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一旗揚げましょう?  作者: 早雪
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1. 召喚状

初投稿です。よろしくお願いします。



まるで物語のような展開。

誰でも一度はそんな展開を夢見たことがあるだろう。

市井しせいで暮らす少女ーーロア・ノーウェンもその一人だった。


あり得ないと頭の片隅でわかってはいても、ほんの少し期待する心があった。それこそ小さな頃は、絵本のお姫様に憧れて王子様の迎えがあるかもと妄想したり、突然覚醒して偉大な魔法師になれたらいいなという淡い希望もあった。


今となってはそんな都合のいいことがあるわけがないと理解しており、そんな展開にあったら、ナニソレ運が良すぎて気持ち悪い‼ と、鳥肌がたつことだろう。


そんな物語のような展開で想像するのは、いい方向に転じていく展開。決して悪くなる方への展開ではない。

だが現在、ロアのおかれている状況は、どう見てもいい方向への劇的展開ではなかった。


ファウス国内、王都リンゼル郊外にある古めかしい外観の小さな個人経営菓子店『ヘンゼル』。

亡き実父ヘンゼルが二十年前に母と二人で始めた店で、三年前に受け継いだロアの大切な場所。そこで彼女は今、城から来た黒服の騎士三人と町人を装った騎士二人に、カウンター越しに囲まれていた。


騎士の身分証を確認して当惑するロアに、五人の騎士のうち先頭にいる人物が上質な紙を取り出し、書面を読み上げてロアへと召喚状を向けた。

曰く、ロアが国家反逆を目論む人物と通じている疑いがあり、話を聞きたいので城へ来いとのこと。


「へ……?」


非日常事態に間抜けな声が出た。何のことを言っているのか理解できない。

頭の中が真っ白になったロアは硬直するが、最悪の結末が思い浮かぶのを全力で拒否し、どうしたものかと混乱する頭を働かせ始めた。


茫然自失している間に先頭の騎士にずいっと詰め寄られ、体が勝手に一歩引いた。召喚状を眼前に突きつけられ、体が仰け反る。

怯えているロアに、先頭の騎士が口を開いた。


「あくまで話を聞くだけだ。家にも一度帰すので、家族に事情を話してから連れていく」

「いや、でもあの、全く身に覚えがなくて何のことか」

「詳しくは城で聞く」


どれだけ訴えても「城で聞く」の一点張りで、話を聞いてもらえず、急き立てられるように店を閉め、生物のケーキを包んで荷物と持ち、馬車に乗せられて自宅近くの通りの端で下ろされた。

騎士服の三人が馬車に残り、一般人を装った二人が少し離れてロアの後をついてくる。どうやら事前にある程度、知られているらしい。


(私が逃げれば、親しい者や家族を人質にするという無言の圧力か)


何でこんなことになっているのか、自分が何に巻き込まれているのかさっぱりわからない。

三時間前に出たばかりの家に戻り、一階の居間と台所を抜けて、二階へと上がる。その後を二人の騎士が静かについてくる。

荷物は不要とのことで自室を通りすぎ、母親の部屋のドアをノックした。すぐに返事があり、ロアは一人で部屋に入った。騎士たちは部屋の前で待機している。


「どうしたの、ロア? こんな時間に戻ってくるなんて珍しいわね。何かあったの?」


窓際の寝台で上半身を起こした母親が、不思議そうな顔をした。下ろしたままの栗色の髪がさらりと揺れる。日の光に透ける肌は青白く、長年の病で体は痩せ細っていた。


ロアは自分と同じ黒曜石のような双眸そうぼうを見つめ、少しだけ息を吐いた。無意識に緊張状態でいたらしい。

幸いにして、家族への事情説明は事実を告げなくてもいいと言われている。ロアも母に余計な心配をかけたくなかった。


「あのね、製菓材料を発注ミスして、今日届くはずがまだ来てないの。三日後に入った注文に必要なものだから、隣街まで取りに行ってくるね。だから、二、三日留守にするけど…」

ちらりと母のクレアを見ると、申し訳なさそうな微笑みが返ってきた。


「そう……。わたしが動けないからあなたに苦労を掛けてばかりね。わたしなら大丈夫よ。あなたが貰ってきた新しい薬のお陰で以前よりも体調がいいの」

「え? 新しい薬…?」

「あら、忙しくてまた忘れてしまったの? 昨日の夜に追加でくれたじゃない。食材もまだあるし、わたしなら大丈夫よ。それより、道中に気をつけて。最近また税率が上がったり、追加税があって払えなかった人たちが、旅人を襲っていると聞くわ。他にも現状に不満を持つ人たちが暴動を起こしているようだし、無事に帰ってきてね」


まさに今現在、いつの間にか巻き込まれているとも言えず、ロアは軽く笑って頷く。笑顔が引き吊っていないことを願った。


部屋を出て、静かに息を吐き出す。何とか誤魔化せたはずだ。顔を上げると、騎士二人と視線が合った。

ロアはさっと目を逸らして、階下へ向かう。無言で騎士二人がついてきた。戸締まりを確認して家を出、隣のおばさんに声をかけて母のことを頼んだ。

その際にケーキを渡すと、とても喜ばれた。


「最近は甘いものも贅沢品だけど、ロアちゃんのケーキは元気が出るし、美味しくてまた頑張ろうって思えるからつい、買っちゃうんだよね。クレアさんのことなら心配ないから気をつけて行っといで」


来たときと同じように、少し離れて騎士二人と共に馬車のある通りへと出た。騎士たちが箱馬車のドア越しにやり取りするのを聞きながら、ロアは回りを見た。

通りは人気が少なく、俯いて歩いている人ばかりだ。その大半が疲れた顔、暗い顔をしていた。


「乗ってくれ」


声をかけられ、ロアは嘆息して馬車に乗り込んだ。

端に座り、窓からぼんやりと大通りの様子を見やる。人の数は増えたが、人々の顔は先程の通りで見たものと代わり映えしなかった。



***


大通りを疾走する馬車を、路地から見送る人影があった。深くフードを被っているため顔も性別も判然としない。ただじっと馬車が貴族の住宅街や城へと続く道へと入っていったのを見届けると、人影は路地の奥へと進んだ。



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