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一旗揚げましょう?  作者: 早雪
15/38

15,

謁見の間は昨日と変わりなく、部屋にいる人間も一人を除いて変わりなかった。

その一人、ケネディ大将軍の姿は見えず、誰も気にもとめていないので元から予定があったのかもしれない。少し気になりつつも、ロアは自分にプレッシャーを与える人物が減ったことを単純に喜んだ。


「ゆっくり休めたようで何よりです。それでロア、あなたの意思を聞きましょうか。何かしら答えは出ましたか?」


クリス宰相がさっそく本題に入った。ロアはその性急さに何かあったのかと勘ぐる。


「その前にお聞きしたいことがあります。母は無事ですか? それとも何かありましたか? だから、ケネディ大将軍が本日はいらっしゃらないのでしょうか?」


言外に、返答によってこちらも何も答えず協力もしないと、告げた。

宰相が小さく息を吐いた。

生意気だ、ふてぶてしい、不敬だ━━どんな言葉を言われてもロアは引き下がるつもりはなかった。


危険だとわかっていながら、ロアだけを城に呼び出した。つまり、母は囮。元侍女ということや王家への献身ぶりからの人選だろう。


もしかしたら、事前に母には打診していたのかもしれない。腹立たしいことだが。


「無事ですよ。不穏な影がありましたが、排除しました。体調が良いのか、ご自分で朝食を作られて、家事に勤しんでいるようです」

「そうですか。本当に良かった。護衛兼ストーカーはきちんと仕事してくれたのですね」


ロアが安堵に胸を押さえると、宰相が微妙な顔をした。


「……あのロア、念の為言っておきますが、ストーカーは仕事に含まれてませんからね?」

「わかってますよ。隠密の方の性質というか趣味なんですよね。ペットが飼い主に似るようなもので、命令に忠実に従った結果、残念など変態ストーカーになったんでしたよね」

「……」


ルース王太子が可哀想なものを見る目で、命令を下した宰相と、隠密の上司たる魔法騎士団長を横目で見た。


ロアは内心で、してやったりと笑った。勝手に母を巻き込んで囮にしたのだ。このくらいの意趣返しは受けてもらわねば。


さっさと解放されて今度こそ帰りたいロアは、今度は意地悪せずに、素直に質問に答えた。


「考えてみましたが、やはり私は自分がその例の女魔法師ではないと思います。確かに記憶に不明瞭な部分はございますが、私が彼女なら魔力量の説明がつきません。昨日今日と試しに使用しましたが、幼い頃から変わりなく、知識としては知っておりますが、皆様が目撃した魔法を使用できるレベルではありません」


気になる点はあるが、そんなことはおくびにも出さず、ロアは自分をその魔法師だとしたければ、納得のいく説明をしろと暗に告げた。

宰相が首肯した。


「……そうですか。こちらとしてもその点は不思議なんです。けれどもあなたの言う通り、わたしどもも説明できないので、半信半疑の状態です。よくわからないものは当てに出来ませんから、仕方ないですね」


一先ず話を終わらせた。王太子が口を開く。


「では、次の提案だ。昨日クリスが言ったように、ロアの店に顔を出す、ジェナス・グウィンは反乱組織レイヴンの実質的トップだ」


「そうなんですか。具体的に何をもってそうおっしゃるのかお伺いしても?」


「商談と称してあちこちの小さな反乱組織リーダーと接触、会合している。仕事で地方に行ってはいるが、地方の火種になりそうな組織を見つけては自分の下につくように、説得しているな。これが行われた具体的な日時と場所、内容だ」


宰相が書類を持って来て、ロアに差し出した。それを受けとると、ざっと目を通す。

文書偽造の可能性もあるが、誤認逮捕になったら、王都や地方のグウィン家の商人を敵に回す。国力低下の今、そんな愚はおかすまい。

辛うじて保っているのは、商人の流通のお陰でもあるのだから。ましてや、王都で三指に入る大商家。おまけに人々から人望厚い。下手に手を出せば、槍玉にあがるのは王家を含む為政者だ。

それに協力者にしたい者の信用を、最初から失うのは避けたいだろう。

大体確認したロアは、書類を宰相に戻した。

記憶に有る限りの、ロアの店に来なかった日と一致した。


「ジェナスは殿下たちと同じように目的を持って、私に接触してきたのですね。よくわかりました。それで、私にできる協力なんてたかが知れておりますが、話だけは伺っておきましょう」


反乱組織で困っているのは、ルースたちだ。思惑が向こうにあったとしても、経営者のロアにとってはお店にお金を落としてくれるお客様。どちらを選ぶかは生活がかかっている方を選ぶ。

カイン魔法騎士団長が、反応を見るように緑眼にロアを映した。


「昨日の夕方から商談で、ジェナスは王都を離れた。次に戻るのは二日後らしい。戻って来たら必ずお前の店で菓子を買うだろう。その菓子に細工をして━━」


「━━お断りします」


ロアは黒曜石のような瞳で真っ直ぐ、カインの目を射ぬいた。心なしか怒っているようである。

カインも眉間に皺を寄せた。不機嫌に少女を見下ろす。


「眠り薬か痺れ薬でも混ぜて、そうしたら騎士団で確保する」

「お断りします」


カインがはっきりと表情に不快を露にした。対してロアは冷ややかな気配をまとっている。

一触即発な雰囲気に、控えている衛兵二人が青ざめていた。


「何故、拒否する?」

「解りませんか? 私は職人ですよ。どうして自分の誇りを持って作った物に、そんな小細工をして作った物を貶める真似をしなくちゃいけないんです? あなたにとってはたかが菓子でしょう。でも私にとっては、試行錯誤しながら職人として矜持を持って作り上げた作品です。召し上がる方が楽しめるように、少しでも幸せな気分になるように。それがどうして害するために、職人の作品を利用しなくちゃいけないのですか! ━━そんな真似、お断りです。馬鹿にするのも大概にして下さい」


