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一旗揚げましょう?  作者: 早雪
18/38

18,

長いです。

誤字修正しました。内容に変更ありません。





出会いは偶然だった━━。


その日は建国祭で、旅人や観光客も多く、王都リンゼルは盛大に飾り付けられ、晴れ渡る空に花吹雪が舞っていた。

大通りは人でごった返し、喧騒で隣を歩く人の声もまともに聞こえない。それでも、行き交う人々みなが笑顔だ。

大通りから離れれば、多少は人混みも緩和されるが、人も露店も常になく活気づいていた。


六歳のロアはその日、店の手伝いをしていたが、急遽、ケーキを現在あるだけ持ってきてほしいと知り合いの喫茶店に頼まれ、配達に出ていた。

ありがたいことに父の店もいつも以上に繁盛していて、特に店先に出した、小分けの焼き菓子が飛ぶように売れていた。

ケーキ等もいつもよりは出ているが、それでもこの賑わいの中では手が塞がり荷物になるので、手が汚れず簡単に持ち運びできる小分けの焼き菓子の方が人気が高い。

多めに焼いたケーキが残るか少し不安だったものの、この配達で既に完売に近い。


配達後、ロアは晴れやかな気分で人混みをすり抜け、人の多さに多少遠回りしつつも、店に戻ろうとしていた。

あと二つ通りを抜ければ、見慣れた店につくという路地から通りに出たところで、目の前をふらふらと歩く人影が通り過ぎた。

ぶつかりそうになって、立ち止まる。

灰白色の外套を纏った相手は気づかずに、すっぽり覆ったフード姿のまま、物珍しげにキョロキョロと辺りを見ながら、頼りない足取りで歩いている。


その後ろ姿を見ながら、ロアは大丈夫だろうかと心配していると。子供の笑い声がして、脇道から出てきた少年たちが件の人にぶつかった。

その人は子供と共に倒れ、起き上がらない。一方で子供たちの先頭を走っていた少年が素早く立ち上がり、擦りむいた腕をさする。ぶつかった人を憎々しげに見やり、倒れたときに散らばった荷物を見た。


「しっかり前見て歩け、怪我したじゃないか。慰謝料として、これ貰っていくからな!」


地面に転がっている琥珀の石を手にして、ガキ大将とその取り巻きの少年たちが走り去っていく。

ロアは呆れた。

確かどこかの商家のお坊ちゃんだったはず。育ちがいいはずなのに、追い剥ぎ紛いの真似事をするのも、どうかと思う。

とりあえず、ようやく動き始めた人に近づき、散らばった小物を拾った。

ハンカチに財布に靴下に本。他にはと辺りを見て、八角形の漆黒の石が目についた。

手を伸ばして、それも拾う。

立ち上がって、外套の砂埃を払う人に近づいた。


「大丈夫ですか? これ拾ったので確認してください。さっきの子が黄色の石を持っていっちゃいましたけど、他になくなったものはありますか?」


拾った物を差し出しながら、青年を見上げた。身長が高い為、空を見上げるように首をそらす。


「ああ、ありがとう」


ロアは軽く目を瞠った。

年齢は二十歳過ぎくらいだろう。襟足の長い白髪、瞳は柔らかな金色で、この辺では滅多にお目にかかれない美形。

純粋に、きれいだと思った。


青年がしゃがんで、目線をロアに合わせた。ハンカチや財布、靴下を受け取って鞄にしまいながら、最期にロアの小さな掌にのっている黒い石を見て、ふと顔を上げた。正面から視線がぶつかる。


