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一旗揚げましょう?  作者: 早雪
29/38

29, 2 - ③

待っていた方がいらしたら、すみませんでした。

お待たせしました。夏バテから復活です。

今後も休む際は活動報告に載せますので、そちらをご確認下さい。


壇上の玉座に座りながら、ルースはダンスフロアを眺めていた。

会場を照らす繊細な作りのシャンデリア。その光の下で優雅に踊る華やかな衣装をまとった紳士淑女。それだけでも目に楽しいが、他では見られない光景がそこには広がっていた。


目を楽しませるのは、魔法師長がルースの為にと魔法を使い、色鮮やかな光で作られた花と蝶と小鳥が宙に浮いて動いている幻想的な光景。その中で、注目を浴びる一組の男女がいた。

この魔法を使用した魔法師長のクーデリカ・オルシュタインと農業大国ルシンの国王である。


二人は微笑み合いながら優雅に踊っている。

六十も近いというのに、ルシン国王の足取りはしっかりしていて、実に慣れている。━━ターンの際にさりげなく、腰の手でクーデリカの臀部を撫でるくらいに。


そしてクーデリカも負けてはいない。

にっこり微笑しつつ、腕に添えた手で、仮にも労る年齢の他国の王の腕に力を入れてつねった上に、爪を立てていた。それでルシン王が慌てて腰に手を戻す。


「うわぁ、こえー。あいつらもだけど、お前も相当怖いからな、陛下。その緩やかに停滞した殺気しまえよ」


後方からかかった専属の隠密の声に、ルースは一瞥をくれて、またフロアに視線を戻した。お互いに聞こえる声で、視線は合わせずに会話を続ける。


「指示は出し終わったのか?」

「ああ。各方面、問題も異常も無しだ。それで、ロア…クーデリカのことも聞いた。先に五人のバカの事情聴取を始めてる。案内したメイドも確保した。五人の親も会場からこっそり呼び出して拘束済みだ。親たちは知らない感じだったな」


ルースが小さく首肯した。ロアに教えられた令嬢たちがいる一角を見て、嘆息する。


「だろうな。首謀者たちには」

「既に手配済みだ。あの気位ばかりたっけぇ女どもは、呼び出しても穏便にいくわけねぇからな。ここで騒がれるのはまずいから、邸に帰った時に身柄を確保してそのまま牢へ直行だ。伯爵、子爵二家は親も知っていたみたいだから、もう捕まえた。ただ公爵と侯爵は」

「知らなかっただろうな。今も仕事中だろう」

「その通り。頃合いを見計らって伝えたら、頭抱えてた。場合によっては」


ルースは会場を見渡して楽しんでいる風を装いつつ、低い声で冷たく遮った。


「いい。社交シーズンも終わりだ。二人の娘たちは領地で最低でも一年は謹慎とする。あの公爵たちにはより一層、働いて貰おう」

「この大事な時に、重要人物にバカを仕掛けたにしては処分が甘くねぇか? あいつに何かあってここに来られなかったら、下手したら国家の危機だったんだぞ。伯爵と子爵令嬢の家は取り潰して平民にして、国家反逆の罪に問うのに」

「そうだな。心配しなくてもあの二人の令嬢は謹慎がとけてもこの城内への立ち入りは一切禁止だ。そんなバカを政治の中心部に近づけさせるわけにはいかない。それが上位の貴族というのが嘆かわしいが、父親を政務から離さなかったこちらにも少しは責任あるからな」

「……一切出禁って、城から締め出されたら王の不興をかったのまるわかりで、そんな女を妻にしようとする貴族なんていなくなるだろ」

「城と関わりのない地方にならいるかもしれない。もしくは神に仕えるか、或いは私などの不興をかっても気にしない猛者がいる可能性もある」

「いやいやいや。怖いから。俺も悪かったから、その冷たい殺気放つのやめて」


少しだけ髪色と顔を変えて近衛魔法騎士の衣装に身を包み、パッと見は魔法騎士にしか見えない青年。隠密が姿を堂々と晒せないと、特定が難しい平凡な姿に変装をしたジェナスが青ざめた顔で降参する。

きっとロアにも師匠にも怒られるだろう。離れるなら代わりの者を側につければ良かったのに、それを怠った。定時連絡の時間が迫っていた上に、ここ数日は何もなかったから大丈夫かと思った。クーデリカもいるから、何かあっても対処できるだろうと。

