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一旗揚げましょう?  作者: 早雪
17/38

17,

長いです。



「驚かせて悪かったね。でもロアのお陰でまだこうして生きていられるよ。ありがとう。お礼がしたいけど、何かあるかい?」


優雅に紅茶を飲みながら、セオルド国王が笑った。

本当ならば絶対安静で、ベッドに押し込んでいたのだが、本人が風魔法で抜け出しては、改めて場所を移した小会議室にやって来たので、なし崩しで同席していた。


現在、円卓には国王、王太子、宰相、大将軍、魔法騎士団長、ロアが席につき、エリーが入口に控えていた。

国のトップを集めた豪華なお茶会。

なのに、緊迫感と無縁なのは、全員がそれぞれ隠していた事情と猫被りが剥がれてきたせいかもしれない。


「大袈裟です。それより、色々あってここまで来ましたが、召喚状で呼び出された件のお話は済みましたよね。それなら私は帰ってもよろしいですか?」


ロアは終始ぶれなかった。最初は隠していた本音ももう隠さず言ってしまっている。

それはもう図太く逞しいと評するのが相応しいくらいに。


「そうだね。カインが求めたジェナスの買うお菓子に細工する件は、協力しなくていい。どれだけお金を積まれても、脅されても、君がそんなことしないのは解ってるから」


返答に詰まったルースたち三人に代わり、セオルドがあっさり許可した。


「そういうところもヘンゼルそっくりだね。あいつも嫌がっていたし、一度自分が作った料理に侍従が毒を盛った時には、激昂してその侍従を殴って追い詰めて、騎士に止められていたっけ。あの頃はヘンゼルのお陰で格段に料理を安心して食べられるようになった。自分の作った物じゃないやつでも、微かな匂いや少量の味見で、何か盛られてるとすぐに気づくから。料理が運ばれる前に発覚するから、誰がいつその料理に近づいて触ったかをすぐ特定できて、城では重宝してたよ」


父親の話が面白いのか、ロアはセオルドが語る内容を興味深く聞いていた。


「だからさっき、彼女に出されたクッキーを毒見もせずに躊躇わず口にしたのですか?」


息子の呆れつつも苛立ちを含んだ問い掛けに、セオルドは頷いた。


「ヘンゼルが言い聞かせていたのを知っていたからな。師であり父親から何度も教わったことと相反する行動を、ロアがするわけがない」


「王家に従わず反逆心ありと、牢に入れられても?」


カインが納得いかなさそうに問うと、王は自信満々に肯定した。


「ただ、もしクレアが人質になった時は迷ってどう動くかはわからないけど。他にも幼い頃から知っていてよく面倒をみてくれたご近所さんを盾にとられたら、はっきりとは断らずに返答を濁すだろうな」


「……何でも知っているかのように私を語るのは止めてください。殿下たちが更に引いています」


甘く微笑むセオルドに、ロアは顔をしかめた。


「心外だな。これでも君を利用しないように牽制してるつもりだよ。ロアが呼びされた理由はわかった。政務の方は息子たちに任せていたし、凄い巡り合わせだとは思うけど、それでも大事に隠してた子にちょっかい出されて少し腹も立っていてね。今回の件を聞けば、王妃もいい気分にはならないだろうね」


「腹いせに訓練と称して、魔法の相手をさせられるでしょう。ついでに王妃様は会えなかったのに、会った陛下に狡いと八つ当たりでもしそうですな」


王の意見に頷きつつ、ケネディが冷静に予測を立てた。一任されていたはずの王太子も宰相も鬼の魔法騎士団長も、顔色を悪くして「理不尽だ」と呟いた。


「そもそも陛下たちも人が悪いでしょう。国王夫妻に関わりがあって、そんなに大事にしていたなんてこちらが知るわけがないのですから」


訓練がよほど嫌なのかクリスが抗議すると、王が静かに笑った。青い目は刃のように鋭かったが。


「まだ詰めが甘いというだけだろう。『ヘンゼル』に行った時は、毎回お前たちに店のロゴが入った土産を十年は渡していた。喜んで食べていただろう。そこの看板娘の話も、わたしと王妃はしていた筈だ。お前たちは自分に関わりのない平民の事柄と、そこのお菓子が欲しければ誰かに買いにいかせればいい、わざわざ買いに行かなくても城の料理人に作らせればいいのにと流して聞いていたが」


クリスが図星を指されて、黙った。


「たまに土産を渡していたグロース元宰相や侍従長、メイド長はすぐに察して気付いていた。お裾分けを貰った侍従たちも、わたしたちが『ヘンゼル』を気に入っていることは知っていた。よく教育された侍従たちだけあって、貴族たちに教えることはなかったが。

ロアの両親を調べるに当たって、その三人にもケネディにも話を聞いていたのだろう。だが、両親のことは聞いても、ロアについては彼らは何も知らないと決めつけて聞かなかった。何人かは店に買いに行ったこともあったのに」


