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一旗揚げましょう?  作者: 早雪
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2.今朝の出来事


「この部屋で暫く待っててくれ。後で人が呼びに来る」


城門を抜けて馬車を下り、ロアがこれからどうなるのかとぼんやりしながら黒服の騎士の後について歩いていると、青年騎士が一つの部屋の前で足を止めて声をかけた。


しょんぼり歩いていたロアは、ようやく顔をあげて案内した青髪の騎士を見上げた。迎えに来た五人の騎士の中で一番若いのに、隊長なのか他の騎士たちに指示を出していた二十代半ばの青年。四人は彼の指示によく従い、ここまでロアを連れてきた。


「……お疲れ様でした」


訴えを無視して連れてこられたのに、ありがとうというのも変な気がして、ロアは仕事ぶりを労い、会釈する。促されるままに部屋へ足を踏み入れると、背後でドアが閉ざされた。


(ここまで来たなら仕方ない。とっとと話を終わらせて、反乱組織とは関わりないと言って、速やかに帰ろう)


一つ息を吐いて部屋を見回す。

六畳ほどの部屋は丸テーブルに椅子が三脚あるだけだ。とりあえず席についたロアは、壁に掛かっている花が挿された花瓶の絵を見るとはなしに眺めた。


それにしても、何で自分はここにいるのか。反乱分子と関わりなんてない。今日だっていつも通りの毎日だった。



***



ロアはいつも涙を流しながら、目覚める。

ある時から毎日かかさずに夢を見ているのだ。夢の内容はまちまちのようで楽しい気分の時もあるが、大抵最後には後悔と悲しい気分で目が覚める。そして必ず内容は覚えていない。


ただどんな気持ちだったのかがわかる。小さい頃はよく泣き叫びながら目覚めた。一時は眠るのが怖くて不眠に陥った。その度に、父と母が慰めて一緒に眠ってくれた。


今日も目か覚めると、ロアの頬を一筋の涙が伝った。

いつものことなので特に気にせず袖で拭う。気になるのは、最近妙に気だるい。ぐっすり寝ているはずなのに。


「疲れているのかなぁ。それとも体調が悪いのかな…」


一体いつ帰ってきたのかも曖昧な日々が続いている。そして泥のように眠る毎日が、半年前からの日常になっていた。


時計塔の鐘が五つ鳴った。

ロアはベッドから起きて着替えを持つと、一階に下りてお風呂場へ。さっと洗って着替え、台所で朝食の支度を始める。

手早く済ませると次は溜まった洗濯物を洗った。洗濯をしない日は、繕い物や新しいレシピを考えたり、少し寝たりする。


時計塔の鐘が六つ鳴って六時過ぎると、母がゆっくり二階から下りて来たので、二人で朝食を食べた。

その後は洗い物を母に任せて、七時になる前に家を出た。


(やっぱりいつも通りだよね)

ここまで思い返しても、変わったことなどない。


午前七時になる前に菓子屋『ヘンゼル』に出勤したロアは、調理場で手を洗って竈を温め、定番のクッキーやマドレーヌ、野菜のケーキといったお菓子を数品作る。

不景気で物価が上昇し、贅沢な物だと菓子を買う人が減っているのでたくさん作っても余るのだ。五、六品を十個分ーー日保ちする焼き菓子を中心に用意して、包装する。それをカウンター横のショーケースに並べ終えると九時半を過ぎた。

洗い物を片付けると十時少し前で、ロアは店内の掃除を軽くして

オープンの看板を出し、店先の玄関を掃いていると、鐘が十鳴った。

店内に戻り、テーブル席を吹き終わると同時に、店のドアが開き、ベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」


顔を向けると、三ヶ月前から毎日欠かさず通い、すっかり常連客となった緑髪の青年。琥珀色の目を細めて、人懐こい笑顔を浮かべる。噂ではこの笑顔に虜になる女性が多いらしい。歳は二十三歳と将来有望で見目もいい。国内外に流通を持つ、この国で三本指に入る大商人グウィン家の御曹司ジェナスだった。


「おはよう、ロア。今日もいつもの頼む」

「……今日もありがとうございます」

「はは、ここのお菓子はうまいから。ここの食べないと一日が始まらないんだ。なんかもう俺専用の菓子店って感じだな」


ロアはにっこり笑ってカウンター内へ戻った。

ここ三ヶ月で定番になった彼専用のお菓子を袋に詰めていく。その様子をにやにや上機嫌に見てくるのにも慣れた。営業スマイルを張り付けて、菓子を詰め終わると次に紙コップにコーヒーを準備した。


「お待たせいたしました。いつもの明後日で期限切れになるお菓子と今日作られたお菓子全種類、半分ずつ。テイクアウトのブラックコーヒーです。ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