「きみ……」

「?」


ロアはこてんと首を傾げた。

まじまじと見つめられて困ったのと、石をなかなか受け取ってくれなくて焦れたので、ロアは強引に青年の手に石を押し付けた。


「琥珀の石を取り戻したいのなら、見回りしている憲兵に頼んでみてください」

「え、ああ、大丈夫だよ。あれには一定以上ぼくから離れると、この袋に戻ってくる魔法がかけられているから」


青年が黒い石を入れようと小さな布袋を開いて逆さに振ると、琥珀の石が出てきた。「ね?」と微笑する青年を、今度はロアが穴が空きそうな程見つめた。


「あれ? こっちもいなくなってる…」


琥珀の石を見て呟かれた言葉に、ロアが困った。


「まだ何か無いものがあるんですか?」

「いや、大丈夫だよ。それにしても、今日はいい日だな」


にこにこご機嫌な青年に戸惑いつつ、ロアはぺこりと頭を下げた。


「それでは失礼します。次はぶつからないように気をつけてくださいね」


そのまま立ち去ろうとすると、くいっと手を掴まれた。振り返ると、青年が微笑んでいる。


「ちょっとお願いがあって、宿屋に連れていってほしいんだ。通りで見つけた宿はどこも満室で困っていて」


同情するよりも呆れた。

このお祭り騒ぎの中では、常識的に考えて当然だろう。毎年のことで、旅人も観光客もそれを知っている。それを見越して、事前に予約しておくか、知り合いの家に厄介になるか、時期をずらすかするのだ。


「あの、宿はどこも満室で取れないと思いますよ」


青年が不思議そうな顔をした。

ロアはどうして混んでいるか、宿か取れないことを話す。


「それは困ったな」


さして困ってもなさそうに青年が言った。


「郊外の方ならまだ宿が取れるかもしれません。とりあえずそちらに宿を探して、決まったらまた王都に遊びに来たらどうですか?」

「どうしても王都にいたいんだけど、どこかない?」


困り顔で頼られた。

十年後のロアなら、娼館にでも案内して放置しただろう。もしくは、未亡人とか男慣れした女性でもその綺麗な容姿で引っ掻ければ一発ですよと、助言したかもしれない。

まだ擦れていないロアは、幼女に頼らず大人に頼ってほしかったと思うが、厳しく突き放すことも出来ず、このままではマズイと本能が警鐘を鳴らしていた。


手を引き抜こうと下がりつつ、退路を探す。決して青年の方を見てはいけないと己に言い聞かせて、視線を横に逸らし続けた。


(これは見たら、捨て猫を拾わなくちゃいけなくなるパターンだ)


じりじり後退していると、きゅっと両手を握りしめられ、逸らしていた視界に美麗な顔が入ってきた。

眉が下がり、捨てられた子猫のような庇護欲を掻き立てる表情。女性ならほぼイチコロだろう。


「か、観光案内所に案内するので、そちらで聞いてみてください」

「……ところできみの家は? 甘い香りがするからお菓子屋さんかな」


ロアの肩がびくりと跳ねた。

脳裏に餌付けした捨て猫がついてくる絵図が思い浮かぶ。

きっとここで逃げても、客とした来たとか言って付いてくるんだろう。もしくは一軒一軒、菓子屋でも探すだろうか。


「……お菓子屋です」

「ちょうど甘いものが食べたかったんだ。案内してくれる?」


ロアは観念して、頷いた。

━━その数十分後、断固として拾ってくるんじゃ無かったと怒ることになるのだが。


仕方なしに、ロアは青年を先導した。

歩幅が違うので、どうしても青年が立ち止まることが多く、気にしたロアが駆け足になる。

ちょこまか足元を走る幼女に気づいた青年が、腕に抱き上げた。


突然、高くなった視界に目を丸くすると、秀麗な美貌が艶やかな笑みを浮かべた。

丁度人通りが多い通りに出たところだったので、周囲がどよめき、女性が黄色い声を上げた。

ロアはきょとんと目を瞬かせ、眉間に皺を寄せた。

自分の特異な容姿への反応に慣れているのか、青年が苦笑する。


「そういえばまだ名前を聞いてなかったね。ぼくはアルスマ・カルマン。きみは?」

「ロア。ロア・ノーウェン」

「ロア。ぼくは少しの間きみの先生になりたいと思うんだ。きみのそばで色々なことを教える。魔法や、魔法文字、歴史、各国の文化、今後のきみに役に立ちそうなこと、知っておいた方がいいことをできる限り」


