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一旗揚げましょう?  作者: 早雪
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20,

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赤だった。

また視界全てが赤に染まる。覆い尽くされる。

悲しみと絶望と恐怖と狂気を孕んだ赤。

赤がいつだって何もかも奪っていく。

急いでどうにかしなければ、また喪失してしまう。

その前に、何とかしなければ━━。



沸き上がってきたのは、そんな感情。



***



ロアは恐怖か絶望か、混乱したままなのに体はガタガタ震えていた。その場に腰が抜けたように座り込みそうになるのを、ルースが支えていた。


「ロア、大丈夫だ! 三人とも生きている! ギリギリで魔法が間に合った」


力強い言葉に、ロアは震える足に力を込めて、池の辺りから水を被って出てきた姿を見て、少し安堵した。

クレアは気を失っているようだが、ジェナスとエリーはしっかり立ち上がり、ロアとルースの前に立つ三人の男たちを警戒しながら、こちらに移動してくる。


その間にも別の場所で爆音が響き、男たちの背後でも先程の爆発で燃え広がった炎が、草や木を灰に変えていく。

その赤にロアは魅入られたように、動けない。視線も赤しか見ていない。

呼吸が荒く乱れていくのを、ルースが気遣わしげに一瞥するが、眼前の三人を警戒する事に集中した。

力が足りずに弱くなっていたとはいえ、結界の張られた壁を壊した魔法の使い手だ。自然と身構える。


「おや、何と都合がいい。目的の人物と王太子がいらっしゃるとは、日頃の行いの賜物ですかね」


掌に赤い炎を浮かべた黒髪に灰色の目の男が、さして嬉しくも無さそうに口を開いた。あっさり上手くいって、拍子抜けと言わんばかりに余裕な態度だ。

痩身で隙のない立ち姿。眼鏡のブリッジを押し上げて、瓦礫が散乱し辺りの草木が無惨にも燃える様子を睥睨へいげいした。

その灰色の瞳が、ジェナスを捉えて見開かれた。それにジェナスも気付いたようだ。皮肉げに片側の口端が吊り上げられた。

お目付け役の右腕に向かい、不遜に微笑む。


「よぉゲルダ。何をそんなに驚いている」

「な、なぜ……仕事で地方に行っているはずでは」

「お前らが面白そうなことをするらしいから、行ったふりしたんだよ。それで俺の専属菓子職人の母親にまで手を出そうってんで匿ってた。まさか見つかって、ここまで追いかけられるとは思ってなかったぜ」

「━━!? あなたがっ、邪魔を!!」


ニヤニヤ笑う主をゲルダが憎々しげに睨んだ。掌の炎が大きくなり、ジェナスに向かって行く。ジェナスが迎え撃とうと池の水を玉にすると、炎が眼前で弾けて飛び散った。エリーが咄嗟に庇うようにクレアに覆い被さる。


「うっ!」

「エリー!!」


ジェナスが血相を変えて側にしゃがみこみ、焼かれた背中を見て顔色を変えた。

その様子を見て、ゲルダが歪な笑みを浮かべる。


「ジェナス!!」


ルースが注意を促すが、僅かに反応が遅れてジェナスのそばで小爆発が起きた。ジェナスもエリーも軽く吹き飛ばされた。意識はあるが、起き上がれないようだ。


一方でルースもロアと自分の身を守るのに、手一杯だった。風の刃を土の壁で防ぎ、水の弾丸を風で払う。


「やるねぇ~。さすがは王子様。腐っても王族だから強いね~」


手に水球を浮かべた焦げ茶の髪と目の男が、飄々と言った。その隣では風を纏った赤髪の男が投げつけられた礫を、風で粉砕する。


「へぇ、やるなあんた。あの大爆発から間一髪で三人を守って、オレらの攻撃を防いで反撃まで。それでこそ戦い甲斐があるってもんだ!」

「だね! それも複数の属性を使えるとか、遊び相手として申し分ないし~」

「真面目にやりなさい。目的はロアですよ。彼女を連れ帰ることが優先です。ロア、こちらに来なさい」


ゲルダの言葉にロアの体がビクリと反応した。その場に座り込み、胸を押さえて過呼吸を繰り返している。視線が母やエリー、ジェナスとさ迷い、未だ赤々と燃える回りの草木に移る。