強く澄んだ目から、カインが居心地悪そうに視線を逸らした。


「……そこまで拒絶しなくても。今回だけ協力してくれれば良い」


ロアが鼻で嗤った。


「頓珍漢なことを仰らないで下さい。話を聞くだけで、協力するとは一言も申し上げてません。それにそこまで言うのでしたら、あなた様がなさればよろしいのでは?」

「何?」

「あなた方にも騎士としての矜持がございましょう。小娘に小細工を頼んで、不意打ちで捕まえるのが騎士道ですか? それならその剣は誇りのない、ただの飾りなのですね」

「何だと⁉」

「あなたが先程、私に言ったことを同じように返しただけです。少しはご理解いただけましたか?」


しれっと返すと、カインが絶句した。その顔を見て、ロアは溜飲を下げる。


「私に頼む前に、それこそ優秀な部下のど変態ストーカーに頼んだ方が成功率が上がるのでは? それがお嫌でしたら、騎士らしく真っ向から捕らえに行ってはいかがです?」


カインがぐっと拳を握って、悔しそうにロアを見た。


「……ジェナスは、お前の菓子以外はそう簡単に口にしないんだ。出された飲み物も一口、二口、礼儀として飲むだけ。何の警戒もなく飲食するのは、ヘンゼルで購入した物だけだ」

「……え?」

「ついでにジェナスは平民でも、王立学院に通うくらい魔法をそれなりに使える。周りに被害がないように素早く穏便に確保するのが難しい。被害を出さないためなら、多少、騎士に反しようが構わない」


構わないと言いつつ、どこか納得のいかない様子だ。

だがロアは、そんなこと聞いちゃいない。


(ジェナスはお店で出した物以外、簡単には口にしない? だから、専属の菓子職人になれって言ったの?)


「おい、聞いているのかロア?」

「え? ……とりあえず、頑張ってください」

「………話を聞いてなかったんだな」

「どれだけ頼まれてもお断りします」


用件が終わったのなら、すぐに帰りたい。

ロアの感情を読み取ったのか、カインが疲れたように、深くため息を吐き出した。

そしてカインの次の行動に、ロアを含めたその場の誰もが、刮目した。


「━━頼む。被害を最小限に抑えるためにも、力を貸してくれ」と、頭を下げる鬼と言われた天才の魔法騎士団長。


「お断りします」


ロアはすげなく、答えた。迷う素振りすらない。


「ジェナスが強くても、それ以上にあなたの方が強いでしょう? 魔法騎士団長」


「━━それ以上の無理強いは許さないよ、カイン」


突如響いた第三者の声に、ロアは驚いて振り返る。それはルース王太子や宰相、カインも同様だった。


年齢は四十代だろうか。高い身長に色素の薄い亜麻色の髪、穏やかな青い瞳。今でもさぞかし女性が放っておかないだろう。少しやつれているものの整った顔立ちの落ち着いた紳士が立っていた。


その紳士が振り返ったロアを見て、目を見張ったのは一瞬。すぐに蕩けるような笑みを浮かべて、抱き締めた。


ロアが息を飲んで、硬直した。

それは周りも同じで、衝撃のあまりあんぐりと大きく開いた口が塞がらない。

驚きすぎたのか、ルース王太子が席を立って、少し高い壇上から足早に降りてきた。それにクリス宰相とカインが続く。

衛兵に至っては、慌てて跪いた。


「ちょっ、あのっ、誰ですか!? 放してください‼」

「父上、何してるんですかっ!!」

「陛下、何故ここに!?」


三者三様に反応した。


「殿下の父上って国王陛下っ!?」

「っていうか何でここに来てんだよ!」

「とりあえず離れてください!」


王太子と宰相が、ロアから引き剥がそうと伸ばした手を、男はダンスでも踊るように、混乱する少女を抱き締めたままひらりとかわす。


「嫌だよ。久しぶりに会えた可愛い子を取り上げようとするなんて、酷い息子たちだ。そう思わないかい、ロア? そもそも何故か君を連れてきたと聞いて、驚かされたのに」


「え? えっ!? あのっ、陛下!?」


ロアが目を白黒させていると、未だ抱き締めている男が、ショックを受けて眉目秀麗な顔を悲しげなものへ変えた。


ロアは至近距離で、子持ちには見えない端整な容貌をまじまじと見つめ、既視感を覚えた。この子犬のような悲しげな青い目を、こんな距離感で見たことがある。


「そうじゃないだろう、ロア? ━━きちんと呼んでくれないと僕の家に連れて帰っちゃうよ?」


悪戯っぽい子供のような笑み。

青い瞳には、目を丸くしているロアが映っていた。


「━━セオおじさま?」


零れた呟きに、男がこれ以上ないくらい上機嫌に、笑顔を蕩けさせた。

その表情を目撃したルースやクリスが、誰だこの人物!? と、間違えて酢でも飲んだ顔になる。


「よくできたね、ロア。ああ、本当に久しぶりだ。もっとよく顔を見せて。もともと可愛かったけれど、すっかり綺麗になったね」


満面の笑顔で、ロアの頬を両手で包む。


(っ!? イケメンナイスミドル、心臓に悪い━━!!)


悲鳴を上げそうになりながら、ロアは青白い顔で離れようと腕を突っ張り、いやいやと首を振った。


「照れたときのその反応も懐かしいな。ロアは相変わらず可愛いね」


嬉しそうに綻んで、ますます抱き寄せる男━━国王に、ロアの表情は虚ろで、目から光がなくなった。








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