究極勇者
「やったぞ! 我が本能『サタン』を数万年ぶりに地上に戻す事ができた」
魔王フィルを名乗る少年は狂喜しているが、その周りの信者達は完全にビビッていた。
地獄と直結した上空のゲートからは、身長100メートルにも及ぶ巨大な人型生物が降りてきたからである。山羊の頭をもった全身毛むくじゃらの姿で、長い尻尾を持っている。
まさに人が思い浮かぶ悪魔そのものだった。
「あ、あんなモノを呼んで、大丈夫でしょうか? 」
「ふふふ、何を恐れるか。後は理性である俺と本能であるこいつが合体すると、神にも手に負えない力を持つ大魔王ルシフィルが誕生―へっ? 」
フィルは間抜けな声を上げる。いつの間にか伸びてきた手が、彼をつまみあげようとしていた。
「ち、ちょっと待て。あくまで本体は理性である俺なんだぞ。俺の方に合体しろ! 」
巨大な悪魔はそう喚くフィルの臭いをフンフンとかぐ。
そして、そのまま問答無用で口に放り込んだ。
「ま、まさか、生贄が足りなくて、本能が暴走? や、やめろ! 」
生贄にする予定の生徒達が突然消えてしまったので、計算違いがおきていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ! 」
生きたまま飲み込まれたフィルの声が響き渡る。
それを聞いて、信者達の間に恐怖が広がっていった。
「ま、まずい! 逃げろ! 俺たちまで食われるぞ! 」
信者達は我先に逃げ出すが、その体が大魔王の魔力によって宙に浮かんでいく。
「た、助けてくれ! 」
一人も逃げる事ができず、全員が降臨した大魔王に食べられてしまうのだった。
因幡神社
ミスリとメイは巨大な大魔王を見て恐怖に震えるが、シンイチは落ち着いていた。
「えっと、どうするかなぁ。あいつだけなら何とでもなるんだけど……」
シンイチが上空を見上げると、いまだに巨大な穴が開いたままになっていて、他にも何十もの邪悪な存在がこちらに出てこようとしている気配が感じられた。
「さすがに俺にはゲートを塞ぐのなんて無理だから、あいつらに頼むか」
シンイチは嫌そうに携帯を取り出し、番号をブッシュする。
「もしもし。居永さん? こっちの世界に次元間ゲートが開いてるんだけど、何とかしてくれよ」
「えっと。ちょっと待ってくれ。おお、確かに地球と地獄がつながっているな。いや、教えてくれてありがとう。もうちょっと放置していたら大惨事になるところだったよ」
携帯から渋い声が聞こえてくる。
「しっかりしてくれよ。あんたが地球を担当している絶対神なんだろ。ちゃんと管理してくれていないと、こっちが迷惑するんだから」
「すまんすまん。今からゲートを閉じる処置をするから、あと五分待ってくれ。だけど、同時に大魔王サタンの処理はできないから、そっちは頼むよ」
電話の相手、居永弘雅―神々の王ゼウスは、大魔王の始末をシンイチに押し付けてくる。
「うぉい! おっさん! 無責任すぎるだろ! 」
「シンイチ君ならなんとかできるだろ。勇者なんだから」
ニヤニヤと笑っているような声が聞こえる。電話の相手は、その気になったら大魔王など簡単に始末できるくせに、わざと放置する。勇者シンイチとの熱い戦いを期待していた。
笑い声を残し、電話は一方的に切れる。
「お兄ちゃん。誰に電話したの? 」
「この地球の絶対神。まあとりあえず、これでゲートは何とかなったよ」
電話が切れてしばらくすると、いきなり天空に雷がとどろき渡る。
それは瞬く間にゲートに集まり、雷でできたネットになった。そのネットに絡み取られて、大魔王に続いて出てこようとした魔王たちは地獄に押しとどめられる。
そのまま少しずつゲートは小さくなっていった。
「こ、これも伝説の勇者の力なんですか? 」
少し怯えているメイに、シンイチは優しく笑いかけた。
「いや。俺の力じゃないよ。コネを使っただけ。地球や他の世界を管理している絶対神たちと一応知り合いだから、電話して状況を説明し、ゲートを閉じさせた。これでもう大丈夫だよ」
「か、神様に電話? 」
シンイチはさらっというが、その話のシュールさにメイは何とも言えない顔になった。
もはやシンイチの影響力は世界を飛び越えて、天界にまで広がっているのである。
「でも、今からあいつらを楽しませるようなショーをしないといけないんだよな。アレと戦わなきゃいけないのか……」
シンイチはうんざりしたように、ここからでも良く見える大魔王サタンの巨大な体を見る。
神々は決して邪悪な存在ではないが、無償で願い事を聞いてくれるほど甘くもない。
彼らを動かすにはエンターテイメントを提供する必要があるのだった。
「キャハハハ。メタトロンの時よりさらにパワーアップした、私たちの力を神々に見せつけてやろうよ」
「ああ、だんだんムカついてきたな。高みの見物をしているあいつらに、後始末をさせてやろう」
シンイチとシルフが顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「それじゃいくよ! 寄生魔法『パラサイト』 シンイチに寄生! 」
シンイチの体を柔らかな光が包み込み、ミスリたちはあまりのまぶしさに思わず目を閉じる。
光が収まると、そこには風を纏い、真っ白な髪に変わったシンイチが立っていた。
「えっへん! 私こそは究極勇者シルフチだよ~……って、なんだこの名前? 」
「二人の名前を合わせたの」