護衛を任されていたのに、失格だ。


「普通なら降格で罰則、謹慎だろうが、知っての通り人手不足だ。母に伝えてたるんだ意識を叩き直して貰いつつ、タダ働き一ヶ月なら安いものだろ」

「えっ!?」

「タダ働き一年にするか?」

「増えてる増えてる」

「仕方ない、三ヶ月で手を打とう。これくらいで済んでよかったな。やっぱり俺は甘い」

「ソウデスネ。陛下はお優しいです」


疲れたようにジェナスが吐息して、踊る空色の髪に海色の目の女性を見やる。それから斜向かいにいる主であり、学友の蜂蜜色の髪に空色の目の男を見て、考え込む。


「なぁ、お前たちってこっそり付き合ってんの?」

「何の話だ?」

「なんか仲いいなと思って。あいつもお前にだけは態度が違うというか、扱いが別格というか」

「当たり前だろう。俺は主人であり、後見人だ。魔法師長になると決めてからの二年は忠誠を誓ってくれた」

「それも驚きなんだよな。それにお前の言うことには素直に聞いて逆らわないというか、口答えしない。クリスの願い通りに実は恋人でいい感じなのかと」

「そうじゃない。けれど、このまま━━…いや。何でもない」


ルースが小さく頭を振った。

ジェナスは正確に彼の先の言葉を予想した。恐らく、このまま側にいてほしい、と続いたのではないかと思う。ただそれはロアを縛る言葉になるから、口には出さない。


今回もそうだが、ロアの出現によって、有能と称されていた貴族令息たちが彼女にちょっかいをかけて影で手に入れようと画策するただの小悪党と判明したり、毒にも薬にもならない無難な王妃候補たちが実はとんでもない性格難ありの人物で、陥れようと動いて自身が修道院に入る羽目になったり。

どんどん側近候補と王妃候補が、面白いくらいにボロボロと減っていく。彼らが勝手に自滅していっただけともいうが。


ルシン国王と楽しげに交渉している逞しい護衛対象。気づいているのは、ジェナスだけかと思う。

彼女が全幅の信頼を寄せて、頼りにしている人物。クリスやカイン、ジェナスとは明らかに違う些細な接し方の差。

きっと、今まで見守ってきたジェナスだからこそわかった。

願わくは本人たちに自覚してほしいと思う。



***



(このエロじじい。殴ってやりたい!)


ロアは素直な自分の欲求のままに動きそうになる体を、相手の腕に添えた手で、一国の王の腕に力を込めて圧迫しながら抑えた。ついでに言うと、こっそり何度かヒールでも足を踏んで相手の額に脂汗を浮かばせていた。


「不調法で申し訳ございません。何分なにぶん初めての宴席で踊るダンスな上に、光栄にも陛下のお相手をさせていただき緊張しておりますのでご容赦下さいませ」


にっこり微笑んで牽制した。

ルシン国王は「構わん。気にするな」と答えたので、尻を触ったり、じっと胸元を見られたりする度に、ロアは八つ当たりをするように、容赦なく痛みを与えた。


『ロア、わたくし限界よ。このクソジジイをちょっと絞めてもよろしいかしら?』

(賛成!! と、言いたいところだけどダメなんだよ、クー。一応こんなんでも交渉する王様なんだ。落ち着いて。ここである程度こちら側に引き込めたら、たくさん脅して力削いで逆らう気力なくしてやるから)


ロアは気分が悪いのを我慢して、クーデリカを説得した。

本当なら今すぐにでもダンスの相手を終了して殴ってやりたいが、それではこの国の為にと今まで努力してきたあれやこれや裏工作が台無しになる。

何より、ここでロアが問題を起こして、ルースの評判を落とすわけにはいかない。それを見越してセクハラを仕掛けてきているのだから、腹立たしい事この上ないが。


表面上、繰り広げられるのは、当たり障りのない中身のない会話。

そこから話を広げるでもなく、相手に合わせて相づちを打つだけ。ロアは優しく相手に助け船を出しはしない。用があるのはあくまでもルシン国側と意識させる。こちらから話し掛けて交渉を促し、相手を調子に乗せる事はしない。


はっきり言ってつまらない。風魔法で念の為に結界を張って会話を周囲から隠しているが、このままダンスが終了したらどう動くか考える必要があった。そう思いながら、自分達に注目する視線を確かめていると。

ようやくルシン国王が真面目な顔で口を開いた。


「そなたは本当に、クーデリカ・オルシュタイン・ノーザルスなのか?」


(かかった)

