう! 」
メイは元気に日課のランニングをこなし、学校に向かうのだった。
しかし、そんな爽快な気分は、通学中の電車の中で吹き飛んでしまう。
満員電車の中、後ろにいる中年サラリーマン風の鼻息を首筋に感じたからであった。
(ち、ちょっと! きもちわるい)
後ろを向いて睨んでやろうと思ったが、満員なので動けない。
それをいいことに、中年男はさらに狼藉を働こうとしていた。
(う、うそ! ちかん!)
執拗に体を摺り寄せてきているので、どう見ても確信犯である。
(や、やだ!)
メイが動けないのを見て、男はますます調子に乗ってきた。
「はあはあ……これをあげるから」
メイのスカートに一枚の紙幣を突っ込んでくる。
「ち、ちょっと」
「へへへ……これでお金を受け取ったと言う事で、同意があったとみなされるよ。おとなしく……」
卑劣な男は後ろからメイに抱きつこうとしていた。
その時、駅に到着し、乗客が降りようとしたのでスペースができる。
(こ、この変態オヤジ!)
メイは男に向き直り、思いっきり睨みつけた。
その視線を受け、男の顔がこわばる。
「あ、あれ……ど、どうしたんだ? 」
意味不明な言葉を言い、そのまま立ち尽くす。
その隙にメイは男から離れる事ができた。
「なんだ……体がうごかない……」
ぶつぶつとつぶやく男を放っておいて、目的の駅でメイは降りる。
「あいつ、なんだったんだろ……ま、いいか」
そのまま学校に向かうが、途中でスカートのポケットに紙幣がそのままだったのを思い出す。
おそるおそる取り出すと、千円札が一枚入っていた。
「せ、千円? 私の価値ってたったこれだけ!? ふざけんじゃないわよ! 」
痴漢と安く見られた事の二重の意味で不機嫌になるメイだった。
放課後
空手部に行くと、いつもいるはずの部長がいなかった。
「瑠士先輩はどうしたの?」
「なんでも、体調が悪くなってお休みしているみたいだよ」
部員からそう聞いて、心配になる。
「風邪でも引いたのかな。お見舞いに行こうか……でも、いきなりだと迷惑かな? 」
そんな事を思いながら部活動を終えて帰ろうとすると、いきなり数人の女子が道をふさいだ。
「す、すいません。ちょっと通してください」
先輩の取り巻きで怖い人たちだと聞いていたので、頭を下げながらお願いする。
しかし、彼女たちは冷たい顔をしてメイを取り囲んだ。
「この力……まちがいないわね。魔王様によって力を覚醒されられているわ」
「それなのに……魔王様にあんな事をして……」
メイを憎しみのこもった目でみつめてくる。
「あ、あの。えっと」
「……私たちは誇り高き魔王の親衛隊よ。貴方を連れて来いと命令されているの。おとなしく来て貰うわよ」
そういうと、いきなりメイの手をつかんで無理やり引っ張った。
「痛い! 何をするんですか! 」
手荒な事をされて思わずメイは目の前の女子をにらみつけた。
次の瞬間、正面にいてメイと目をあわせた少女の体が硬直する。
「 どうしたの? 」
周囲の少女が肩を揺さぶるが、彼女は目を見開いたままで動けない。
「……やはり、神をも石にするといわれた伝説の魔女の生まれ変わりね。その力、魔王様に捧げてもらうわよ! 」
周囲の少女はメイを押さえつけようとする。
「離して! 」
「くっ! 」
メイが暴れると、少女達はその視線からかばうように自分の目を覆う。
その隙に彼女達の拘束から脱出することができた。
メイは後ろも見ずに、一目散に逃げ出していく。
「待ちなさい! 」
「いや! 」
後ろから追いかけてくるが、日ごろランニングで鍛えているメイの足は速い。
どうにか振り切る事ができた。
「はあはあ……くっ……逃げられたか」
メイを追いかけていた少女は荒い息をつくと、携帯を取り出す。
「いい? 絶対に捕まえるのよ! 」
メイの写真を一斉送信して仲間に伝えるのだった。
そのころ、島根県のとある片田舎にある日元総合病院に、全身が硬直した男性がいた。
どこの病院も手に負えず、日本で唯一特殊な治療ができるここに連れてこられたのである。
「うーん。これは『硬直化』の魔法がかけられているね。向かう(・・・)じゃ単なる初級魔法だけど、こっちの科学技術じゃ治せないのも無理ないね~」
全身にコードを貼り付けられた男性の横においてあった、パソコンから声がする。
「それじゃ、ヘルスポーションを打ちますね」
背中に黒い羽が生えた医者が、緑色をした点滴を打つと、男の硬直は徐々に解けていった。
「うん……ここは……」
目を覚ました男が見回すと、側に黒スーツを着た男と警官が立っている。
「えーっと。越地達郎だな。女子高生に対する痴漢の容疑で逮捕する」
警官は無表情で言い渡す。
「ちょっと待てよ。俺はそんなこと……」
「お前が寝ている間に『知識共有』をしたので、何をしていたのかすべてわかっている。証拠として携帯の中にあった盗撮画像も押収している。言いたいことがあるなら署で聞こう」
問答無用で引きずられていく不幸な痴漢男だった。
「だけど、これってこの子が覚醒したってことだよね~」
パソコンに痴漢男の記憶から再現した、勝気そうな美少女の画像が映し出される。
プリントアウトして、目の前にいる黒スーツ男に渡した。
「この少女を早急に保護しないといけませんね。すぐに行きましょう」
「待って。『遮魔グラス』を装備していった方がいいよー。相手はアレだからね~」
「わかりました」
助言に従い、真っ黒いグラスをかける。
「『新誠組』出動! これ以上被害が出る前に保護するのだ! 」
「はっ! 」
リーダーの男と同じような格好をした男達が、救急車に乗り込む。
全員の胸に付けられている『誠』という字のバッヂが輝くと、たちまち白衣を着た救急隊員の姿に変わっていった。
本編はこちらになります
http://ncode.syosetu.com/n3978x/
活動報告に「反逆の勇者と道具袋」11巻と文庫版1巻の情報を載せました