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一旗揚げましょう?  作者: 早雪
7/38

7,

7、8、9と誤字脱字を修正しました。ないように変更はあまり無いです。

ロアは呆けたように口を開けた。

黒の瞳には高貴な壇上の四人を映していたが、その目は意外なことを聞いたように、見開かれていた。


「ナニ言ってんだ、コイツら」


一瞬、心の声が漏れたのかと、ロアは慌てたように手で口を塞いだ。


「そう言いたそうな顔だな。ロア・ノーウェン」


カイン魔法騎士団長がじっとロアを見ていた。


(あ、私が心の声を漏らした訳じゃないんだ。良かったー)


少しだけ落ち着いて、そっと息を吐いた。その様子も四人はつぶさに見ていた。


「私ではないですよ。黒髪黒目なんて珍しくもないでしょう。朝から自分の店にいて、終わればそのまま真夜中まで酒場勤務です。その後は帰宅して寝るだけの生活のどこに、反乱組織の会合に参加する余裕があるとお思いですか」


ロアは真っ直ぐ、壇上を睨むように見た。変な言いがかりをこれ以上つけられてはたまらない。確実に自分ではないと言える。

そのはずなのに。

一抹の不安があるのはおそらく、四人の視線がぶれないからだろう。


「確かに珍しくはないが、茶髪ならともかく黒髪がよくいるわけでもない。それに、会合があったのはどれも夜半過ぎてからだ。酒場が終わってからでも十分参加できる。あちこちの会合に忍び込ませた部下の報告によると、同一人物と思われる女は時折、遅れてやってくることもあったらしい」


カインがロアにも参加可能だと言った。そこに追い討ちをかけるように、クリス宰相が微笑む。


「ここ数週間、あなたに付けた隠密によると、件の女性魔法師が参加した会合のある日、ふと気付くと、あなたの姿を見失っているようです。それも六度も。偶然の可能性はなく、あなたが意図的に撒いたのでしょう。訓練受けたその道のプロを」


「えっ?」


初耳だ。というか、知るわけがない。ただの街娘にそんなの隠密がいるなどわかるわけがなかった。当然、意図的に撒くなんて芸当も出来るわけがない。本当にナニを言っているのか。


(というか、勝手に年頃の娘に隠密つけて監視とかストーカー⁉ 確実な理由もなく人違いだったらただの変態だよね⁉ 私生活覗き見されただけになるよね⁉)


ロアの表情が盛大に引き吊った。

だが、壇上の四人にロアをからかう気配はない。それどころか本気でそう思っているようだ。何しろ、監視の達人が気を付けているにも関わらず、六度も見失っているのだから。

偶然では片付けられない。


「家に帰ったのかと先回りしても、あなたはまだ戻っていなかったそうですよ。疲れて毎日泥のように眠り、記憶がないロア・ノーウェン。ーーあなたは一体どこで何をしていたのですか?」


そんなの私が知りたい。ロアはバクバク鳴る心臓をぎゅっと震える右手で服の上から押さえた。


「あなたたち、入ってきなさい」


誰に向けられたのかわからない宰相の言葉。

ロアの背後で扉が開閉された。音に反応して振り返ると、ロアを迎えに来た魔法騎士四人に、この部屋の警備として槍を持って立っていた衛兵二人が横一列に並んでいた。その視線も全てロアに向けられている。


「どうですか? あなた方が潜入していた組織に現れて、一人で魔法を使って去っていった人物と似ていますか? 特に偶然にもフードが外れて顔を見たリックはいかがですか?」


ロアは戸惑った。衛兵の一人が食い入るようにロアを見て、進言する。


「宰相様、彼女に髪をほどいてもらってもいいですか?」


宰相が頷き、ロアを見つめた。縛ってある髪をほどけと促す。全員の視線の圧力に負けて、ロアは八角形の黒い石飾りの付いた藍色のリボンで、編み込みながら一つのお団子に結わえていた髪をほどく。

暫く、リボンをほどく音のみが空間に響いた。


編み込んでいたせいか、曲の付いた黒髪がはらりと重力に従い、胸の下まで毛先が下ろされた。

飾りの付いたリボンを左手に握り混んで、ロアは顔を上げて、唇を引き結ぶ。

衛兵が少し歩いて、ロアの右後方に陣取るとまじまじと見つめてきた。視線が気になり、ちらりとロアが横目に見ると、若い男がはっと息を飲んだ。


「非常によく似ております。体格も顔立ちも当時、見た彼女と瓜二つです。それにその左手、あの時は何の布を持っているのかと思いましたが、髪飾りを持っていたのですね。一瞬、あの夜に戻ったかと思いました」


衛兵リックの言葉に、ロアは青ざめた。そんな言い方をされては、その女魔法師がロアと言っているようなものだ。

そして彼の発言に他の者たちも口々に似ていると首肯する。


「夜ですから見間違いということもあります。私に近い体格などたくさんいますし、断定するのはどうかと思います」


「そうですね。あなたの言葉は尤もです。ですが、件の魔法師が壊滅させた会合場所から移動し、彼らが出来る限り後を追った結果、あなたの家のある区画で姿を見失っているようです。そして先に戻っていた隠密はその見失った後に、あなたの帰宅を確認しています」


ロアはぐっと言葉に詰まった。


「あの、この靴はその魔法師が乱闘の際に脱げて、いざこざに巻き込まれて遠くへ飛んだ物です。探していましたが、騒ぎに駆けつけた軍警察がやってきたので、諦めて帰っていった落とし物です。見覚えありませんか?」