「折角ここまで来てくれたんだ。簡単に逃がすか」


三対一だというのに、ルースは不敵に笑って見せた。その三人の背後からは騒がしい足音と共に、クリスとカイン、青髪の少年が駆け寄ってきていた。


「ハルカス、あなただけですか? サルマは」


ゲルダが青髪の少年に声をかけるが、彼は水の刃を三人の侵入者に放ってきた。三人が回避する。


「ちょっとハルくーん、どこに攻撃してるの。こっちじゃなくて……ふ~ん、そういうこと。きみもリーダーと同じく、そっちがわの人間だったんだ~」

「ははっ、オレらはまんまとおびき寄せられたってわけかよ! 通りで警備が手薄なわけだ! コレじゃサルマはとっくに捕まってんな」

「最悪ですね。まさかミイラ取りがミイラになるとは! ですが、まだ捕まりませんよ!」


ゲルダが指を鳴らすと、草木を燃やしていた一部の炎が数匹の蛇に姿を変え、全員に一斉に襲いかかった。

それぞれが簡単に振り払い、消滅させ、弾き飛ばす。だが、ルース一人で自身を含めた五人を守るのが精一杯で、次の動きが遅れた。


ゲルダは炎の蛇を放ってすぐに、倒れ伏すクレアに駆け寄っていた。左手に炎を、右手の短剣をクレアに向けている。


ただし、その時には崩れた城壁の向こうに兵が集まり、退路が塞がれていた。

張り詰めた空気が支配した。誰も動けない。


ルースが視線を動かしながら、状況を冷静に把握しようと努めた。そして勝手に渦中に巻き込まれた、自分の前で座り込んでいる少女の背中を見つめ━━違和感を覚えて、眉根を寄せた。

傍目にも震えていたのに、それがおさまっていた。


「ロア、母親が大事ならこちらへ。殿下方も道を開けてください。さぁロア、早くこちらへ来なさい」


ゲルダがクレアを肩に担いで、池の辺りから崩壊した城壁に近づく。そこに二人の男も合流した。

クリスとカイン、ハルカス少年が、三人を囲むようにルースの側に寄る。

呻きながらもゆっくりと起き上がったジェナスがエリーを抱えながら、ルースとロアの元に歩いてきた。


「ロア、早くしなさい。それとも動けないのですか?」


苛立ったゲルダが強い口調で促した。焦げ茶の髪と目の男が、つまらなさそうに動かないロアを一瞥する。


「もうさ~、置いていっちゃおうよ。そもそもその子本当にあの魔法師な訳? さっきから拍子抜けなんだけど」

「だよな。つまんねー。あ、そうだ。こういうのどうだ? この母親を助けたければ、今ここで何か魔法使って、王子でも裏切り者のリーダーでもいいから、傷つけろよ」

「それいいね~! 楽しそうっ!」


赤髪の男が楽しそうに笑って、取り出したナイフをクレアに向けた。ぐったりして動かないクレアの左腕を取って、ナイフを近づける。

ルースが口を開こうとすると。


「━━ふふっ」


場にそぐわない軽い笑い声が響いた。

ルースたちもゲルダたちも、空耳かと不思議そうな表情を一瞬、浮かべた。


「ふふふっ、あははははっ! 何かしら、この茶番劇は。『場合によっては革命も辞さないが、なるべくなら民に負担のない改革をしたい』そう言っておきながら、一般の民に刃を向けて従えと脅すのがあなたたちのやり方なのね。結局、組織レイヴンも他の反乱組織と大差ないわね。尤も、今回は事情があるようだし、そちらはそちらで独断で動いているようだけど」


