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一旗揚げましょう?  作者: 早雪
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3、対面

目の前には精緻な意匠の重厚な扉。

その扉の両脇には槍を持った直立不動の兵士が二人。

名乗られなかったので、長めの銀髪を一つに括った美青年が誰なのかはわからないが、従者ではないだろう彼は、堂々とした態度で扉の前に立つ。


ここまで来る途中、書類を抱えた青少年が疲れた様子の案内人を見る度に、廊下の端によっては頭を下げていたことから、相当身分が高い人なのだろうとはロアも予想がつく。

ふいに振り返った青年が、今更ついてきているのか確認するようにロアを見た。相変わらず、綺麗だが何の感情も映さない紫の瞳だった。


「申し遅れました、わたしはクリス・アッカート。公爵家の者で、宰相の任を賜っております。この扉の向こうは簡易の謁見の間で、これからあなたには、病床の陛下と王妃様に代わって執政している王太子殿下に会っていただきます」


「……は?」


ロアは零れんばかりに漆黒の目を見開き、ぽかんと口を開けた。


(え、いやいやいやいや、ちょっと待って。ナニこの展開⁉ 意味わかんないんだけど‼ 王様夫妻が病気っていう噂は聞いていたけど、ナゼにいきなり国のトップと御対面⁉ どう考えてもおかしいでしょ⁉)


作法も言葉遣いも何も知らないというのに、いきなり王族面談はやめてほしい。心臓に悪すぎる。

そもそも、そんな重要な話を知っているわけでもないただの平民から、わざわざ忙しい国のトップが時間を作って話を聞くことが変だ。場違いで、異常だろう。


確かに国の反乱組織に関わる重要な案件だが、王都では大規模な暴動は起こっていない。悪名高い貴族を襲撃した事件も数件あるが、その貴族たちは悪事の証拠と共に軍の屯所前で転がっていただけだ。その後は牢屋に繋がれ、家は取り潰されている。


ロアはせいぜい、騎士や軍のそこそこ重役な人に、事情説明を求められる程度だと思っていた。そこへまさかの爆弾投下。


「では、参りましょうか。殿下と魔法騎士団長、大将軍たちがお待ちです」

「ちょっ、あの、私はどうすればいいんですか⁉」

「特に何も。聞かれたことに正直に答えていただければ結構です 」


話は終わりとばかりにクリス宰相が扉に向き直る。

止める間もなく軽やかにノックすると、内側から扉が開いた。ロアは青白い顔でクリスの後に続いて、彼が言うところの謁見の間に足を踏み入れた。


静まり返った空気が重々しかった。

ロアは俯きがちにそろそろと部屋を奥へと進み、クリスが止まった少し後ろで足を止めた。

尋常ではないほど、心臓が激しく鳴り、身体中から冷や汗が出ている。今の自分の状況が夢だったらいいのにと本気で思った。


現実逃避ぎみに、魂を飛ばしかけながらロアは、頭を下げるように深く俯いた。今日は厄日というか、呪われた日の気がする。

死んだような目で逃げたいと、切実に願っていると、その間にも王太子殿下と宰相の短いやり取りが終わり、少し高い壇上から強い視線を感じた。


クリスが端から壇上に向かう。せっかく彼を盾にして少しでも隠れたかったロアは残念でならない。


「顔をあげて、直答を許そう。ロア・ノーウェン。なぜここに呼ばれたかは理解しているか?」


朗々たる声が空気を震わせ、ロアのもとまで届いた。胃の中身が逆流しそうになるのを堪えて、ほんの少し顔をあげた。


正面には簡易と聞いたわりには、立派な椅子。そこに慣れているように気負いなく座る青年。二十二歳になった王太子殿下だ。蜂蜜色の髪が明かり取りの窓から差し込む光で、艶やかに光っていた。すっと通った鼻筋に凛々しい白皙はくせき。澄んだコバルトの瞳が真っ直ぐ射抜くようにロアに向けられていた。


噂に聞いたこともあり、時折絵姿も見かける。数年前までは豆粒のような遠目ではあるが、公務で見たこともあった。

有能と名高いルース・パラキア・ファウス王太子。


その右後方に宰相のクリスが控え、反対側に黒の騎士服を着た青髪に緑眼の青年。城までロアを連れてきた怜悧な美貌の持ち主だった。宰相から説明があったカイン・マクギーディ魔法騎士団長だろう。二年前、最年少で団長にのぼりつめた天才と名高い。


そんな大物だったとは気づかず、他の騎士たちがおとなしく指示に従っていたことに納得した。若くて、魔法も武芸も一流と名高い鬼の魔法騎士団長。この国で最強と耳にしたことがあった。


その三人から少し離れて立つのは、白い髪が目立つ険しい顔の男。彼がケネディ大将軍だろう。現在も国境の小競り合いから、数十年前に至っては戦争に発展する前に、どの戦いにも勝利をもたらした英雄。


壇上は四人だが、ロアの背後には、扉の両脇を固める兵士が二人。随分少ない人数だが、何があっても対応できる余裕の戦力だろう。ロアとしては、相手が大物揃いで生きた心地がしなかった。逃げられないどころか、下手したら簡単に存在が消されるだろう。

緊張に喉が渇き、唾を飲み込む。


「…恐れながら、申し上げます。私が本日こちらに呼ばれたのは、近頃、民を惑わし街を騒がす反乱分子と関わりがあるからと伺っております。ですが、私には全く身に覚えがございません。潔白を証明するためにも、私に答えられることでしたら正直に申し上げたいと思っております」


腹に力を込めて、声が震えないようにする。膝が笑いそうになるのを深呼吸をして落ち着けた。

そうしてロアは、挑むように壇上を見上げた。


(胃のためにもとっとと終わらせて、トンズラしよう)


一刻も早く日常に戻るために頑張ろうと、ロアは立てた小さな目標達成のために気合いをいれた。



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