ロアがどう返していいのかわからないと、眉尻を下げた。


「どうして? 私は学校に通ってます」

「でもそこでは、生活に必要な文字や計算、簡単なこの国の歴史と、周辺の国のことしか教えないだろう。ぼくはそれ以外のことを教える。ぼくは色んな事を知っているよ」


傲慢に聞こえそうな言葉なのに気負いもなく告げられ、事実を述べただけなのだと感じた。

言葉通り、ロアを見つめてきた金の瞳には、あらゆる叡知が詰まっているようで、それを自負しているのが窺えた。


「どうしてわたしに教えるんですか?」

「そうだなぁ、きみのことが気に入ったから。きみに出会えたことに感謝してる。きみには今までで一番驚かされたよ」


嬉しそうに楽しそうに、アルスマは目を輝かせ、頬を上気させて、甘く微笑んだ。

年頃の女性が聞いたら、勘違いして喜んでも一概に悪いとは言えないだろう。


話している間に店に着き、外に出した露店に母の姿はなく、熊のように大柄な父、ヘンゼルがいた。

地面に下ろしてもらい、ロアは駆け寄った。

「お帰り」と父が笑い、ロアも「ただいま」と微笑んで配達で貰ってきた代金を渡した。

母の事を尋ねると、残りは露店に出している焼菓子詰め合わせで完売なので、先に家に帰したとのこと。

ヘンゼルは残りを売り切って、明日の支度をして帰るから、このままロアも帰っていいよと言われた。そこで、ふいに父の視線がロアの後ろに向けられる。


ロアが父の視線を追うと、アルスマが会釈した。父も訝しげに返礼する。ロアは観念して、お使いの帰りに何があったのかを話した。


それからアルスマを紹介した。

その後すぐに女性客が三人来たので、アルスマと父から離れて、ロアが接客する。

気になって横目で見ると、アルスマの話を暫く聞いていた父が豪快に笑って、彼の肩を叩いた。

どうやらアルスマの説得で、家で客人として扱うことになりそうだ。


客が捌けると、父がアルスマとをつれて、ロアと向き合った。

「ロア、客人だ。家に案内して、母さんに客室を用意してくれるよう伝えてくれ」

「お世話になります。宜しく、ロア」

「アルは魔法から他のことまで、ロアの家庭教師になってくれるらしい」

「いえ、師匠です」

「だ、そうだ。家に滞在するお礼だから、家庭教師代は無料だと。存分に色んな事を学べよ」


ロアは父とアルスマを見て、嘆息した。

帰り際、お小遣いを貰ったが、急な客人について早く母に知らせた方がいいと思い、真っ直ぐ帰路に着いた。


案内するロアをまたしてもアルスマが、抱き抱えた。

先程も思ったが、細身で中性的なのに、意外に鍛えていて力があるようだ。


家のそばに来ると、ちょうど母が近所のおばさんたちと話を終えて、各々家に戻ろうとしていた。

殆どの人が働きに出ているため、街の賑わいに比べて、住宅街は閑散としている。

ロアは下ろしてもらい、母に駆け寄った。


「お母さん」


母が振り向く。

ロアと同じ黒曜石のような目が優しく細められ、柔和な笑顔が浮かんだ。


「お帰りなさい、ロア」


娘が母親に駆け寄るよりも先に。

アルスマが動いた。長い足のコンパスでロアを追い抜き、母クレアの前で跪く。

母の右手を壊れ物を扱うようにそっと手に取り、金の目に蕩けるような熱を宿して、破顔した。


「━━結婚してください」


母がきょとんとした顔になり、ロアは固まった。

そしてしゃがんで母を見つめながら美辞麗句を並べる不審な旅人を、ロアは横から思い切り蹴り飛ばした。


あっさりアルスマが倒れ、ロアは母を庇うように間に入って、怒りを爆発させた。

こんな奴連れてくるんじゃなかったと、自分にも腹を立てながら、凡そ初めてとも言える激情に、ロアは少し当惑した。