「そうですな。聞かれたのはヘンゼルとクレアのことだけ。元騎士で腕っぷしのよかったヘンゼルが、当時の料理長に弟子入りして楽しく料理していたことや、熊のように大柄な彼がお菓子好きだったこと、ヘンゼルが公式には一度も会ったことのない陛下を知らないことは教えました。本当はいつの間にか接触して、夜の城で飲み明かす仲でしたが、当時のヘンゼルは王族だと気づきもしなかったので」


ケネディに謀られたように感じ、宰相が悔しげ唇を噛んだ。質問したこと以外にも、知っていることは全部自動的に彼らは話してくれると、勝手に信用して思っていた。


ケネディも侍従長たちも裏切ったわけではない。ただ聞かれなかったから、言わなかっただけ。そもそもその時はまだ、何について調べているかも話していなかった。普段から余計なことを言わない彼らが、ロアのことを察して話せというのは無理だろう。


「わたしや王妃がどこに視察に行っているのか、何故毎回同じ店の菓子が土産かも疑問に思わなんだ。気づく可能性は低いと踏んではいた。まあ、わたしたちのお気に入りに気づいても、王妃の友人であり、命の恩人であるクレアを囮に使った時点で地獄の訓練は免れないがな」


そこでようやく三人が、自分たちがやらかして、眠れる獅子を叩き起こしたことを理解した。


ロアの母であるクレアが、王妃の元侍女であることも、クレアが社交界に出ずともお茶会で結婚前の王妃と知り合っていたことも、爵位を返上したので侍女を辞退したのに王妃が傍にと留めおいたことも、王妃に出す侍女仲間の茶の淹れ方に違和感を覚えて、その場で毒見をして倒れながらも王妃を守ったことも、報告書の話で知っていた。

その時はとても献身的で、王家への忠誠か篤い、勤勉な侍女の鑑だとしか思わなかった。だから、王妃も傍で重宝していたのだと。


「……事前に事情は説明してました。この国と狙われている娘のためにこの身が役立つならと、引き受けてくださいました」


カインが震える声で、了承を得ていたこと教えると王が冷ややかな眼差しを注いだ。次いでにそれを、息子にも向けた。

国内の件を宰相と魔法騎士団長に任せて、報告のみ受け取り、代わりに王太子が一手に外交問題を引き受けていたことは知っていた。それでも、残念でならない。


「ロア、すまなかったな。全力で罵倒したいくらい腹立たしいだろうけど、事情を汲んでほしい」

「…わかってますよ。確かに囮にしたことには殴りたくなりましたし、母に了承を得ていることも予想してましたけど、無事だったのでいいです。ど変態ストーカーもきちんと仕事したので。これで何かあったら腸煮えくり返ってましたけど」

「……ど変態ストーカー?」


不思議そうな王に、ロアとケネディが今回の件における隠密の行動の報告の詳細ぶりを話した。そこにロアと母の報告書の一部をケネディが差し出す。見聞きしていたセオルドの顔が青ざめ、頬を引き吊らせた。


「━━カイン。後で隠密行動についてどんな教育指導をしているのか、わたしと話し合おうか。行動としては間違いないかもしれないけど、入浴していた時間やどんな服を着て、似合うか似合わないかの評価やスリーサイズ、体重の推移報告は必要か?」


報告を幼馴染二人から聞くだけで、どこまで細かく書かれた内容か初めて知ったルースが、恐る恐るロアに目を向けた。因みに、視界に入ったカインが後見するメイドのエリーは、軽蔑の眼差しになった。


「ど変態。最低。気持ち悪い。消えてほしい。今すぐ破裂すればいいのに。もうこの国住みたくない」


虚ろな目で告げたロアに、王が慌てた。


「大丈夫だよ、ロア。報告書に書き込む欄が作られていたけど、スリーサイズと体重の推移は空欄だったから」

「入浴時間は毎回書かれていたわけですか。……護衛目的で付けた隠密と聞いたのですが、嫌がらせ目的のストーカーの間違いじゃないですか?」


ルースはその通りすぎて何も言えなくなった。国のために働いてくれたのに、フォロー出来るところがない。


「━━陛下、お礼をしてくれるんでしたよね? ちょっと引っ越ししようかと思っていたので、その手伝いを手配していただければと思います」

「待ってくれ、ロア。早まらないでほしい」

「無理です。変態の護衛がいるなんて、この国で安心して過ごせません」


セオルドが困った顔で、年の功があるケネディに視線で助けを求めた。


「ロア、もう少し待ってくれないか。陛下の大事を救ってくれたクッキーの件もある。疲労回復や幸運が訪れるように魔力を込めて作ったと言っていたが、そんな話は初めて聞いた。誰かに聞いたのか?」


これにはロアが反応し、思い出そうとするように視線を上向けた。


「それと効果は一時的と言っていたが、それを食べ続ければ快方に向かうことはあるか?」


ケネディが話題を変えて真面目な話を振った。ルースたちとしても知りたかったことなので渡りに船だった。何しろ、この件を聞こうとしたら王が現れて、うやむやになったのだから。


