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「これ以上皆様の貴重なお時間を頂くのは心苦しいので、退室してもよろしいでしょうか?」
壇上のクリス宰相は、申し訳なさそうに俯いているものの、早く帰りたいと透けて見えるロアに呆れた目を向けた。
確かにロアの指摘通り、話が脱線していた。
「そうですね。本題に入りましょうか。その前にロア・ノーウェン、あなたは随分と図太く逞しい精神をお持ちですね。すっかりこの場にも慣れて、まるで先程まで怯えていたのが嘘のようですね?」
この面々の前で、話も終わってないのに帰りたいとよく言えますね。不敬にもほどがありますよ。先程まで萎縮していたのは演技ですか?
意訳するならそんなところだろうか。
ロアは神妙な顔で首肯した。
「親しい人にはよく言われます。ついでに度胸と無謀は違うのよとも」
真面目に返されたクリスとそれを見守っていた三人が目を点にした。
「ふっ、ははっ。本当にそうですね!」
クリスが耐えきれず、笑いだす。初めて気だるげな無感情の仮面が崩れた。その横でルース王太子が苦笑する。
「笑っている場合か。無礼な小娘に舐められているというのに」
ケネディ大将軍が苦い顔で、クリスを睨む。今すぐにでも牢屋に入れろと言いそうな雰囲気だ。
「だがケネディ、彼女の批判は間違ってない。いくら国を守るためとはいえ、足下を見ていなかった結果、役人どもを御すこともできずに好き勝手され、民に苦痛を与えた。むしろ官役人たちが舐めているーーすまなかったな」
王太子からの助け船と謝罪に、ロアは目を丸くした。おずおずと目線を上げて、初めてしっかりと正面から澄んだ空のような瞳と合わせた。
堅苦しく厳しい表情が柔らぎ、優しい慈愛が見てとれた。
垣間見えた本当の感情に、ロアは尊敬できるかもと内心で、ふむ、と頷いた。
「殿下、次期国王が謝ってはなりません! それに……」
「大将軍、殿下のすることに民の前で意見するのはどうかと。先程あなたが仰ったように、役人や民から舐められる一因となるのでは?」
色気漂う宰相の微笑に、大将軍が言葉に詰まった。ロアは狼狽えたような困惑顔を浮かべながら、壇上の四人を注視していた。
「ついでにロア、一つ聞きたい。今まで語った内容は真実なのだろう。だがな、こちらにまで報告が上がってないのも確かだ。どういうことだと思う?」
試すように面白がる王太子。宰相も興味津々なようで浮かべた微笑を絶やさずに、見下ろしている。どちらも目は笑っていないが。
(笑顔がこわっ‼ 無表情能面の次は笑ってない笑顔って、随分と器用だけど不気味‼)
ロアは表情が引き吊らないように苦労した。
質問に知らないと返すのは簡単だ。というより、どうせ調べるのだから放置していても問題はない。そして知らないと答えれば、満足して試すのも終わるだろう。
「ーー知らなくても構いません。その場合はあなたの考えを聞かせていただきますので」
すました顔で宰相が逃げ道を潰した。
ここで知らない、検討もつかないと答えても逃がしてはくれなさそうだ。
「…酔った役人方の愚痴では、上へ上げた報告書は全てどこかで潰されているそうです。書簡もツテも無かったことにされているというようなことを言っていました。他にも貴族や上層部と関わりのある大商人や裕福な家からは、普段の税収の時に多めに徴収して、臨時の徴収は行っていないので知られにくいらしいです」
「そんなところに知恵を回さなくていいのに」
宰相が疲れたように小さく息を吐いた。
「なるほどな。……あいつからの報告にもないわけだ」
後半の王太子の呟きが聞こえず、ロアは首を傾げた。
「この件は早急に対応しよう。さて本題だが、今までの話にあった役人の横暴な態度やその腐った貴族や上層部に民衆の不満がたまった結果、あちこちで不満の溜まり場ができて、それが多数の反乱組織になっている」
「実際にそういう集会のビラがこんなに出回っているんですよ」
宰相が持っていた書類を十数枚、ロアに向けた。あまりの多さにロアが唖然とする。
「時には組織同士で集まったりしているようですが、最近は一つにまとまりつつあります。いえ、一つの組織がうまく操作して取り込み、きっちりと統制しています。それが反乱組織レイヴンというのですか、聞いたことは…無さそうですね」
ぽかんと間抜け面を晒すロアに、クリス宰相が頷いて話を進める。
「それとは別にここ三ヶ月、あちこちの組織の集まりに顔を出しては、暴れて潰しているというか、喧嘩しているというか、少し周囲を巻き込むほど強い魔法を使用している人がいるみたいなのです」
ロアは話が読めずに、眉間に皺を寄せた。てっきり、反乱組織の誰かといつの間にか接触した自分に用があると思っていた。それが反乱組織と敵対している人物の話が出てくるとは…。
「その人物は胸元までの黒髪に黒目の若い女で、魔法の扱いに長けていて、一人でいくつかの組織を潰しました。会合に参加した始めはおとなしく話を聞いているのですが、一方的な王家や貴族への不満、それも理不尽で正当性の無い我が儘のような訴えや、貧しいのは働かない、クビになったのは自分のせいではなく国が悪いと、だから悪事を働いたり、取り立てとして人身売買、むしゃくしゃしたから強姦、といったことをした反乱というかただの犯罪組織を批判して罵って、怒った組織が彼女を取り囲むも、誰も敵わずにやられて終わっているそうですーー心当たりはありませんか、ロア・ノーウェン?」
壇上の四人の視線が漆黒の髪に、母親譲りの黒曜石のような瞳を持つ、一人の少女に向けられていた。