リックとは別の衛兵が近づき、差し出されたのは白い華奢な女物の靴。それを見て、ロアは驚いた。どうしてここに…。

半月前に下ろしたばかりの靴。靴のサイズが少し大きくて脱げやすかった。寝ぼけてどこかにしまったか、脱げたことに気づかずに疲れたまま帰って来たのだろうと思っていた。

ひどく、眩暈がした。

喉が渇く。


「私のではー…」

「新しい靴を無くしたと近所の方に、こぼしていましたね。靴を安く売っていただいたお店のご主人にも、申し訳ないと」


ロアは唾を嚥下した。

クリス宰相が楽しそうだった。言い逃れできないようにじわじわと追い詰めて、混乱している様子を眺めている。

王太子たちはそのやり取りを黙って聞いている。


ロアは痛む頭を無視して、静かにクリスを見やった。

彼らには全部ロアの一挙一動が筒抜けなのだ。それがロアに身に覚えの無い時間帯のことでも。


「私に身に覚えはありません。宰相様たちがよくここ最近の私の言動を把握しているということは理解しました。ストーカーみたいで不愉快で気持ち悪いですが、疑わしいからわざわざどこにでもいる街娘に必死に魔法師の影を追い求めているのも理解しました」


無礼でもロアは冷然と真っ直ぐ、宰相を見た。彼は微笑を引っ込めて、真剣な表情になる。


「……そうですか。たまたま明け方戻ってきたあなたを見かけた近所のサラムおじさんが、朝帰りなんていい男が出来たのか、とからかったことも知らないのですね。その時あなたは笑って、疲れたから店で寝こけていたと答えて別れたようですが。本当は時間きっかりに退勤していたにもかかわらず。その数時間後、朝出勤するあなたにサラムが店で寝てくるくらい疲れているのなら、半日だけでも休んだらどうだと声をかけると、『いつも通りだよ。酒場から帰ってすぐに寝たから大丈夫。心配ないよ。いってきます』そう声をかけましたね。多少噛み合わない会話でもサラムは気にしてないようでしたが」


全員がロアの様子を窺っていた。その本人は愕然とした顔で、あり得ないことを聞いたように小刻みに震えている。

今にも倒れそうな青白い顔で、眉間にきつく皺を寄せて、困惑を追い出すように息を吐いた。


「でも、私ではありません。その魔法師は大分力の強い方のようですね。宰相様が必死に探すくらいに、捕まえるのに魔法騎士団長をわざわざ向かわせて、もしもの際の対応を考えるくらいに」


宰相たちの意図を理解したロアに、大将軍と魔法騎士団長が驚愕した。王太子は感心したように頷いている。

宰相が何一つ見逃さないよう、問いかけた。


「何故、自分ではないと断言出来るのです? 」


ロアはこれまで正直に事実を話したように、真摯に返答した。


「私は話にあった人のような魔法を使えません」


少女は真剣で、宰相は彼女が嘘を言っていないと感じた。初めに会ったときから、これまで偽りを述べていないこともわかっている。

あまりにもばか正直過ぎて、失礼な本音が駄々もれではあったが、幼い頃から周りにたくさんの嘘があった環境で育った彼らには、わかった。


「……確かに、五歳で受ける国の魔力調査の記録では極微量の魔力はあるものの、辛うじて指先に火を灯す、水滴を作れる、微風が感じる、僅かに土が凹むか盛り上がるといったものですね。それでも四属性も持っていることは貴重ですが」


「確かその女魔法師は大規模の火の魔法も、それを消す水の魔法も使えたようだな。むしろ力が余っていてうまく加減が出来ないようだったと」


ルース王太子の言葉に宰相が頷いた。


「ええ。他にも回りをなぎ倒すほどの風や土の壁や土の檻を作り、希少な光魔法、闇魔法、雷魔法、氷魔法も使用が確認されています」


「それじゃやっぱり、私ではありません。私にはそんな力無いですから。それにはっきり私が使っていたという証拠は無いんですよね」


ロアの言葉に、宰相は少し考えた。彼女の言うこともその通りだが、あらゆる状況証拠が如実に示している。

それに、あいつの言葉もある。

ただ、ロアも全く身に覚えの無い状況に不安そうな顔をしていることもわかった。


「よく覚えていないだけなのではありませんか? あなたが片方のその靴をどこかに忘れたように、城に来る前に、昨晩の内に母親に薬を渡していたことも、知らなかったように」


自覚を促すように、自分の記憶を疑わせるように言葉を向けると、衝撃を受けたように瞳が揺らいで、心許なさそうな表情で俯いた。


まるで知らない自分がいるように、彼女が酷く混乱しているのも、困っているのも、恐怖にも似た不安に駈られていることもわかっている。


自分たちの都合に巻き込もうとしているのも、酷く身勝手に強引に話を進めているのも、利用しようとしているのもーーわかっている。


それでも、どうしても必要なのだ。


ルースもそれをわかっている。申し訳なさそうに、空色の瞳が憂いを帯びて、気遣うようにロアを見ていた。


クリス自身、まだ何も気づいていない、知らない彼女を自分たちの駒に引き入れることに罪悪感も躊躇いもあった。

忸怩たる思いも強くある。


けれど、ロアを調べて観察して、会ってやり取りして思った。

さすがに一時、彼を師としていただけあって、愚かではない。

愚直で正直すぎるが、隠そうとすることも可能なようだ。

是非ともこちら側に引き入れたい。

それも偽ざるクリスの本音だった。






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