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一旗揚げましょう?  作者: 早雪
22/38

22,

長いです。




「魔法を使っていたのは、クーデリカ・オルシュタイン・ノーザルスか?」


ルースを見て、ロアは一つ頷いた。隣のクリスや正面にいるカインを見ても特に表情に変化はない。二人は知っているようだ。


「彼女について知っているんですね。歴史には最後の皇族としか名を残していないのに」

「革命の皇女として四国の王族には伝わっている。ノーザルス帝国最後の皇族にして民衆を率いて革命を起こし、腐敗した帝国を糺して四国に分け、その後、自ら命を絶って革命を成し遂げた大陸の功労者であり、悲劇の皇女」


ロアが口を開こうとすると、クーデリカから苦々しい複雑な感情が伝わってきた。あまりにも落ち込み、自分を罵り、自己嫌悪の嵐なので、たまらずにロアは言葉を発する。


「━━わかってるよ、クー。私は全部わかってる。そんな言葉や評価では足りないってことも、あなたの努力も成し遂げたことも、絶望も悔しさも全部知ってるよ。だから、そんなに自分を責めないで」


突然のロアの言葉に、ルース、クリスとカイン、エリーも戸惑った。その事にロアが気付いて苦虫を噛み潰した顔になる。面妖な言動をしてしまったと思っているのだろう。


「とりあえず、浮上して。私が痛い子のように見られてるから。……え?」


ロアが何かを探すように辺りを見て、首を傾げた。


「殿下、風魔法を使っていますか?」


その質問に、全員が軽く息を飲んだ。ルースがカインに目を向けると、ロアもそちらに視線を向けた。


「自分が使用している。今ここにいないジェナスともう一人に空間を繋いで、これまでの会話を聞かせていた」

「もう一人?」とロアは不思議そうな顔をしたが、「何故わかった?」とカインに問われて、答えた。

「私は気付いてませんでした。クーデリカが教えてくれたんです。私が起きて見聞きして体験したことは彼女も解るんです。何せ私の体の中に魂があるんですから」


予想していたのか、全員が微妙な顔で頷いた。ルースから視線で促されたので、話す順番が自分に回ってきたロアは覚えている事、知っている事を正確に語った。


「クーデリカが私の中に入った原因はよくわかりませんが、恐らく師匠が関わっていると思います。だからあの人は私の師を買って出たんでしょう。憶測なので本人から聞かないと何とも言えませんが、十中八九そうだと思います」


ロアは掌にある漆黒の石を見た。


「私はクーデリカの記憶を持っています。それは生まれ変わりというわけではなく、彼女の魂が私の中に入ったからです」

「……それは本当に? あなたが前世を思い出したと言われても納得できますが、何故あくまで魂が入っていると断言するのですか?」


クリスが訝しげに問うた。

クリスの言う通り、そう勘違いされても仕方ないだろう。だがロアは、きっぱり断言した。


「魔力量の問題です。前世を持っていても、体は私で小さな魔法しか使えません。現に風魔法にも気づきませんでした。でもクーの魂が入っているのなら体は私でも、魂が違います。魔力は体だけではなく、魂も関係してきますから。例えば私が二重人格や記憶喪失でも自分の体と魂である以上、魔力量に変わりなく使える魔法はたかが知れておりますが、体が同じでも魂が稀代の魔法師と呼ばれたクーデリカなら、魔力量が尋常でなくても不思議はないでしょう」


ロアが女魔法師ではないと否定していた案件の説明を聞いたクリスが、納得したように首肯した。


「私はずっとクーデリカが体験したこと、見聞きしたこと、場面場面の感情を夢という形でこの十二年間、経験してきました。逆に彼女は私の中でこの十二年の生活を全て見てきました」

「それは……」

「━━はい。私も驚きました。まさか身近にど変態ストーカー隠密を越えるストーカーがいたなんて」

「「「「えっ!?」」」」


ロア以外の全員が、目を丸くした。


「安心して、クー。変態隠密より、あなたが見ていた方がまだましだから。むしろ、クーでよかったと思ってる……え、褒めてないって、好意的に解釈してるよ?」


ロアがうるさそうに顔をしかめた。恐らく同居者から色々と抗議されているに違いない。

真面目な顔でロアは、話を続けた。


「もうお気づきかもしれませんが、女魔法師の記憶がなかったのは、私が意識をなくして寝ている間、もしくは少し強引に体の主導権をクーデリカが握って表に出ていたからです。十八になって記憶の封印が完全に解けたので、彼女が私の体を乗っ取って活動していた時の記憶もあります」

