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一旗揚げましょう?  作者: 早雪
25/38

25,

これにて一部完結です。ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。




習慣はなかなか抜けない。

空がようやく白んで来た頃、いつものようにまだ眠気を残して目覚めたロアは、そんな事をぼんやりと思った。


特に体調に変化はない。

ただ以前のようにクーデリカに関することを忘れもせず、覚えている。同時に多発的に起こった諸々も、覚えていた。思い返すと、頭が痛くなるが。


寝すぎた感覚はないが、ロアはベッドから出て、用意されていた質素なワンピースに着替える。気晴らしに散歩にでも行こうと、机にエリーへ書き置きを残して、部屋を後にした。


昨夜、案内された道を辿り、迷路のような庭園を抜け、池の側の休憩所を目指した。朝靄がけぶっていて一メートル先も見えないが、ロアは気にせずに新鮮な空気を吸い込みながら進む。


クーデリカはまだ寝ていた。

ロアは大きく深呼吸して、ふっと体の力を抜いた。ここには誰もいない。この朝靄も姿を隠すのに一役買ってくれている。

ロアは大きく息を吸い、震えるように吐き出した。

ほろりと、目尻から水滴が流れた。

それは堰を切ったように留まることなく、次から次へと流れるが、ロアは拭おうとせずに声をあげることなく、涙した。

微かに嗚咽が零れるが、ここには聞く者もいない。


怖かった。

昨日ここであったことが。

母が、エリーが、ジェナスが、自分を含めて皆が傷つき、亡くなっていたらと思うと、怖かった。

助かったからこそ、その実感がじわじわと押し寄せてきた。

クーデリカの体験を思い出したことも、恐怖に拍車をかけた。


昨日までそんな物騒な世界とは無関係に生きてきた。

「何でこんなことに…」

平凡がよかった。劇的な展開なんて望んでいなかった。ささやかながら、日々精進して。

「大会に出場して、何かしらの結果を残すか得るかして、先の未来に進めればそれでよかったのに……普通でよかったのに…」

震える声を抑えるために、震える手で口を覆う。


クーデリカには言えなかった。他の誰にも言えない本音。

過去の彼女の思いも嘆きも知っている。一緒に経験した。彼女がしてくれたことで、今があることに感謝もしている。

「━━それでも、逃げたい。もうイヤだ。傷つくのを見るのも、傷つけるのも、傷つくのも嫌だ」

怖くて恐くてたまらない。でも、逃げられない。


ロアは再度深く息を吸って、長く吐き出した。ぐっと袖で涙を拭う。もう一度深呼吸して、涙を止めた。

クーデリカと師匠が気にしてしまう。きっとセオルド国王とカレンティーナ王妃も。母とエリーにも心配させてしまう。

泣くのはこれで終わりだ。


「やるって決めたんだから、やらなくちゃ。迷惑はかけられない」

か細い声で、決意する。頬をぺちぺちと叩いて、息を吐く。

少しだけ日の光が差し込んだお陰で、辺りが見やすくなる。ロアは池の畔でポケットから取り出したハンカチを僅かに水に浸して、目元に軽く当てた。

ひんやりして目の腫れが引いていく。俯きながら休憩所に足を向けて、靴を見つけた。

ロアから血の気が引いて、それでも恐る恐る足元から視線をあげていくと、うっすら日の光が差す朝靄の中でも輝く蜂蜜色の髪に晴れた日の空を切り取ったようなコバルトの瞳。

師の美貌に見慣れたロアも、素直に整っていると言える白皙。一見して、誰もが認める優秀で優しい王子様がいた。


ロアはハンカチを握りしめたまま、硬直した。

気まずそうにしているルースの様子から、今までの泣いた自分とその弱音を全て聞かれていたことがわかる。

逃げたい。

切実に思った。なので、実行しようとして、読まれたように手を掴まれた。


「━━誰にも言わない。だから、逃げなくていい」


ロアは怯えた顔で振り返り、ルースを見上げた。


「本音を隠さなくていい。夜中、アルスマがお前と俺たちに言い聞かせるように繰り返した通り、クーデリカの事がなければ、ロアが普通の少女ってことは解っているから。……無理しなくていい。むしろ、さっきの言葉は俺たちが受け止めなくちゃいけない事だから」