ロアも真剣に思い出そうとした。

それというのも王が診察を受けている間、呪いをかけられ、毒も盛られて、刺客が送られて一番命を狙われていると聞いたからだ。


ロアの父が亡くなった頃、国王夫妻は毒を盛られた。下手人は捕まえ、何事もなかったように振る舞ったが、完全に回復するまで二人は一ヶ月もの間、半日は病床にあった。


その後も刺客、毒、傀儡の薬、呪い、のオンパレードで特定するのも面倒になるほど狙われ続けたらしい。だから、ロアのところに行けなかったとケネディが言っていた。王たちの信頼できる者も監視され、狙われていた為、様子を探りに行かせることもできなかったとも。


王は密かに王太子たちに仕事を覚えさせて、まずは国内を任せた。それから外交も。

幸いにも周辺諸国、王家に不満を持つ貴族も、国の現状を知っていて、未だにどうにか保っていられるのは、王がいるからだと思っていた。

最近では殆どを王太子たちに任せているが、真実を知らない者たちは、王が指示を出して動かしているように見えているらしい。

だから、今日までずっと王が一番狙われてきた。王太子たちも絶えず危機に脅かされていたが、三人の前に立つ矢面のセオルド程ではない。


どうにか生き延びているセオルドだが、一ヶ月前にこれまでにない新種の毒を盛られた。解毒に困り、完全に毒を消し去ることができず、後遺症として微熱が出る。酷いときはそれが発作に変わった。

そして半月前には、襲ってきた刺客に呪いをかけられた。

幸運だったのは、刺客が魔法のかけ始めで中途半端に呪いを発動したため、体力を奪われ、胸を締め付けて徐々に衰弱していくという呪いの程度だったこと。

最悪だったのは、解除できずに真綿で首を絞めるように緩やかに死へ向かっていくことと、毒の後遺症と同時に出るときがあること。

全力で魔法医師が治療にあたっているが、進行を遅らせているだけで、結果は芳しくない。どんなに延ばしても半年過ぎたら、覚悟をしておいてくださいと言われていた。

詳細を聞いたロアは、困った顔で穏やかに微笑むセオルドを見てしまう。謁見の間でのことも毒と呪いが関係していると。

喉の乾きを思い出して、一口紅茶を飲んだ。でも味がわからない。

質問に答えるために、口を開いた。


「薬ではないので完治は無理です。そもそも込めた魔力が少ないですし、私の力じゃたかが知れてます。毎日食べれば多少は改善されるかもしれませんが、それも一時的なもので、体が慣れてしまえば例のお菓子でも効果はなくなると思います」

「治癒だけを願い、薬に魔力を込めるのどうだ?」


ルースに問われ、ロアは頭を振った。


「可能性はありますが、結局は同じだと思います」

「どうすれば回復できる? 何が足りない?」

「……私は魔法の専門家でも医師でもないので、何とも言えません。ただ単純に元を正さないといけないと思います」


苦悩する王太子にロアは、真摯に答えることしかできない。

自分たちを守るために呪いを受け、半年後には父親の死が確定する。それは一体どんな絶望だろうか。

それなのに、国のために今の平和を少しでも維持するために、父の病にだけ向き合うことができない。

刻一刻と流れていく命。

ロアだってどうにかできるなら、したかった。


「それでロア、魔力を込めることは誰から教わったんだ? それとも本か何かか? 魔力を込めるのはいつからやってる?」

「……え、と…」


ルースの空色の目を見て、ロアは記憶を掘り起こす。


(いつから……いつからだっけ? あれ? どうやって作り方を知ったの?)


「……思い出せる範囲では、三ヶ月前から作り始めたと思います。たぶん、誰かに教わって……」


ロアの曖昧な発言に、全員が眉をひそめた。

ロアは俯きがちに頭を押さえており、顔は白く、脂汗が額に浮かんでいた。

セオルドが気遣わしげに問う。


「ロア、どうした?」

「いえ、何でもないです。少しだけ、頭が痛くて」

「もしかしたら、幼いときに教わったのを思い出して作ったのかもしれないな」

「え?」

「ルースたちが調べたところによると、幼い頃に賢者の一族を師として、生活していたそうだから」

「━━え?」

「ん? 知らなかったのかい?」

「………賢者の一族?」

「そうだよ。千年以上昔、ノーザルス帝国の建国時に初代国王と共に尽力した一族。お伽噺に出てきただろう。魔法を得意として、様々な現象を起こし、知らないことは何もないと吟遊詩人にも唄われている彼らは、実在してるんだよ。知っている人間は少ないけど」

「━━は?」


今まであった頭痛も吹き飛ぶほど、驚いた。ロアは目を瞠って、ぽかんと口を開けた。

十年以上会っていない、朧気な師の顔がぼんやり浮かぶ。


(師匠が賢者!? え? ウソ?)


思わず円卓の席に座る全員を見たが、誰も否定しなかった。それどころか、知らないロアに戸惑っているようだ。


(あ、無理。もう限界だ)


思考を放棄して、ロアは机に突っ伏した。







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