「その髪飾りに師であるアルスマが施したと言っていたな」


ルースがじっとロアの掌にある、漆黒の石を見た。


「そうです。幼い私が彼女の凄惨な過去を追体験して、自我が崩壊しないように守ってくれていた封印でもあります。本来なら十八になったら全て思い出す予定でしたが、クーデリカの力が強く、国の現状を知り、またノーザルス帝国のようなことになるのなら革命参加もやむなしと、情報収集に精を出す為に、無理やり封印を少し破った結果、早めに彼女が出て来て私も思い出しました」


ロアが眉間に皺を寄せて、嘆息した。


「うるさいなぁ。もう、わかったよ」

「全然わかってないでしょう!? わたくしは変態ではないわ! 乗っ取ってはいたけれど、変なことはしてないわよ!? ━━って、あら? 何なのコレは!?」


ロアの掌にある石から、空色の長髪に海色の目の可憐な少女が、映像のように浮かび上がった。体は小さく透けているが、少女は戸惑ったように自分の姿かたちを確かめて、ワンピースを似合うか見るように、その場でくるくる回った。

次いで、その表情が驚愕に変わる。答えを求めるように、海色の双眸でロアを見た見上げた。


「クーが過去に習った魔法に、師から教わった魔法を組み合わせただけだよ。私の少ない魔力ではこれが限界だから我慢して」

「そんな事……」

「出来るよ。だからこうやって出て来ているでしょ。咄嗟の思い付きだから、私がこの石から手を離せば姿が消えてしまうけど。やっぱり当事者のあなたが姿を表さなくちゃ話にならないよね」

「単にあなたが、喚くわたくしの相手をするのがうるさくて面倒になっただけでしょう?」

「そうとも言える」


十二年間も共にいただけあって、さすがにロアの事を見抜いていた。ロアが感心していると、四人が唖然としてクーデリカを見つめていた。

その視線に気づいたクーデリカが、スカートを少しつまんで、腰を落とした。


「初めまして、皆様。クーデリカ・オルシュタイン・ノーザルスと申します。お騒がせしてごめんなさいね。それとロアの話した事は全て事実よ。わたくしは、かつての故郷と同じようになるのなら、あそこまで酷くなる前に国を亡くしたかった。けれどもし、まだ間に合うのならわたくしは━━」


クーデリカがきゅっと拳を握って俯いた。


「さて、私たちの事情はお話しました。彼女が正真正銘のクーデリカであり、魔法のスペシャリストです」


ロアが告げると、クーデリカが困ったように笑った。


「知識だけでこんな簡単に魔法を作って使用したあなたに、スペシャリストと言われるのもおかしな話ね。わたくしが当時の賢者の一族から習った、食事や飲み物に魔力を込める魔法を、あなたがあっさりと成功させた時のわたくしの驚きはわからないのでしょうね。あれはコントロールがとても難しいのよ、ロア。そしてこの魔法も。まさしくあなたこそ、賢者の弟子と称するのに相応しいわ」


絶賛するクーデリカに、ルースたちも言われたロア本人も目を瞠った。それから、ロアに視線が集まるが、気にした風もなくクーデリカを見つめて、笑った。くすぐったそうで穏やかな、ルースたちが初めて見る年相応の笑顔。


「大袈裟だよ、クー。あなただって簡単に出来るのに。私の使った魔法は誰でも出来るよ。私は少ない魔力をどうやりくりするかに慣れているだけ」

「ロア、あなたは……もう少し評価を高くしてちょうだい。わたくしはあなたに会えて、救われたのだから」


ロアがきょとんと意外そうな顔をした。こてんと首をかしげる傾げる姿に、クーデリカが苦笑した。更に口を開こうとして。

勢いよく、扉が開けられた。


「悪い。遅くなった!」


駆け込んできたのは、ジェナスだった。全員の注目を浴びたジェナスは、ベッドに体を起こすロアを見て安堵した顔になり、その掌の石から現れている少女に刮目し、涙を流して駆け寄った。そのまま臣下のようにルースたちとは反対側のベッド横で跪く。