ロアを気遣う声と、労る眼差しだった。

今後、何でもないことのように振る舞うために、もう一度こっそり凍らせようとした感情が、溶けた。


「父上も仰っていた通り、巻き込んですまない。俺たちが不甲斐なかったばかりに、昨日のような目に遭わせた。そして、背負わせるように決断させた」


悔しいと表情が語っていた。ロアたちを巻き込む事に、苦悩と罪悪感が見えた。

ルースが頭を下げた。



「━━どうもありがとう。ロアがいてくれて、助かった。この国も俺たちも。折角貰った大切な機会を必ず活かしてみせる」

「………頭を上げてください、殿下」


ルースが顔をあげた。視線が合う。

強い輝きをもつ澄んだ空色の眼。


「殿下、何も聞かなかったことにしてください。私らしくない言葉を言ってみたくて、柄にもなく、悲劇の乙女に浸ってみたかったのです。深い意味はありませんし、罪悪感を感じる必要もないですから。心配いりません、きちんと役割を果たしますから」

「……皆のために?」

「……早く解放されたい自分の為です」


ルースが吐息した。ロアが俯いていると、握った手のままルースが跪いて、真摯に見上げてきた。ロアが驚いて息を飲む。


「殿下?」

「━━ロア、約束をしよう」

「約束、ですか?」


目を瞬かせると、ルースは真剣に一つ頷いた。

騎士のように跪いて、見上げる王太子。神聖な何かを誓うような真摯な目。まるで物語のような光景に、ロアの心臓が跳ねた。


「ロア・ノーウェン━━改めてあなたに、敬意と感謝を」

「え、と…」

「ルース・パラキア・ファウスが誓う。あなたがつきあってれる二年間、あなたの手を汚させないことを━━人を殺めなくていい。むしろ回避してくれて構わないから。それでももし万が一の時は、俺がそれを背負うし、そうならないよう守る」


ロアが瞠目した。真っ直ぐ見上げてくる空色の目はどこまでも澄んでいて、ぶれない。


「ロアはロアの意思で自由に動け。それで何が起きても、責任は俺が持つし、これ以上他国と因縁を持つのも嫌だから、ロアの殺さないで最大限に脅して力を見せつける方法に賛成だ」


ルースに優しく微笑まれ、ロアは胸が詰まった。それは欲しかった言葉だ。魔法師長を引き受けた以上、この国と人命を預かっているから、甘えは許されないと解っているに、嬉しかった。殺さなくていいと、ロアの味方をすると言ってもらえて。


「それともう一つ誓約を。二年間だけでいいからな。きっとそれ以上の続投を望む者が出てくるし、無理にここに閉じ込めようとするだろうけど、ロアが望まないなら付き合う必要は一切ない」

「それは…」

「クリスとか大臣たちが、魔法の力がなくてもロアを城に留めようとするだろう。でも閉じ込めるつもりはないし、嫌になったら逃げてもいい。何とかするから」


ルースがロアの手を掲げ、軽く頭を垂れた。ロアの震えた手を大丈夫というように、ぎゅっと安心させるように握ってくれた。

ロアは涙を流すまいと、震える声を弱音を飲み下し、誠実に約束してくれた王太子を見た。感謝の念が溢れてくる。

大分不安が払拭された。


「お人好しですね、殿下」

「本当にな。甘いだけじゃダメだとわかってはいるけど、仕方ない。どうにか足下を掬われないようにする」


苦笑するルースに、ロアは心からの笑みを向けた。


「━━ありがとうございます。私もお約束します。二年間は逃げずに付き合いましょう。出来る精一杯の力を尽くして、あなたに仕えます。決して裏切ることない忠誠をあなたに」


ロアが膝をついて、同じ目線になる。そしてルースの手を押しいただき、頭を垂れた。

顔をあげると目が合い、驚いている次期国王に零れるように表情を綻ばせた。


「これから宜しくお願いしますね、殿下」

「ああ、宜しく。それから、愚痴や弱音、要求がある時は溜め込まずに言えよ。全部聞けるだけ聞く。俺が魔法師長の後見人だから」


頭を撫でられて、ロアが固まった。ルースは気づかずに、手を引いて、ロアを立たせる。

そのまま城へ続く庭園を手を繋いだだまま、歩いた。


「……こ、後見人って、というか魔法師長として、貴族議会に承認させるのに、試練とかあるんですか?」


そわそわと落ち着かない様子で質問すると、ルースは大丈夫と受け合った。


「王都に残っている貴族は、きちんと国と民を憂いて最後まで何とかしようと身を粉にして、働いてくれている奴ばかりだから、反対しないだろ。逆に自分の領地に引きこもって、逃げる資金として金を蓄える事に熱心な奴らには、領地から出てこなくていい事を条件に、こちらの決定には全て従うように事前に誓約書を書かせている」