「名前まで合体させないでいいから。基本は俺なんだから、シンイチでお願いします」
同じ口から二種類の声が発せられる。二人は見事に一体化していた。
「あ、あの。お兄ちゃん、大丈夫? 」
シンイチなのにどこか違う雰囲気を纏っていて、ミスリは不安そうに話しかける。
「大丈夫だよ~私たちが合体すれば無敵! どんな敵でも倒せるし、なんだってできるよ~。タマゴを産む事だってね! 」
「だからそれはもういいって。ほら、いくぞ! 」
右手に小槌を持ち、左手に道具袋を巻きつける。
シンイチの体がふわりと浮き上がり、空を駆けていった。
信者たちをすべて食らい尽くした後、大魔王サタンはその動きを止めていた。
唯一毛が生えていない胸は、女性のように膨らんでいた。
その谷間が盛り上がり、巨大な顔が浮き上がる。
大魔王サタンの理性―瑠士フィルだった。
「くそ……情けない。これからどうすればいいんだ……」
フィルは涙を流す。自分の『本能』である大魔王サタンを召喚する所までは上手くいっていたのである。後は生贄を捧げて、本能が満足した所で『理性』である自分の体に本能の魔力を宿らせる予定だった。そうすれば、世界を思うがままに支配できる力を手に入れられたのである。
しかし、生贄の生徒がいなくなったことで本能が暴走してしまい、逆に自分が『本能』の体に取り込まれてしまった。
確かに強大な力を手に入れたが、この巨大な体では人間社会を支配する事などできはしない。
それどころか、美味い料理を食べる事も、女を抱く事も、風呂に入ることも、ベッドで寝る事すらできないのである。
「もういい。あとはすべてを破壊しつくしてやる」
この獣の体で世界に関わろうとしたら、破壊活動しかなかった。
危険な考えに身を染める大魔王サタンの前に、小さなハエのようなものが飛んでくる。
それは、白い光を纏った人間だった。
「お前は何者だ? この大魔王サタン様の前に出てくるとはな。最初の生贄になりたいのか?」
絶望と憎しみのこもった視線でシンイチを睨み付けてくる。
「大魔王かぁ。久しぶりに聞いたなぁ。最近じゃノームさんですら魔王を名乗らなくなってきているからなぁ。俺もうだいぶ年とっているんだけど……そっちが魔王なら、やっぱ俺も名乗らないとだめかな? 」
目の前にいる男は巨大な大魔王を見ても、恐れ入った様子はなく、堂々としている。
「なにごちゃごちゃいっているんだ」
「いや……わかったよ。俺は異世界『オールフェイル』で勇者と呼ばれている男さ。人呼んで『反逆の勇者』シンイチ・スガイ・ヒノモトだ! 」
片手を振りかざして、堂々と名乗りポーズを決める、ちょっとお茶目な26歳であった。
「ふん。生意気な。人間の分際で俺が殺せるものなら、殺してみろ! 」
大魔王サタンの山羊の目が赤く染まる。
「『地獄砲』」
極太の真っ赤なビームがシンイチに直撃した。
「ギャハハハハ! あっけない。何が『勇者』だ……あれ? 」
フィルは意外そうな顔になる。
骨も残らず消滅するはずだったのだが、シンイチは平然と立っていた。
「キャハハ。その程度じゃ私たちに傷一つつけられないよ~」
シンイチはシルフの声で挑発する。
大魔王の巨大な体の回りを飛び回る様子は、まるでうるさいハエのようだった。
ただし、無敵のチート能力を持った世界最強のハエである。
「くそ! 何をやったんだ! 」
「『道具袋』と『打出の小槌』の力を体の表面に纏わせて、すべての攻撃を『外の世界』に取り出しているの。これで防御は完璧。そしてこれを攻撃に応用すれば……」
シンイチは突撃体制に入る。
「いくよ! 『スーパースペシャルスパイラルトルネードイレイサーアタック』って長いよ! 」
セルフツッコミをしながら、大魔王に体当たりする。
シンイチの体に触れた部分が『外の世界』に転移され、大きな穴が開いていった。
「ぎゃぁぁぁぁぁ! 」
大魔王サタンは、あまりの激痛に絶叫する。
「まだまだ。『イレイサーアタック』」
次は首筋に飛び込む。大きな穴が開き、巨大な頭を支えられなくなってがくんと垂れた。
「な、なんだこいつは! くそっ! 」
めちゃくちゃに手を振り回すが、あまりに早すぎて捕まえられない。
まるでスズメバチを素手で捕まえようとするようなものだった。
そこから先は、もはや戦闘ではなく解体である。
大魔王サタンの魔力の源である角も、すべてを破壊できるはずの腕も、ひと蹴りで山をも飛び越せる足も、シンイチによって折られ、えぐられ、ちぎられていった。
あっという間に大魔王サタンはバラバラの肉片になってしまう。
最後に残ったフィルの顔の前にシンイチは立った。
「今から止めをさすけど、何か言い残す事は? 」
「何もないよ。……さっさとやってくれ。俺を倒してくれて、ありがとう」
フィルの顔には、意外にもシンイチへの感謝が浮かんでいた。
これから先、永遠に化け物として地上を闊歩する孤独な人生を歩むより、ここで死んでまた人間として生まれ変わるほうがマシなのである。
シンイチはそれを聞いて、容赦なくフィルの顔に突撃する。その額に穴が開いた瞬間、フィルの魂は呪わしい体から解放されていった。
「さて。これじゃ最後に。『大魔王サタンの体を、この世界から取り出せ』」
完全に死んで魔力がなくなった肉体の破片に手を付けて、シンイチはそう念じる。
大魔王サタンは欠片一つ残す事なく、この世界から消えるのだった。