「姫様、よく無事で! こうして再びあなた様にお会いできましたこと、魂からお喜び申し上げます!!」


顔を上げてロアと視線が合う。思わずロアがびくりとして、ジェナスから距離を取った。本人は気づかずに捲し立てる。


「感謝します、ロア様。あなたがいなければ、姫様に会えませんでしたから」


興奮して琥珀の目を輝かせ、頬を上気させて告げたジェナスを、クーデリカが冷静に観察していた。


「……もしかして、ダーウィン? ダーウィン・レームかしら?」

「覚えていただいているとは、なんたる幸福!! 姫様、ぜひ今生でもあなた様に我が剣を捧げることを━━って、ちょっと待てぇえ!! ナニ勝手に俺の人生捧げようとしてんだよ、ウィン! それと勝手に出てくるな! これは俺の体だ!!」


ジェナスが自分を親指で指して、宣言した。疲れたように肩で息をしている。その後も何やら、言い合いをしていた。


「ダーウィン・レームって?」とルースがロアに問うと、ロアはクーデリカの記憶から答えを見つけた。

「クーデリカの護衛騎士です。小さい頃から絶対の忠誠を誓い、最後の最後まで側にいて守り、付き従っていました。クーデリカの全てを全力で肯定する人で、魔法も剣も帝国最強の実力があったのに、従うのはクーデリカだけで、誰も手をつけられませんでした。素で彼女以外、世界がどうなろうと構わないと言う人です」


ルースが「やっとの待ちに待ち続けて姫様に巡り会えたのはわかるが、落ち着けよ!」と叫ぶ友人を見て、色々納得したように小さく吐息した。


「ウィン、あなたまで何故こんなことになっているのかしら? わたくしは自ら望んでこうなったけれど、あなたは━━」

「━━あなたがまだ魂だけになっても、この世界に残るのなら、騎士たるオレもお側にいます。今度こそあなたをお守りします!! それがオレの役目であり、何よりの誇りです。あなただけ残していけません」


クーデリカがまんまるに目を開くが、ジェナス━━ダーウィンは真剣だった。困ったように、少し疲れたように主人の少女が笑う。


「とりあえず、ありがとうと言っておくわ。でも本来ならわたくしたちは既にいない身よ。留まれているのは間借りさせて貰っているから。宿主に無断で勝手をするのはおやめなさい。それとあなたの忠誠に感謝するわ。わたくしを主人とするのなら、ぜひロアを守って。彼女が亡くなれば、今度こそわたくしもこの世界からいなくなるのだから」

「━━畏まりました。ジェナスの体を許可を得て借りた際は、お守り致します」


腰を折ったジェナスが顔を上げると、いつもの彼でやや辟易していた。クーデリカが苦笑した。


「ごめんなさいね、ジェナス。それと、ウィンを受け入れてくれてありがとう」

「本当に。でも、いい暇潰しになってるから。魔法も剣もウィンが師でもあったしな」


ジェナスが笑い、ロアに目を向けた。


「よぉロア。ようやくお目覚めか。随分のんびりした覚醒だな。こんな面倒なことになる前に、だから俺の専属菓子職人になっておけばよかったんだ」

「うるさい、ジェナス。知らなかったのに無茶言うな。ていうか、やっぱり裏があったんじゃない。事情があるなら先にそう言えば良かったのに、菓子職人になれで伝わるわけない。余計なことに巻き込んで━━全力ではげろ」


淡々と告げる不機嫌なロアに、ジェナスが「可愛くねぇ」と悪態をつく。一つ息を吐いて、真剣な顔で気遣うように真っ直ぐロアの目を見た。


「確かに俺が殿下たちにばらしたけどな━━お前、本当に大丈夫か?」


ロアが眉根を寄せた。暫く睨み合い、ジェナスが嘆息した。


「ジェナス」

「何だよ?」

「殿下の隠密ってことは、ジェナスも私を探っていた変態ストーカーの一人?」

「はあっ!? 何でそうなった!?」

「いや、女魔法師か調べるに当たって、護衛兼調査をしていた隠密がスリーサイズやら体重の推移やらまで報告しようとしていて。近所の人との会話も入浴時間まで細かく報告書に書かれていたから」

「何だよそのど変態! 質の悪いストーカーか!?」


ルースやカインが気まずそうに、顔を逸らした。


「そんな楽しそうな任務、俺がやりたかった!! あの部下たちに囲まれて神経すり減らして、どれだけ大変だったか。それなら、こいつの弱味を握れるネタ集めの方がよかった! ━━ぶっ! 枕投げんなよ」