「ついでに魔法師長がいると知り、掌を返したように領から出てきて城に戻ったとしても、発言権も重要な仕事もなく、相手にする必要もないんですね」

「そういうことだ」


理解が早いロアに、ルースが笑って頷いた。

他愛のない事を話し、今後の事も大まかに話しつつ歩いていると、急いでいたわけでもないのに、呆気なく城の回廊に辿り着く。少し物足りないような名残惜しいような気がするが、「ここからは一人で部屋に戻ります」と、ロアは繋いだ手を離した。


いつもなら気にせず去っていたのに、このまま去っても不敬にならないかとロアが少し心配していると、「また後でな」とルースに声をかけられた。



***



ロアがほっとしたように微笑んで一礼し、去っていった。その後ろ姿を見送り、ルースも踵を返す。


庭園にいたのは、偶然だった。

早くに目が覚めて、気分転換と覚醒がてら散歩に出た。朝靄が世界から自分の姿を隠していることに少し安堵して、池の側の休憩所で休んでいたら、微かな嗚咽と今にも消えそうな声を聞いた。


声の主に気づいた時は、衝撃を受けて戸惑った。

何があっても泰然として、受け入れていた姿を思い出したからだ。勝手に彼女は強い。大丈夫と、恐らく誰もが思っていただろう。師であるアルスマは心配していたが、それでもこんなに弱々しい姿は知らないのだと思った。

アルスマにもクーデリカにも言えないのだから。言えば、二人が自責の念にかられてしまうと解っているから、こんなところで一人で怖いと震えて、声を押し殺して泣いている。


考えてみれば、わかることだった。

いきなりこんな事に巻き込まれて、背負わされて、取り巻く日常が目まぐるしく変化したのだ。誰だって困惑する。

上手に隠されて、気づかなかった。配慮の足りなかった事に、ルースは自分に苛立った。


泣いていたのに、彼女はすぐに立て直した。感情を封じ込めて、自らに言い聞かせるように呟かれた決意。そうしてまた上手く隠すのだろう。誰にも気づかせないようにして、ルースたちはまた騙される。


気づけば、ロアの前に立っていた。

奇襲、という言葉が浮かぶ。あの淡々とした仮面を被られてしまう前に、綺麗に誤魔化される前に会わなければ、煙に巻かれて逃げられてしまう。


元々言おうと思っていた言葉だった。

感謝と気負わなくていい事と、何かあれば全力でフォローする事。無理に人殺しの覚悟を決めなくていい事、守る事。


目が会ったロアは分かりやすく怯え、動揺していた。咄嗟に取り繕えないくらいに、感情が駄々漏れていて、逃げようとする動きも簡単に読めた。

それを引き留めて、青ざめるロアが望む事━━誰にも告げず沈黙する事を告げると、見るからに安堵していた。


泣いたとわかる充血した目。まだ腫れの残る目蓋。小刻みに震える手。

気づくと、申し訳なさで胸が痛んだ。同時に偶然でもここで会えて、本音を知ることができて良かったと思う。何とか守らなければ。


だから、約束した。

一人で気負って頑張りすぎないように、無理しすぎないように。そうしないと、大丈夫なように振る舞うだろうから。

母親を含めて周囲に心配かけまいと、慣れてしまった仮面を被り続けて、皆が望む大丈夫な姿で一人舞台に立ち続けるのだろう。その歪さに誰も気づくことなく、悲鳴も聞こえることなく。


そしてその強いと錯覚する大丈夫な姿を望むのは、この国と民とルースたちでもある。特にクリスは、駒に欲しいと思っているだろう。実際にロアの部屋を出た後、ルースが執務室に戻ると訪ねてきた。


ここ数日、様子を観察して、整った容姿に靡くことも、権力に屈しておもねる事もなく、正直すぎるきらいはあるが、状況に理解力があり、冷静に己を律し、周囲を見ている。

そして何より、先見の明があった。対応策を考える能力も。取り込めば、アルスマもついてくる。

役に立つ人材だ━━場合によっては繋ぎ止めようとクリスが画策して動こうとするくらいに。


思い出すと、ため息が零れた。

ロアの部屋を出た後、別れ際にアルスマにも牽制され、ルースも余計な事はするなと本気でクリスに釘を刺しておいた。そうしないと、ロアとの約束を平気で破るだろう。


魔法師長は女だと、必要なら名前まで周りに知らせて逃げ場をなくし、何がなんでも城に残すと決めたら、結婚をしてでも側に残して働かせるつもりだ。

民を守る平民出身の魔法師長は、さぞかし人気が出るだろう。それをルースか王族に近いクリスが側において重用すれば、民と貴族との不和も緩和できる。魔法師長の立場があれば、貴族たちも納得する。むしろ彼らも虎視眈々と狙う可能性が高い。