営業スマイルで押しきって、さっさとお帰り願う。カウンターには、いつもの金額で金貨四枚と銀貨一枚が置いてあった。その隣に菓子詰めの袋とコーヒーを置くが、ジェナスは手に取らない。


それどころか、カウンター前に椅子を持ってきていて、座っていた。コーヒーを一口飲んで、口を開く。


「ロア、そろそろ首を縦に振らないか。俺んちの経営下に入るか俺専用の菓子職人になるか。さすがに店の維持費や経営が苦しいだろ。だから」

「お断りします。いい加減しつこいですよ、お客様。さっさと帰って下さい」

「冷たいな~。俺が毎日買っているから今でもどうにかやっていけてるんだろ。誰もいないし話しても問題ないし、もう少し笑顔で感謝を」

「わかりました。今日から買わなくて結構です。明日から永遠に来ないで下さい。客じゃないなら営業妨害です。ついでに永遠にはげろ」


営業スマイルも消して、淡々と冷ややかな視線を浴びせかけた。ジェナスの顔が強ばり、人懐こいと評判の笑顔も消えた。かわりにむすっとした顔で、長い足を組んでコーヒーを飲む。


「お前バカだろ。今時こんないい条件はあり得ねぇし、頷けば毎日好きな菓子作りたい放題だぞ。貴重な材料も手に入るし、夜に居酒屋で働かなくていい給金も入るし、いいこと尽くしだろ」


「何でそこまでするのかわからない。裏があるとか怖すぎて、関わりたくない。まだ命は惜しいもの」


「人の親切をよくそこまで貶せるな。寛大な俺じゃなかったらこの店潰されるぞ。そんなに理由がほしいなら作ってやるよ。お前(のお菓子)が好きだ。だから側にいて(菓子を作って)くれ。この理由で納得しただろう」


「理由を作ってる時点で本心じゃないでしょ。そんな信用できない人のもとで働くなんて、神経極太で、外道、非道、腹黒、凶悪、凶暴という面の皮が五枚くらいないと無理ね。私にはどうあがいても出来そうにないわ」


「……しれっと嘘つくな? そんな謙遜しなくても、お前の厚い顔面に敵う奴はなかなかいねぇよ。こんな優良物件に口説かれて、毎日言い寄られてんのに、舞い上がるどころか心底嫌そうに貶すって……十七の娘なのに随分枯れてんな」


「そんな評価の低い私に言い寄るなんて、目が節穴なんですねー。残念な御曹司おぼっちゃん。あと二年くらい毎日口説くなら根負けして少しはその話を信用してあげます」


「ナニその拷問。しかも承諾するどころか少し信用するだけって、何でそんな上から目線なんだよ」


ジェナスが疲れたように肩を落とした。カウンターに突っ伏して「この女本当に面倒くさくて嫌だ」と呟いている。そっくりそのまま返したいが、ここで喚かれても迷惑なのでロアは口をつぐんだ。


涼しげなベルが鳴り、来客を知らせた。入ってきたのは黒髪に灰色の細い目の痩身そうしんの男。眼鏡の奥で冷たくロアを一瞥いちべつして、ジェナスを呆れたように見やる。


「またこんな所に…。油を売ってないで帰りますよ。やることが山積みなんです。さっさと働いてください」

ジェナスのお目付け役兼秘書は、主の首根っこを掴んでカウンターの袋を持つと引きずって歩き出す。ジェナスが何か言いかけたが、コーヒーを手におとなしく店を出ていった。


ロアは代金をしまうと椅子を片付けて、明日、店頭に並べるお菓子を考える。すると、ドアベルが再度鳴って、振り替えると黒服の騎士たちがいた。



***



「……もしかしなくても、反乱組織と関わりのある人物ってあの坊っちゃん?」


毎日来店しては、ロアをからかってくる青年。時折、見知った街の人も客として来るが、ジェナス程ではない。


眉間に皺を寄せて首を捻ると、ノック音がした。答える間もなくドアが開いて、銀髪を一つに括った美貌の青年が顔を出す。疲れた様子が色気を醸し出していて、男女関係なく目の毒美人だなと思う。

何の感情も映さない紫の瞳と視線がかち合った。


「ーーお待たせしました。話があるので、わたしの後について来て下さい」


用件を告げた青年は服の裾と銀髪を翻して、ついてくるのは当然とばかりに歩き始めた。

ロアが廊下に出ると、ドアいつの間にか兵士が立っていた。無言で会釈して兵の前を通り、少し離れて美青年の後をついていく。

貴族らしい態度に嘆息しつつ、男にでも襲われれば面白いのにと不敬なことを考えた。








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