「黙れ、ど変態。近寄るな息するな。永遠につるつるにはげろ」


ロアが蔑視の眼差しを注ぐ。他の全員の視線もひんやりしていた。ジェナスが咳払いする。


「━━冗談はさておき。ロア、今の立場解っているか?」

「解ってるよ、変態。それより変態ジェナス、聞きたいことがあるんだけど」

「……」

「師匠が同じ人って聞いたけど、それは本当? あなたが殿下たちに私の事を教えたって言ったけど、それならどうして知っていたの? 色狂いの師匠に何か言われていた? どうなのストーカー?」

「…………まず、俺は変態でもストーカーでもねぇ」

「そんな事は聞いてないんだけど」

「大事なところだからよく聞いて、納得しろ。さっきのは言葉の綾だ。そもそもお前みたいなお子様じゃなく、もっとスタイルのいい美人が好みで」

「どうでもいい情報アリガトウ。質問答えろ、ど変態」

「本当に!! 可愛くねぇな! 客じゃない時の対応の差が酷すぎる! 言葉遣いも悪い! 殿下たちに対する態度と違いすぎるだろ!? って、何でそこで初めて知ったような顔をするんだよ!?」

「え、何で同じ対応になると思ってるの? お金を落とすお客さんでもなく、私の情報を売った上に弱味握りたいと言った最低男に懇切丁寧な対応をする必要がある? 本当にはげればいいのに」

「せっかく心配してやって、色々と気遣ってやったのに! あの女たらしの師匠に命じられてなければ、誰がお前なんか影ながら見守るか! ウィンも姫様の魂が入った器を守るってうるせぇから、暇潰しに少し気にかけてやっていただけだ」

「え、影ながら見守っていたって……ストーカー」

「その話題から離れろよ!?」


ジェナスが疲れたように、ぐったりと膝をついた。何だか見慣れた光景に、自分達はこれよりまだましだったのかとルースたちが遠い目になる。


「ジェナス、あなたはどこまで師匠から話を聞いているの? どうしてあなたの中にダーウィン・レームがいるの? 私の中にクーが入っているのはどうして?」


ジェナスが疲れたように顔を上げ、真面目な黒曜石の瞳を見て、スッと立ち上がった。


「………。十二年前の建国祭に、師のアルスマ・カルマンに会った。正確に言うなら、ぶつかってあいつが落とした琥珀の石に拾って触った。すぐに俺の手元から消えていたけど、それから連日連夜、夢で五百年前の出来事を体験した。夢で俺はたった一人の皇女に仕える護衛で、ダーウィン・レームだった。そんな奇妙な夢を毎日見るようになった一ヶ月後、あいつが訪ねてきて言ったんだ。『やっぱりきみのところにいたんだね』って。怪しい奴だと警戒する俺に、今日から自分が師匠になるって」


きれいな笑顔で嬉しそうに師は言ってきて、ジェナスに起こっている夢の事を知っていると語った。

ジェナスはロアの話した掌の石を見た。それから自分の黒服のポケットから琥珀の石を取り出す。


「その石とこの石に、それぞれ皇女様とウィンの魂が入っていた。五百年前、賢者の一族長だった当時のカルマンが、二人の弟子の最後を惜しんだというか、もう少し自分のまま生きて未来の結果を見たい、と言った皇女の願いを叶えて弟子の死後、魂が目覚めるまで眠らせた。その事は」


ロアは首を縦に振った。クーデリカが俯くのを見て、歪な笑みを張り付けて皮肉げに笑う。


「覚えてる、っていうのも変か。うん、知ってるよ。いくら帝国から民を解放した功労者とはいえ、その帝国を統治していた血筋のクーが生きているのも不味いって、役目が終わったら掌を返したように人は冷たくなった。クーを担ぎ上げて利用した奴等も腫れ物を触るよう扱いながら、暗殺者を放った。同士たちもいつまで生きてるんだ、早く死んでくれって言ってた」


ルースたちが真実に驚き、ジェナスが沈痛な面持ちで頷いた。ロアは、震えないようきつくスカートを握って黙るクーデリカを悲しげに見て、吐息した。


「腐りきった帝国貴族たち全員を相手にして、矢面に立って、それでも口さがない者たちからは罵倒されて辛く当たられて。本当にどれだけ傷ついて、歯を食いしばって、敵味方のせいで何度死にかけたかもわからないのにね。それを解っていて旗頭になったあなたもあなただよ、クー」


