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「随分と詳しいんだな」
カイン魔法騎士団長が緑の目でロアをじっと見下ろす。訝る様子にロアは、何も疚しいことは無いとばかりに表情を変えることなく、淡然としていた。
「先程も申し上げた通り、街の人たちの意見をお話ししただけです。聞き齧った噂に過ぎません」
「どこでそんな話を聞いたんだ? 役人の賄賂やら、不正行為の話を」
疑われている、と感じた。それでもロアは正直に事実を口にするしかない。
「街の酒場です。そこに飲みに来ていた役所の方々が愚痴っていました。不正を暴こうとした方は田舎の実家に強制送還され、行方不明になった方もいるそうです。脅されて従うしかない、と嘆いておりました。他にも旅人や商人が集まるので、あちこちの噂話や土地の様子が聞こえてきます」
壇上の四人の表情が、苦いものへと変化した。クリス宰相が嘆息しつつ、頭がいたいとばかりに緩く首を振った。
「それでよく聞いた方々は暴動を起こそうとしませんでしたね。殴り込みに行こうとはならなかったのですか?」
「なりました。でも、そんなことをしても家族まで類が及び、確実な証拠も無しに乗り込んでも反逆ととらえられれば、徒労に終わると言ったら少し冷静になってくれました」
「貴方がそう言ったのですか? それだけで本当にお酒が入った彼らがおとなしく引き下がったと? そもそも何故その酒場に居たのです?」
ロアはこのやり取りも少し疲れたように、小さく息を吐き出し、早く帰りたいと思いは強くなる。
自分のことを調べていた割りに察しが悪い。そして、民の現状を彼らこそどこまで理解しているのか。
(何だかがっかりだなぁ)
「私が酒場にいたのは、そこで働いているからです」
案の定、それは知っているというようにケネディ大将軍が首肯した。
「夜も深い時間帯の賑わう酒場は確かに情報交換の場としては都合がいいな。そこで情報を仕入れ、民衆を操り、どうすれば反乱組織が正義と受け入れられるか考え、行動するとは」
「えっ?」
ロアの背筋を冷や汗が伝った。恐ろしい勘違いをされている。何故そういう方向に話が転がったのか。
(頭が痛い・・・。いつの間にか、反乱組織と関わりがあることになってる。結局この人たちも自分の都合のいいように解釈して、私を反逆者として捕らえて見せしめにでもしたいのかな?)
はぁ、と思わず盛大にため息が出た。ケネディが眉をひそめ、眼光鋭く睨んできた。それをロアはまずいと思いつつ、残念なものを見るように壇上を見てしまう。
(もう疲れたから帰りたい。帰っていいかな? あーでも、このまま帰ったらお母さんにまで迷惑かかる。てか、城を出る前に捕まるよね)
それだけは何としても避けたい。とりあえず帰ったら、このままいけばこの国は何れ潰れそうな気がするから引越しの準備しようと、決意する。
(どこに行こうかな。気候が穏やかでお母さんの体にいいところだと、自然豊かな田舎街かな。でもそこじゃ、お菓子作って売れないし、そもそも菓子屋もないから働くの大変そう)
「・・・おい、聞いているのか? 何とか答えたらどうなんだ?」
大将軍の低い不機嫌な声に、ロアは考え事から意識を戻す。ぼんやりと老いた将軍に視線を合わせると、不敵に嗤われた。
自分が優位と知っている自信家の嗤い。ムッとするよりも、小娘相手にバカじゃないのと呆れた。
(黙っていれば渋めの歴戦の猛者で通じるのに、今は頭の残念な脳筋貴族のじーさんにしか見えないのは何でだろう)
失礼なことを思いつつ、心で思うのは自由だからいいかなと納得させる。
「あのですね、民は学はないですけれど愚かではありません。気のいい人たちですけど、強かさもそれなりに持っています。増税増税、毎月臨時の税徴収があるのに、砦の強化、軍の増強がされていないことは旅人や関門を越える商人に聞けばすぐにわかります。それどころか、高位の役人たちが高級娼館を貸しきったり、私宅に呼んで宴の贅沢三昧でどんどん肥え太ってるのなんか誰が見てもわかりますよ」
高位の役人よりもさらに国の上位たる、雲上人のような四人を真っ直ぐ見た。
少しだけ、膝下の役人たちも管理しきれず、舐められてることにも気づかず好き勝手されて、何してるんだかと思わなくもない。
というか、何も気づいてないことに幻滅した。国の舵取りで忙しいのはわかるが、足元がお留守過ぎる。
「私が昼は自分の店、夜は酒場で働いているのは、増税や臨時の税収のせいで、そうしなければ暮らせないからです。私だけじゃないです。二つ、三つ掛け持ちなんて珍しくありません。それだけ暮らしにくいんです。身売りをする子供たちが出てくるくらいに」
そんな自分の国の現状も知らないのだろうか。目を見張る大将軍や魔法騎士団長に、脳筋の称号を送ると共に、沈痛な面持ちになる為政者二人にまだ労る心がある分、脳筋よりは多少マシかと思う。
「先程、宰相様は私が言っただけで激昂する民の心が鎮まったことを不思議に思われていましたね」
「ええ、そうですね」
「簡単ですよ。殴り込みに行くのなら、その前に今までのたまったツケを全部清算してから行くように言っただけです。それができないのなら、役所に乗り込んで暴れて捕まって罪人として一家まるっと小競り合いの前線に送り出されて、死ぬだけですよ、って。ただでさえ、かつかつの生活で奥さんや子供が働いてきたお金で、お酒飲んでいることがばれたら、家からご飯抜きで叩き出されますから。挙げ句、犯罪者となったら目も当てられませんからね。ついでに奥さんたちにツケを取り立てにいきますよと言えば、皆さんおとなしく席についてお酒を飲み始めました」
淡々と語るロアに、この調子で冷ややかに理路整然と言葉で追い詰められ、酔いが醒めた酒場の男たちが悄然と席について、ちびちびお酒を飲む姿が、四人の脳裏に浮かんだ。哀愁まで漂っている。
仕切り直すように、クリス宰相が咳払いした。
「それでも収まらない者たちがいたらどうしたのですか? あなたでは止められないでしょう? それとも魔法に覚えがあって、屈強な男性たちを従わせられるのですか?」
「いいえ、私の魔力は小さいのでそんなことはできません。ただ酔っぱらいに水をかけても駄目なときは、酒場の主人に出てもらいます。大きくて腕っぷしも強く、ツケがあって逆らえないのと、酒場に出禁になるので大抵の人はおとなしくなります」
押し黙る四人を見て、ロアは再度口を開く。
「ところで、話が大分逸れているのですが、私に話がないのならもう帰らせて頂いてもいいですか?」
さっさと帰りたいから本題を早くと、催促した。王候貴族に対する不敬とも言えそうな態度だが、これまでのやり取りからロアは尊敬できるとも思えない四人に怯えていたのが馬鹿らしくなる。
それに、今から帰れば酒場の給仕に間に合うので、是非とも稼ぎたい。掛け持ちしていても、母の薬代と二人分の食事で切り詰めても生活は楽にならない。このまま続くなら、何れ父の形見の店を手放すことになるだろう。
こんなわけのわからないことに時間を取られるなんて腹立たしい。
ロアの随分と場に慣れて、敬いもなくなった様子に、城下のことも満足に把握できずに好き勝手されていることを無能と罵られた気がした王太子たちは悲しくなった。