声には出さずに、ロアは内心で笑った。表面上も見事に控えめな微笑を浮かべたまま。やや不安げに窺うルシン国王を海色の双眸に映し、僅かに細めて悠然と笑ってみせた。


「随分と古い名を持ち出しましたね。わたくしは間違いなく、クーデリカ・オルシュタインですわ」

「……今は亡き皇女を知っているのか」


四国の王族、国の限られた者しか知らないその名を。戒めと共に語り継がれてきた物語を、知っているのだとルシン国王は同じ名を持つ目の前の女を探るように見つめた。だが、完璧な淑女の微笑みからは何も読み取れなかった。


「…魔法師長の実力が本物なら、そなたは天候すら操れるか?」


ロアはゆるりと口端を吊り上げて、微笑を崩さない。


「それは流石に荒唐無稽か。この国はあらゆる分野の学門における技術開発が発展しているな。目を瞠った」

「それはようございました。何か気になるものでもございましたか?」

「ああ、あった。思わず欲しくなってしまった」

「灌漑設備と品種改良の作物の苗、肥料などでしょうか?」

「ははっ、お見通しか」

「南国の干ばつが年々酷くなっている事、病気がちな植物が出てきている事は聞き及んでおりますので」


ロアは疲れたような表情の国王を澄んだ目で、射るように見上げた。


「━━欲しいのならこの国から奪っていかれますか?」


ルシン国王が鋭く息を飲んだ。驚きに目を丸くして、言葉も出てこない。その様子を冷徹に観察して、ロアは強気に笑んで見せた。


「先程の質問にお答えいたしましょう。確かに魔力で天候に干渉する事は可能です。ですが、それは一時のその場しのぎですわ。継続は難しいでしょう。それこそ気象の変化が今後どのように作用するかわかりかねます」

「……そうか」

「はい。ですので、多少の天候にも左右されない確実なものを選びとる方がよろしいかと思います」


ルシン国王が自嘲するように、喉を鳴らした。


「始めから模索していくなど一体どれ程の年月と財がかかることやら」

「あら、協力する事はお考えになられませんの?」


ロアはにっこり微笑んだ。


「交換留学生や試験場を提供する関係、特定のものだけ提携を結んで共同研究、開発する関係、お金を支払って知識や技術得る関係。色々とやりようがございます。その方が一からやるよりはさほど時間もお金もかからないと思いませんか?」

「……さようか」

「はい。我が国では植物の病気の原因も研究しておりますし、その薬の開発も行っております。伊達に長く文明発展の都としてきたわけではありませんので。援助を求める国があれば、お優しい我が君はたとえこの国と多少難・・・のある国でも人道的対応をとられますわ」

「……必要であればそなたを派遣でもしてくれるのか?」

「それが我が君のご下命であれば従いますが、わたくしはなるべくこの国と我が君のお側を離れたくはありませんので、そうならないよう取り計らいますわ」

「随分と新国王陛下に甘いな」

「はい。わたくしが唯一、主と定めたお方ですので。なので、我が君が渋る事でも必要であれば躊躇いませんわ。もし我が国が戦を仕掛けられて我が君が憂う事があれば、容赦なくわたくしが殲滅致します。わたくしは優しくないので、ルシン国が相手であればご自慢の田畑に火でも放ち全て燃やしましょうか。或いは食物全てを食い尽くす虫でも放しましょうか。それとも病原菌を放して国土を枯らしましょうか」


ロアは淡々と笑顔で語った。その本気度にルシン国王の顔色が蒼白を通り越して、紙のように白くなる。


「賢明な判断を望みます。より良い関係を築いていくか、それとも後々に禍根を残す関係か」

「………そなたがいなくなれば、また国の関係も変わるやも知れぬが」


言外に魔法師長がいなくなれば元の木阿弥だと告げられ、ロアは悠然と笑った。


「本当にそうなると思いますか? あなた方からの目からご覧になって、この国は変化しておりませんか? 緩やかにより良く改革されているのを感じませんでしたか? それは先王陛下から始まり、我が君が成してきた事です。そしてこれからも進んでいくでしょう。他国を置き去りにして発展していく未来を、今回の視察で感じませんでしたか?」

「………」

「わたくしがいなくなっても大丈夫です。それにわたくしも色々と魔道具の開発に携わっておりまして、未来の為を考えております。かつての国の魔法主体の体制はもう既になくなりつつあるのですよ。その内、わたくしもお役御免になるでしょう」