クーデリカがはっと顔を上げて、ロアを見た。


「あなたはバカだよ、クーデリカ。そんな面倒なもの一人で背負う必要なかったのに、いいように利用されるってわかっていたのに」


静かに怒るロアに、クーデリカが嬉しそうに微笑む。


「ロアなら止めてくれたかしら?」

「当たり前でしょ。そんなバカなことしようとしてるなら、全力で怒って止めたよ! 私がその場にいたら、薬使うか殴って気絶させてでもそんな奴等から逃げた。でもクーは笑って、私を振り払って行くんでしょ」


不機嫌なロアに、クーデリカは花のように楽しそうに笑った。まるで欲しいものを手に入れたように。


「そうね。あなたはそれを見越してどうにかわたくしを行かせまいとするだろうから、その企みをかわして、わたくしがあなたを逃がすのよ」

「そこに私がいても、本当にそうなりそうでムカつく。クーのこと恨んで怒って、一生忘れない。きっと周りがあなたを賞賛して讃えても、私はそんな事しないから」

「ふふふっ。本当ね。もし五百年前にあなたがいたら……いいえ、こうして会えて感謝しているわ」


静かに微笑む最後の皇女を見て、ルースが問いかけた。


「本当に未来が見たくて、魂になってもこの世界にいたのか? どうして今、目覚めた?」

「本当よ。自分のした事の結果を見たかったの。あの時、ウィンと賢者の一族以外、誰もわたくしが生きる事を望んでなかったわ。それでも生きたいなら生きればよかったのに、わたくしは疲れてしまったの。

家族を殺されて、もちろん自業自得ではあったけれど、それでもわたくしにとっては、大切な優しい家族だったわ。でも色々あって生きている事に、ほとほと疲れてしまったの。そんなわたくしにも憧れというか、願いがあったの」

「それは?」

「普通の女の子として、過ごしてみたかったのよ。ただのわたくしとして。友人も欲しかったわ。いっしょに怒って笑って泣いてくれる人。そして、わたくしがした事の結果、また民衆が苦しんでいるのなら、どうにかしなければいけないと思ったの」

「そんな事まで責任持っていたら、キリがないよ」


ロアの言葉に、クーデリカは曖昧に微笑む。


「でも半分はわたくし自身のためよ? ロアのお陰でその願いも叶ったわ。あなたが受け入れてくれたから、普通の女の子として普通の生活を体験できたもの。さっきみたいに友人のように叱って、わたくしを思ってくれたわ。わたくしの事を理解して……わたくしは初めてあなたに辛いと弱音を吐けたの。

贅沢を言うのなら、生きてる時に誰かにそんな事しなくていいと止めてほしかったわ。誰か一人でもいいから、死なないで生きていてほしいと民に止めてほしかったわ。でも、それもいいの。ロアに会えて、あなたはわたくしを知って覚えていてくれた。一緒に泣いてくれた。それだけでわたくしは救われて、あの時、革命を起こして、今があって良かったと思えたもの」


クーデリカが涙を流す。ロアを見て、申し訳なさそうに、痛みを堪えるように微笑んだ。


「勝手に巻き込んでごめんなさいね。私の追体験を無理やりさせたわ。怪我したわ、痛い思いもさせた。毒にも蝕まれた、心ないたくさんの言葉を、視線を浴びせられたわ。たくさんの屍と血を見せた、阿鼻叫喚の地獄絵図も、人の焼ける臭いも、どれもあなたに関係のないことなのに、わたくしがあなたの中に入ったばかりに、幼いあなたにその感覚を共有させたわ。あなたは毎日泣いて目を覚ましたのに。でも拒絶しないで受け入れてくれて、ありがとう」