ロアがスッと立ち上がり、髪を後ろに払った。

こんな状況だというのに黒曜石の双眸は輝き、表情は楽しげな満面の笑み。興奮に頬を染め、悩ましげな吐息をこぼした。


「━━はぁ。漸くね。完全に出てこられたわ」


ゲルダが眉間の皺をきつくした。


「何を言っているんです? 早くこちらに来なさい」

「━━うふふ、フザケンナ?」


にっこり笑ったロアから、威圧感を感じてルースたちが振り返る。

衝撃波が駆け抜けたと思ったら、背後で大きな音と一緒に呻き声がした。

再度ルースやクリスが振り返って、壁に背中を叩きつけられた三人の侵入者を見た。

クレアがふわりとロアの元に降ろされた。すかさずロアがしゃがみこんで、状態を確認する。クレアの服が乾いた。


「こっの! ふざけやが━━ぐごぉ!!」


赤髪の男が動こうとして、空気圧に押し潰されたように、大地にのめり込んだ。ピクピクと痙攣けいれんして動かなくなる。


ロアは見向きもせずにジェナスとエリーの傍らに膝をつく。


「……ロア、様…もうしわけ……」

「喋らないで。エリー、クレアを守ってくれてありがとう。あなたがいてくれてよかったわ」


ロアは微笑みながら、エリーの背中に右手をかざした。

淡く光り、エリーの焼け爛れた背中が綺麗に治った。魔法医師も驚きの施術だ。次いで、ジェナスも治療した。

二人の濡れた服を乾かしている間にも、焦げ茶の髪と目の男が水の蛇を数匹放つが、簡単に風に巻き上げられて水の塊に戻された。


その光景に周囲は目を丸くしっぱなしだが、やっているであろう本人は気にした風もなく、池の水も使って辺りの消火活動に勤しむ。


あっさり魔法のコントロールを奪われて唖然とする男を、土から生えた瓦礫混じりの拳が数度打ち付け、男が地面に倒れ伏した。


ロアは立ち上がって、指を鳴らす。見えていた外側の景色が消えて、崩壊した城壁が元に戻っていた。

声も出せないほど、その場の全員が驚愕を顔に張り付けていた。

一体どれ程魔力量が多いのか。先程から大技を幾つも使っているのに本人はけろりとしている。


そのロアは愕然としているゲルダの前に立って、微笑んだ。

ゲルダが息を飲んで自分の回りに炎を浮かべたが、ロアの背後の池から飛んできた水球に全て消された。ついでにゲルダの顔面にも命中して、眼鏡が壊された。

ロアが人差し指に電気を纏わせた。バチっと音がして、ゲルダが気絶し倒れる。


終わったとばかりにロアが両腕を上げて大きく伸びをして━━膝から力が抜けたように座り込んだ。


「ロア!?」


ルースが駆け寄る。クリスとカイン、ジェナスとエリーも不安げに近寄った。


「あー、目覚めたばかりで無理しちゃった反動かしら。とりあえず、後はお任せするわ。わたくしとロアは疲れたから眠るけど、クレアのことはくれぐれもよろしくお願いするわ。何かあったらこの城を壊すわよ」


物騒な言葉に顔色を悪くしながらも、ルースが当惑した。


「心配しないで。起きたらロアが説明してくれるわ。わたくしのことを覚えていないということは、もうないわ。カルマンの施した封印も解けて、きっと全て思い出しているはずよ」


体から力が抜けて、目蓋を閉ざそうとする少女にルースが問いかけた。


「あなたの名前は?」

「━━クーデリカ」


ロアの顔なのに、淡々とした彼女とは違い、生き生きとした表情を見せる別人━━クーデリカが微笑んだ。


その名前にルースが瞠目した。

何に気付いて反応したのかわかった少女が、切なそうに苦笑した。

そして、彼女は意識を手放した。

後に残された面々は戸惑ったように、ルースを見て指示を待つ。


「カインはそこの反逆者三人を捕らえて牢へ。クリスは被害状況の把握と報告、修理等が必要なら手配を。エリーはロアの部屋の他にもう一部屋用意。既に頼んで置いたから、ロアの隣室に用意されているはずだ。ハルカスは陛下に詳細の報告を。ジェナスはクレアを運べ」


指示を受けた面々が、各自動き出す。ルースもロアを抱えて、歩き出した。








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