地獄門
女子寮
中の女子グールを無力化して回ったものの、助かった生徒はわずかだった。
皆一階の食堂に集まって、恐怖に震えている。
「わたしたち、これからどうなるんだろう……」
一人の少女が携帯をしまい、ぽつんとつぶやく。
電話・携帯・ネットなど、あらゆる通信環境が阻害されて、外部に助けを求める事ができなかった。
「こわい……。映画とかでこんな状況は何回もみたけど、実際に体験すると本当に怖い」
別の女子生徒が外をみてつぶやく。
既に男子寮は全滅したらしく、外にはグールと化した男子生徒でいっぱいだった。
彼らは映画のゾンビと違って姿形はそのままだが、白目をむいて涎をたらしながらうろつきまわっている様子は充分ホラーだった。
「大丈夫だよ。きっとお兄ちゃんが助けにきてくれるよ」
ミスリが必死に慰めるも、彼女たちの表情は暗い。
「わ、私もがんばるから」
「メイちゃんは無理しないで! 能力の使いすぎて目が真っ赤だよ。ちょっと休んだほうが良いよ! 」
ミスリはメイに目薬をさしながら心配する。
確かに『メドゥーサの瞳』の使いすぎで、メイの目は充血していた。
「でも、彼らをとめられるのは私だけだし……」
映画のゾンビと違って、生徒達は生きており、何者かに操られているだけである。下手に武器や魔法で傷つけるわけにも行かない。無傷で無力化できる能力をもっているのはメイだけなのであった。
その時、女子寮の包囲の一部が解かれ、何十人かの人影が正面に立つ。
奇妙な事に、彼らはグールに襲われていなかった。
彼らは互いに手を取り合い、女子寮を囲む。
「な、なんなのあいつら? 」
彼らをみて怯える女子生徒たちだったが、その中心の車椅子の少年をみてメイが叫び声を上げる。
「瑠士先輩? 」
前の学校でほのかに恋心を抱いていた、先輩の姿があった。
「残った者に告げる。おとなしく出てグールになれ! さもないと、大魔王復活の生贄にするぞ! 」
砂鍛の呼びかけに怯えるメイたち。
「ど、どうしよう。先輩がなんでここにいるの? 出て行ったほうがいいのかな……」
「メイちゃん落ち着いて。彼と何があったかは知らないけど、たぶんあいつが敵のボスだよ。絶対に言う事を聞いちゃダメ」
「でも……」
ミスリは励ましてくれるが、メイの動揺し収まらない。
憧れていた先輩がいきなり敵に回ってしまい、どうしたらいいか分からなかった。
「とりあえず、守りを固めようよ! 」
ミスリの指揮により、残っていた女子生徒が手を取り合って円陣を組む。
「小規模結界魔法『小金字塔』」
授業で習った結界を張る。
リビングを囲む程度の大きさだが、何とか防御を固めることができた。
「これでなんとか……お兄ちゃん、助けに来て! 」
ミスリは気丈に振舞いながらも、遠い異世界にいる義兄に心の中で助けを求めるのだった。
少し前。
「どうだ? うまく行っているか? 悪魔サルガタナスよ」
車椅子に座っている『魔王』―瑠士フィルが難しい顔をして女子寮を睨み付けている少女に聞く。
「男子生徒は殆どが『魔鬼』になったようですが、女子生徒は何人かが残っているようです。それに、女子で変化した者達は、全員封印されたみたいです」
千里眼の能力を持つ悪魔の分身である彼女は、女子寮を透視していた。
男子生徒は変化して外に出て歩き回っているのに、女子生徒は硬直化して女子寮の中に倒れている。このままでは必要な魔力を集める事ができなかった。
「封印だって? 」
「はい。魔王様のお体を封印した、あの忌々しい佐藤メイの仕業です」
サルガタナスという女子の顔には怒りがあった。
意図した事ではないとはいえ、『メドゥーサの瞳』で魔王の体を硬直化して封じ込めたのはメイのせいである。
捕まえて封印を解かせようとしたのだが、直後にヒノモト学園に逃げ込まれて手が出せなくなった。
魔王が封じられたため新しい同志を増やすこともできず、『魔教会』はどんどん追い込まれることになったのである。
大勢いる男子グールたちを下がらせ、女子寮を囲んで投降を呼びかける。
しかし、中からはなんの反応もなかった。
「……どうやら、一階のリビングで結界を張っているようです」
サルガタナスの透視により、ミスリたちの様子は筒抜けだった。
「ふん……あくまで反抗するつもりか。グールどもよ。突入せよ! 」
魔王の号令により、男子グールたちは窓ガラスを破って女子寮に入っていった。
数分後
男子グールたちが、うつろな表情をして固まっている女子グールを運び出している。