その後、感情を剥き出す娘に驚いた母に宥められ、漸くロアは落ち着いた。

帰宅した父が笑い飛ばして、娘の頭を撫でるまでムカつきは収まらなかった。


後の師匠曰く。

「人生で一番の衝撃と驚きを体感したよ。同じ日に二度もそんな経験するなんて凄いよね」

ロアは淡白に「どうでもいい」と切り捨てたが。



***



ロアから賢者の一族と思しき、アルスマ・カルマンの話を聞き、小会議室は何とも言えない沈黙に包まれた。


「その後、弟子とは名ばかりの、生活力皆無で女癖最悪なダメ師匠の世話をする日々でした」


ロアは重いため息を吐いた。セオルド国王が頭を痛そうに押さえつつ、問いかける。


「具体的には?」

「次の日から半日は、師匠に歴史やら魔法やら様々な事を教わり、他の時間は店と家の手伝いをするのが日常になりました。確かに物知りで勉強は楽しかったのですが、母にフラれた師匠はその翌日から勉強が終わり、師匠も自由な時間になると街に繰り出し、毎日別の女性をつれてデートしてました。一度刺されればいいと思ったら、五度くらいありましたね。その度に自分で魔法を使って治療してましたが」


再び落ちた重い沈黙をルースが、破った。


「……それ、本当にアルスマ・カルマンだよな?」

「私が聞いた名前が偽名でなければ」


ロアは当時を思い出したのか、冷淡に返した。


「ロア、他には? 彼は幼いロアへの教育に他にどんな悪影響を与えたんだい? というか、どのような人物だった?」


セオルドが口の端を吊り上げた。笑顔が怖い。ルースが父親から若干距離をおいた。


「朝なかなか起きられない、家事の才能皆無、子供よりも手のかかる人でした。滞在して暫くすると、朝帰りや帰ってこない日もありましたね。複数の強気な女性と関係をもって、修羅場になったことも三度くらい見かけました。真っ昼間のお使い途中で遭遇して、六歳の子供にすがるように助けを求めてきましたよ。無視して通り過ぎたら、名前を呼ばれて強引に巻き込まれました。仕方ないので『お父さん、こんなところで何してるの?』って声をかけたら空気が凍りました。女性たちが引いている内に『毎日綺麗なお姉さんと遊んでばかりいると、色々手続きされてお母さんに牢屋に入れらるよ』と言うと、『最低』と女性たちに殴られて二度と相手にしてもらえなくなってましたね」


あの時は大変だったなぁとロアは昔を思い出す。


「それでもあの顔なので別のお姉さま方にすぐに言い寄られてましたが。でも基本的に肉食系の女性は苦手らしく、珍しく三人の方に言い寄られて困っている時もありました。その度に助けを求める相手が違うと思いましたが、強制的に巻き込まれるのでその時は『いい年して若作りしてる中年のおじさんが、こんなところで綺麗なお姉さんと何してるの』って声をかけてあげました。女性たちが驚いて、師匠は青ざめてました」

「因みに、当時の彼は何歳だい?」

「二十二歳でした。今は三十三、四になりますかね」

「今の俺と同じで中年のおじさん扱い……無理がないか?」


ルースが肩を落として、問うた。


「そこは信じさせましたよ。いかにおじさんが甲斐性なしでふらふらと遊んでいて、妻のおばさんが苦労しているかを。そのおばさんが恐妻で、浮気した相手と一緒におじを拷問まがいに追い詰めるということも」

「恐ろしい子供だな……」


カインが身震いし、クリスが同意するように笑いを堪えて頷いた。ロアは気にしない。


「顔だけで放蕩生活を送る恐妻持ちの若作り中年に、若い将来性のある女性たちは構わず、その場を去ってくれました。落ち込む師匠を回収して、いい加減にしないと次は幼女に手を出すロリコンだと通報しますよって脅しました」