クーデリカが深く頭を下げた。ロアが困惑した。そのロアを信じられないものでも見るように、ジェナスが驚愕していた。


「……お前、あれを見ても平気だったのか。自我が強くて荒事に多少慣れていた俺でも、革命の時のウィンを拒絶したのに。あんな体験をして、よく正気を保てたな」

「ジェナスはウィンを受け入れてないの?」


ロアの疑問に、ジェナスが息を飲んだ。思わずクーデリカに視線を向けた。


「え、お前まさか。今まで忘れていたのに、無理やり体験させられて、自分の体を勝手に使われていたのに全部受け入れてるのか?」

「ええ、ロアは拒絶しなかったわ。ごく自然に受け入れてくれたの」

「それって普通でしょ? ジェナスは違うの?」

「当たり前だろ。自分の中に違う人間が勝手に同居してきたんだぞ。自分の中に違和感というか、異物が混じった感じがするだろ。乗っ取られたら怖いと思うだろ。子供の柔軟性で受け入れるにも限度がある。俺はあの革命の体験は断固拒否したぞ。乗っ取られるのも嫌だから、主導権は寝ていても渡さねぇ。それはウィンも承知している」

「まぁ、人によって色々あるよね」

「それで簡単に済ませられるのはお前だけだ。ロア、お前バカだろ? もしくは愚鈍で、自分への執着がないのか?」

「ど変態に失礼な事言われた。ていうか、私はジェナスの感覚こそよく分からない。別に怖くも何もないよ。確かにあの経験は気分悪いし、悲しかったし、痛かったし、辛かったし、殺意も絶望も何度も味わったけど━━私は何も喪ってないんだよ。失ったのも当時全ての代償を支払ったのもクーたちだよ。そのお陰で今があるんだから。あの地獄があって、人は今まで生きてこられたんだよ。どうして歴史の真実から目を背けるの? 今こうしていられるのはその歴史があるからなのに、嫌悪して知らないじゃクーたちに失礼でしょ」


しん、と部屋が静まり返って、呆気に取られたように自分を見つめる面々を、ロアは不思議そうに見回した。


「……………全部、感情が駄々漏れでプライバシーがなくても平気なのか?」

「ね、まさかのゼロ距離ストーカーがいたとはね」

「いや、そこでボケをかますな?」

「かましてない。それに隠そうと思えば、お互いの深い感情を相手に気取らせないことも出来るよ。相手に見せたくない、知られたくないことなら、相手に深い眠りについてもらうか、強制的に眠らせることも、情報を伝えないようにすることも出来るよ。━━それは体本来の持ち主にしか出来ないけど」

「マジかよ! って、皇女様も驚いてるけど!?」

「本当なの、ロア? わたくし初めて知ったわ。精神干渉系の魔法はなかなかないし、有っても効果が薄いのものなのに」

「何言ってるの。魔法でも何でもないよ。ただ単に自分の心に壁作ればいいでしょ。だって、私の魂の方が━━…ああ、そっか。だから別に怖くないし、乗っ取りの心配もしてないのかな」


ロアが一人で考え込む。それを怪訝そうに見ていたが、話が進まないとクリスが咳払いをした。


「何はともあれ、ロア。正確にはクーデリカ皇女殿下の力を使えば、あなたは魔法師長並みの力を、もしかすると、歴代の中でも最高峰の力を使えますね?」

「恐らくそうですね。クーはどう思う?」

「出来ると思うよ。ただし、限界はあるけれど」


クーデリカの言葉にルースたちが反応した。


「どういうことだ?」

「魂だけの存在だって話したでしょう。器がなかったり、拒絶されれば簡単に死ぬ存在。正に風前の灯火の命ってことよ。膨大な魔力を持っていても、留めおく自分の体と回復機能がないの。使えば使った分、力を削ってわたくしの存在も儚くなっていくわ。後は生者に死人が憑いている状態だから、本来の自分の物とは違う体を操るために表に出る分、力も消耗しているのよ」

「つまり、あなたが出て来て魔法を使えば使うほど、あなたは消えていく。大魔法を使えば極端に弱まり、表に出て魔法を使える回数が減っていくと…。━━ちなみに、どのくらい保ちますか?」


無神経だが的確な質問に、クーデリカは屈託なく答えた。


「だましだましで三年くらいかしら? 確実なのは二年くらいってところね」


クーデリカが悩む男性陣を見ていると、視線を感じた。咎めるような眉間に皺を作って難しい顔をしているロアを横目で見て、困ったように笑う。それでも自分を案じてくれているのが解るから、心がくすぐったいほど暖かくなる。━━あの時は、誰も自分が消えることを惜しんでくれなかったから。