そうなったら、父と一緒に全力で潰すつもりだが、クリスの動向もあるので、今から頭が痛い。


クリスの言い分も解らなくはないのだ。

他国から王女や政略的価値のある令嬢をめとって、国の繋がりを強くすればいいという段階をとうに越えた現状。

打診した事はあるが、どこも理由をつけて断られた。


最近は戴冠式の出席の有無の返事に添えられて、王になるのなら伴侶が必要ではと三国から話が届いたが、送られてくるのは間違いなく間者か刺客の類いだろう。

決定的な溝が出来ている以上、危険を増やしてまで細い繋がりなど必要ない。百害あって一利なしだ。


それなら国内の結束を強めた方が得策だ。

探してはいるが、ルースに合う年齢で目ぼしい逸材がいない。どの令嬢も団栗どんぐりの背比べで、王妃になれる器の基準にも満たないのだ。勝負の場である戴冠式に厄介事を起こされたり、粗相をされては困る。


普通なら、幼少より婚約者がいて然るべきなのだが、他国から迎えるかどうか議会でも結論が出ず、他の政務や国境の小競り合いで、話はどんどん後に回され、結局決まらないまま今に至る。

茶会などで候補者と会ったり、数人と見合いがてら個人の付き合いを持ってはみたが、下された決断は全員不適合。

それで未だに婚約者候補はいても、決まった特定の人物はいない。

そんなだから、クリスが目をつけたのも解らなくはないのだが。


ロアにはルースの告げた約束にほっとしたように、ようやく心からの笑顔を向けてもらえた。

これでもし、約束が守られなかったら、ようやく貰えた信頼はいとも容易く消え去るに違いない。

だから、ロアにも注意を促した。縛るものはなく、自由にしていいのだから。彼女に協力してもらえずに困るのはクリスや大臣たち、ルースや国なのだ。切実にバカな考えは改めて欲しい。


ルースの約束に、ロアも誠実な忠誠を返してくれた。

クリスたちはこれで満足しておくべきだ。無理に側に縛り付けてもロアは簡単に動いてはくれないのだから。むしろアルスマのような辛辣な対応になるに違いない。

無理矢理ではなく、ロアの意思で残って貰えれば問題ないとクリスは言ったが、そうなると情に訴える事になる。


恋人になれば問題ないと言ってきたが、「ではどうやって?」

そう問えば、クリスは沈黙した。やっと気づいたかとルースが観察していると、年上の幼馴染みは考え込んでしまう。

クリス自慢の綺麗な容姿も色香も全く通じないのだ。何しろ彼以上に老若男女を虜にするアルスマでさえ、顔面を足蹴にされていた。それどころかそれを有効活用して、他国で老男の類いを陥落してこいと追い詰められていた。


似たように迫れば、他国とは言わずとも国内で同じような事をしてこいと、命令されそうだ。

魔法師長は宰相と同等以上の立場であり、軍事や戦略においてはロアの意見が上に来る。

そこまで漸く思い至ったようで、クリスの顔色は紙のように白くなっていた。


また地位も名誉も興味がないと明言したロアなので、それも魅力とは思わないだろう。貴族なんて面倒でなりたくないと思っていそうだ。

それとは裏腹に、彼女が魔法師長の立場を手に入れた事で、その貴族から狙われる魅力的な存在になっているが。


貴族も平民も含めた世の女性全般が、誉めそやして憧れるルース、クリス、カインの三人にすら毛の先ほどの興味もないどころか、眼中にすらなかったのは、謁見の間の様子からしても明らかだ。

カインやクリスと一対一でも、お近づきになりたいと思うどころか、早く解放されたいという態度だったらしい。


エリーからも報告を受けているが、次の日に着る服や装飾品をどれがいいかとドレス等を用意して見せても、地味で質素なワンピースを選んだら即終了で、他のドレスや装飾品をエリーがすすめても首を横に振るばかりだったようだ。


益々攻略が困難になった情報に、クリスが悩ましげに嘆息した。艶やかな唇から零れる吐息がいつになく色っぽい。が、見慣れたルースには何の感慨もなく、さっさと諦めろとしか思えない。だから遠慮なく、クリスが忘れている爆弾を投下した。