彼らはそれを黙々と校庭に並べていた。
「お前達、いつまでもその中にいたら、窒息して死んでしまうぞ。観念して出てくるがいい」
リビングでは小さなピラミッド型結界の中で、数人の少女が身を寄せ合って震えている。
結界の外で、魔王―瑠士フィルは舌なめずりしながら少女達を脅していた。
「先輩……なんでこんなことを……」
メイは涙目になってフィルを見ている。あの優しい先輩が襲ってくるなんて、まだ信じられなかった。
「ふん。今の俺は魔王ルシフィルだ。……お前のせいだよ。お前の覚醒に失敗したせいで、体が動かなくなってしまった。あれからずっと車椅子のままだ。元の体を取り戻すためには、俺の本能を『召喚』して、力を取り戻すしかないんだ」
忌々しそうにメイを見つめる。
「……なら、もし硬直化を解いたら、みんなを元に戻してくれますか? 」
メイは真剣な目をして訴える。
「いいぜ。それなら、まずはそこから出て来い」
そういってメイを誘う。
「駄目だよ! この結界から出たら、何されるかわかんないよ! 」
「メイちゃん。こんな奴のいうことなんか信じないで! 」
メイや女子生徒が必死に説得するも。メイは乾いた笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。きっと先輩は約束をまもってくれるよ」
メイはギュッと握りしめていたミスリの手を解き、結界から出る。
そしてフィルの体に手を触れた。
(えっと……体の表面に集まった血流を、逆に良く流れるようにコントロールして……)
硬直化とは逆の方向に魔力を流し、丁寧に体のこわばりをほぐす。
しばらくそれを続けると、フィルの体のこわばりが取れていった。
「やったぞ! 元に戻った! 」
フィルは車椅子からたちあがる。硬直化による体の封印は完全に解けていた。
「……約束ですよ。皆を元に戻してください」
メイが訴えると、フィルはニャッと笑った。
「ああ、良いぜ。その前に……『召喚』の儀式に入れ」
その言葉を受けて、周囲の信者たちが校庭に散らばっていく。
彼らは両手を上に挙げ、低い声で呪文を唱え始めた。
「我らに魔力を捧げよ……」
信者達の声に操られ、男子生徒のグールがいっせいに動き出す。
両手両足を振り回してうごめく姿は、まるで奇怪なダンスを踊っているかのようだった。
「何しているの! 早く皆を戻して! 」
「まあ、焦るなって。約策は守るさ」
フィルのニヤニヤ笑いが濃くなっていく。
やがて、グールたちの体から黒い霧が巻き起こり、上空に渦を巻き始めた。
「あれは? 」
「集めた魔力を『闇』属性に変換して放出しているのさ。放出が終われば元の姿に戻る。くくく……もっとも、その後は知らないがな」
その言葉通り、踊っていた男子グールと硬直化していた女子グールの姿が、次第にもとの人間に戻っていった。
「うっ……気持悪い」
メイは吐き気を感じてうずくまる。
上空の渦巻きから黒い風が吹いてきて、腐った匂いが立ち込めていった。
「ギャハハ……この匂い……近いぞ! あと少しでゲートがつながる」
フィルはその匂いをかいで興奮している。
黒い風は女子寮内にも進入し、ミスリが張った結界を脅かしていた。
「うっ……もうだめ……」
「これ以上、もたない……」
ミスリ以外の女子生徒たちが力を使い果たし、次々と倒れていく。
「そ、そんな……結界が……」
渾身の力を振り絞って作り出した結界が、もろくも崩れ去っていった。
「ふふふ……縛り上げろ! 」
悪魔サルガタナスの命令により、『魔教会』の信者がミスリたちを縛り上げていく。
彼女達は校庭に引っ立てられていった。
「ミスリちゃん! 」
縛り上げられたミスリをみて、メイが叫び声をあげる。
他の女子生徒たちはぐったりしていて、ミスリだけが辛うじて立っている状態だった。
「話が違うじゃない! 」
「違わないさ。ふふふ、生徒達の姿を元に戻す事は約束したが、逃がしてやるといった覚えはない。
お前達にはまだ大切な役目があるからな」
フィルはまさに悪魔というにふさわしい笑みを浮かべていた。
「卑怯者!」
「何とでもいえ。おい、こいつも生贄にするぞ」
合図すると、信者が近寄りメイを縛り上げる。
「い、生贄? 」
「ああ、そうだ。若くて元気な人間たちの血肉こそ、生贄にふさわしい。よし、獄落魔法『地獄門』発動!」
フィルが両手を振り上げて魔法を発動すると、上空の魔力の渦巻きは激しさを増し、その中央の空間に黒い穴が開いた。