「まるで確信があるようだ。見てきたのか?」

「いいえ。けれど、あなた方の勝機がなくなったことは感じております。この三十年の間に攻めきれなかった事が痛手でしたね」

「随分と強気に言いおるな。確かな未来などないだろうに」


面白くなさそうな声音で、鼻で嗤うルシン国王に、ロアは花が咲いたような満面の笑顔を向けた。


「いいえ。はっきりとその未来だけは告げられます。ファウス国が今後、三国に劣る事はございません。賢者の弟子たるわたくしが保証いたしましょう」


自信たっぷりに笑う若い女魔法師長。自分の人生の半分も生きていない小娘。

舐められない為かはったりか。少しばかりファウス国が持ち直しただけでまだわからない未来を、大丈夫だと請け負った。


「は、賢者の弟子と抜かすか。なんだ、そんなところもかの皇女に倣ったのか」

「ご自由に、何とでもどうぞ。ただわたくしが立場と発言の重さを理解している事を努々《ゆめゆめ》お忘れなきように。この冬の間、大いにお悩み下さいませ。その間にも我が国は先に進みます。あなた方が武力に屈して大国の属国になるか、共に未来へ踏み出すのか、我々も用心して見守りましょう」

「………」

「もう一度だけ、告げておきましょう。賢明な判断を望みます」

「……あの新王が、そのように言っていたのか?」

「こちらももう一度教えておきましょうか。わたくしと違って、お優しい我が君はたとえこの国と多少難のある国でも人道的対応をとられますわ。ですが、軍事を預かるわたくしが必要としてした事であれば、最終的にはその判断を王として理解して下さいます」

「王の言葉とそなたの言葉は違うということか」

「はい。今までの内容も我が君はご存知ありません」

「交渉も魔法師長の仕事の内か?」

「場合によっては。そうですね、交渉で済む事を心より願っておりますわ」

「ははっ、強気だな。どちらでも構わないと心が透けて見えるぞ」

「成るようにしかなりませんので。どちらに転んでも、中立の立場をとっても、わたくしの仕事に変わりはございませんから」


敵対するなら戦いを、寄り添うなら沈黙を。

いたって単純明快な事を告げられ、ルシン国王は成る程と頷いた。刺客を送ってもこの魔法師長にとっては何でもない事なのだろう。慣れたように処分して終わりだ。━━そう思わされて、見事に思い込んだ。

多少の誇張はあるかもしれないが、彼女の言葉は掛け値なしの本物だと。

それに、王として判断をしなければならない。どうするのが自国にとっていいのかを。


もうすぐ曲が終わる。

ルシン国王は、すっかり足を踏まずに踊りやすくなった相手をまじまじと見た。常に涼やかな微笑みを絶やさなかった新米の魔法師長。


「実に有意義な時間だった。国に帰って早速検討しよう。個人の願いとしては、恋する女は実に厄介で敵にしたくないがな」


少しでも泰然とした表情と態度を崩したかった。そんな子供じみた考えは、淑女の微笑で綺麗にかわされたが。


「楽しんでいただけたのでしたら何よりでございます」


互いの手が離れ、一礼した。笑い合って別れる。

魔法師長は主人の待つ玉座へ。

ルシン国王は側近と護衛がいる、宛がわれた自席へ戻ろうとして商業国家サヘル国王とすれ違う。


「随分と楽しまれていたようですな」

「ああ、見事な魔法師長だった。新しい時代がもう始まっていたようだ」

「それはそれは。乗り遅れぬようにしなければなりませんな」


ルシン国王より若い四十代前半の壮年の男は、楽しげに笑うと入れ代わるように玉座へ向かって歩き出した。

それを横目で見やり、沈黙する三十歳前後の若きイオニス帝国皇帝を流し見た。


まさか苛烈な皇帝がファウス国に来るとは思っていなかったから、最初目にした時は誰もが驚いた。

それだけこの国━━というよりも魔法師長が気になったのだろう。今もじっと静かに、獲物を狙うかのように新ファウス国王の傍らに立つクーデリカを氷のような瞳で見ている。


どちらについた方がより旨味があるか。元よりあまり乗り気ではなかったが、だいぶ傾いたと胸中で呟き、ルシン国王はそろそろこの場を退席しようと思った。

シリアスが苦手です。

下らない会話なら思い付くのに……。

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