師や護衛は惜しんでくれたが、心のどこかでは仕方のないと思っていた。あの世界を知っていたからこそ、そう思わずにはいられない。クーデリカ自身がそうだったから。そうでなければ、クーデリカを巡って陰謀が渦巻き、回りを巻き込んでまた血が流れた。うんざりしたのだ。命を狙われ続けることにも、罵詈雑言と蔑視を浴びせられることにも、自分を飾りの王にしようとすることにも、薬漬けにして人形のように魔法を使う存在になることも嫌だった。だが畏怖しても、人は欲しがる。どこに逃げても周囲を巻き込んでクーデリカを追ってくる。逃れるのは死しかなかった。


「ではこうしている今も、力を削っているのですか?」

「いいえ。最初に言っていたでしょう。この魔法はロアが自分の力でやっているのよ。だから魔力の負担は全てロア。わたくしの力は全く削られていないわ。恐らく記憶を取り戻して気づいたのでしょう。わたくしがどうすれば早くロアの中からいなくなるのか。だから、なるべくわたくしの負担にならないようにした。

先程の戦闘の時もそうね。それまでは無理に封印を解いて体を使わせて貰っていたけど、あの時は限界までロア自身の存在を小さくして、わたくしに体を明け渡した。お陰でそんなに力を使わずに、楽に体を動かせたわ。今も、わたくしが消えないようにロアの魂がわたくしを包むようにして守っているのよ」


ルースたちが目を丸くして、ジェナスが呆れたように息を吐いた。クーデリカはくすくすと軽やかに笑う。


「本当に自分の懐に入れた人間には甘いのよね。わたくしが同情をひいて体を乗っ取ったらどうするのよ」

「もちろん取り返すよ。だって生きている私の方が魂の力が強いからね。だから怖くないし、乗っ取りの心配もしてないの。むしろクーが力を暴走させたら、私が止めてあげるよ」

「ふふふっ、わたくしの負けね。そうね、もし万が一の時はお願いするわ」


「やっぱりお前バカだろ?」と、ジェナスが苦くそれでいてどこか羨ましそうに笑った。ロアは聞こえない振りをして、笑うクーデリカを慈しむように見ていた。


「話を戻します。皇女殿下、先程ルースの質問に一つまだ答えてませんでしたよね。━━あなたは何故今、目覚めたのですか?」

「具体的にいつ頃目覚めるとは決めていなかったわ。ただ眠りにつく前、希望を聞かれた時に思ったのは、また国が崩壊する前に起きたいと思ったわ。まだ間に合うのなら、今度こそわたくしは国を守りたいの。でも民衆にとって害にしかならない国であれば、わたくしが引導を渡そうと思っていたわ。そうしたら、正に当たりね。三国に狙われ、民衆は反乱組織を作り始めていたから。でも反乱軍はなくて、人も愚痴と不満はあるけど、まだ大丈夫そうだった。だから、反乱組織のあちこちを回って情報収集していたのよ。それによって国を守るか、民衆を守るか決めるつもりだったの」

「それでは、わたしども国側について力を貸して下さいませんか? 三年、いえ二年で構いません。魔法師長の座についてほしいのです。その間に、魔法師長がいなくても大丈夫なように新しい体制を作ります」


クリスと共にルースも、カインも、エリーも、ジェナスも頭を下げた。


「わたくしは構わないわ。あなたたちはまだ挽回できるもの」


全員の視線がロアに集まる。クーデリカが無邪気な笑顔で勧誘した。きらきらと海色の目で無表情の少女を見上げる。


「ロア、別に構わないでしょう? それに魔法師長って凄い役職よ。様々な魔法の研究から、魔法の事件、軍では作戦立案、指揮も任されて王族にも議会にも意見を言える宰相と同じ立場よ。もちろん、お給料も他とは比べるべくもないわ。誰もが羨む出世街道よ!」


ロア以外の全員がうんうんと頷いた。


「だからロア。━━わたくしと一緒に一旗上げましょう?」


クーデリカが手を差し出す。全員がロアに注目していた。答えを求められたロアは。


「え、嫌だよ。そんな面倒な事、お断りします。そもそも私は菓子職人なの。今回は母の件があったから力を貸したけど、基本的に自分の力じゃどうにもならない大事に手を出す気は更々ないの」

「え、ええ? ロア!?」

「いくらクーが力を貸すと言っても私の力じゃないし、自分の力以外はあまり宛にしないことにしてるの」


全員がぽかんと呆けたように口を開けた。

ロアはどこ吹く風の、涼しい表情で視線を受け流した。









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