「というか、お前もカインも、ロアが言うところのど変態ストーカー隠密に、監視で最低な命令出した上司としか認識されてないんじゃないか」


空気がしんと静まり返った。

ルースは気にせず執務机の書類を眺めながら、案の定、すっかり忘れていたと酷く打ちのめされた、優秀と名高い宰相を横目で見た。


暫くして立ち直ったクリスが八つ当たり気味に、「それならあなたがどうにかしてくださいよ!」と言ってきたが、「無理だろ」とあっさり返すと、意欲が足りないと責められた。

ルースは肩をすくめて書類整理に戻り、相手にされないとわかったクリスは渋々引き下がって退室した。


去っていく少女の背中を見つめながら、ルースは息を吐いた。

踵を返して、自室へと向かう。

余計な事に気をとられている場合ではない。頭を振って、色々な感情を振り払う。


これからの事を話し合わなくてはいけない。大臣たちや貴族への根回しもある。現状の改革も推し進めていこう。

他国の様子も調べて、戴冠式の準備も本格的に始まる。


そして、父の命を救ってくれた恩人を守らなくては。

逃げたいと言っていたのに、残ってくれた。

怯えや不安を隠して、声を殺して泣いて震えていた。

それでも、役割を果たすと忠誠をルースに誓ってくれた。

なら、ルースも約束を守らなくては。


日が出てきて、朝靄が消えていく。

秋特有の薄い青空が見え始めた。冷たくなり始めた秋風が吹き抜ける。

もう少しで冬が来る。

その前には大博打を打って、三国を相手取って騙し合いの化かし合いと牽制の駆け引き。

そして名実ともに、全権を握るこの国の王になる。

この国で唯一人だけに座る事が許された至高の椅子が居場所になるのだ。


「やるべき事が山積みだ」


けれど、四方八方を塞がれて、打つ手なしの身動きがとれない状態よりは遥かにいい。

それを打破してくれたクーデリカとロアには、感謝の念が尽きない。

まだ終わりじゃない。まだまだ先に進める可能性がある。

その機会を与えてくれた彼女たちに報いるためにも、やりきらなければ。

望む未来を手に入れて、ロアを解放しよう。

ルースは決意を新たに、王の道を歩き始めた。




*****




大陸歴1518年、後に大陸随一の発展を遂げるファウス国の礎を築いたとされるルース国王の時代は、彼の即位と共に最後の大魔法師が立ったと言われている。


その後の彼らの活躍は目覚ましく、今日こんにちに至るあらゆる学門、それを基に国が支援したものづくりが発展し、他国が特色として長じていた武器や作物、流通路や運搬技術よりも、質も性能も良いものを作り出して成果をあげ、格段に生活が楽に豊かになった。


同時に魔法が華やいだ最後の時代とされ、三百年後に魔法を使える者がいなくなるまで、どんなに小さな魔力でも使用可能な道具を作り出し、更には他国への牽制、抑止力となるファウス王家の国宝も作られた。

それは王族のみに扱える魔法具で、一国どころか下手すれば大陸ごと滅ぼす威力を秘めた武器だった。


とある公爵の手記の一説によると、製作者が「うちを狙うなら他国も全部道連れにするかその国だけ滅ぶか、もしくは私の友達みたいに犠牲を強いるなら、その時は大陸全員同罪で一緒に滅びるべき。それが嫌なら仲良くすればいいだけ」と謎の言葉を残したとされている。


製作から五百年後、つまりファウス国建国から千年後に、本当にそんな力があるのかと軽んじた好戦的な国王に、当時のファウス国王が鬱陶しいとその国の王に試してやるからと許可を貰い、かの国の人のいない森林地帯に三つある内の一つのレプリカ(疑うバカ用)を使用した。………森林地帯が更地に変わった。


それからは、ファウス国とより親交を深めようとする国が増えたらしい。

また力あることに傲ったファウス王族もいたが、どういうわけかそういう者は国宝に触れることができず、いつからか国宝に触れられる者が国王になる条件とされ、試金石とも呼ばれるようになった。試金石に触れられる者は、名君から凡庸と実に様々な王がいたが、共通して愚王に成り下がることはなかったとされている。


国宝を含め多くの発展を築き、華々しく開き始めたルース国王の時代は、後の千年王国の始まりと称えられるほどで、稀代の賢王と名高く、常にその隣にいた最後の大魔法師と共に今でも民に慕われ続けている。




これにて一部完結です。ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

今後はこのまま小話を挟んで二部に入り、さくさく進めて完結にしたいと思います。よろしければ、二部もお付き合い頂けると嬉しく思います。

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