「よく、わかった。ロアの教育に物凄く悪影響を及ぼしたんだね」

「陛下、落ち着きなさい」


不穏なセオルドをケネディが取りなす。セオルドが深く息を吐いた。


「それで彼はそのまま、君に迷惑を掛け続けたのかい?」

「母にフラれて辛いから別の女性に出会いを求めて、という師匠の言い分を父は慮ってましたが、母が許しませんでした。一ヶ月半も爛れた女性関係で私を巻き込んでいたことを知り、師匠と二人で話し合いしたみたいです。『もう宿も空いてますし、狭苦しい我が家にいつまでも滞在して頂くのも心苦しいので、快適に自由に過ごせる宿の方がお互いの生活のためにいいかと思います』と、笑顔で遠回しに出ていけと怒ってました。師匠が顔面蒼白で土下座してましたね。それからは遊びも程ほどになりました」

「終わらなかったのか。女好きなんだな」


カインが呆れた。ルースは頭が痛そうにこめかみを押さえている。


「そいつ本当に、賢者の一族のアルスマ・カルマンか?」

「賢者の一族かは知りませんが、物知りでしたよ。偽名でなければ名前は同じですね」


ロアは賢者のイメージを豪快にぶっ壊されて、何だか疲れた様子の面々を涼しい顔で眺めて、冷めた紅茶を飲み干した。


「それで、帰ってもいいですか?」

「待ちなさい、ロア。今から帰るにしてももう夕方で、すぐに夜になる。使いを出してクレアを呼びに行っているから、少しの間このまま母子で城に滞在するといい」

「ですが」

「ずっとではないよ。取引するか彼らを捕らえて君たちに危険が及ばないと確認できるまでだから。期間も一週間以内に決着を着けるようにする。その間に妻も戻ってくるだろう」

「そういえば、ティーナおばさまはどちらに?」


王が苦笑し、ルースたちが言いにくそうな複雑な顔をした。


「王妃はイオニス帝国国境の小競り合いを治めに行っているよ。あの軍事国家を相手に、魔法師数人で被害を最小限にして見事に終わらせてくれたようだね。君がいることを教えたから、最短の三日で戻ってくるんじゃないかな」


こんなところでほのぼの話していたが、今現在もあちこちで小競り合いがあるのだろう。

ロアは現実を思い知らされた。この街では旅人からの情報でしか、外を知ることができない。裏を返せば、それだけ情報統制されていて、民に不安を与えないようにしている。

だから民も生々しい話を知らずに、政治に不満を口にすることはあっても、まだ本気ではない。まだ笑えるときがあるから、一揆や反乱軍を組織するほどではないのだ。


「大変なときにご迷惑をお掛けします」


頭を下げたロアに、王が苦く笑った。


「君たちのせいじゃない。むしろこちらが不甲斐ないから巻き込まれただけなんだ」


その時、失礼しますと性急に入室してきた人物がいた。

騎士でも衛兵でも街の憲兵でもない、地味な黒服の男。身のこなしに隙はなく、足音どころか衣擦れの音も立てない。

男は臣下の礼として、王の前で膝を折った。


「どうした?」


円卓を囲む全員の表情が、王の声同様に固くなった。


「申し上げます。クレア・ノーウェンの所在がわからなくなりました」


ガタンっと音の方を注視すると、今にも倒れそうなロアが椅子をひっくり返して立ち上がっていた。


「……何で…」


愕然とした声。

直後、部屋を出ようと扉に駆け出した。誰もが呆気に取られて動けない中、控えていたエリーがロアを止める。


「エリー、どいて!」

「落ち着いてください、ロア様。あなたが今動かれても事態はよくなりません」


ぐっと拳を握り、ロアは唇を噛んだ。

きつく目を閉じて、深呼吸を繰り返す。

必死に感情を抑えようとしているのが、端から見ていてもわかった。


今にも崩れそうに足が震えている。

ロアは振り返って王を見て、頭を下げた。


「……取り乱して失礼しました。私も同席してお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


声は冷静。表情は無表情。それなのに瞳は獰猛な荒ぶる感情を如実に表し、ギラギラしていた。


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