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過去作品集(戦国)  作者: 陸戦型稲葉
すごく短い短編
21/26

萌ゆる森



 ざわりと木立が鳴いた。

「おや、もう春一番が吹いたのか」

 小笠原定基は木々の梢を見上げてひとりごちる。

「月日の過ぎるのは早いものだ。それでは催促の使者も来るか」

 くつくつと笑みを零し、齢に似合わない台詞を呟いた。言葉だけでなく、萌黄の若葉を眺める横顔も、口元に浮かべた謎めいた微笑も、二十一歳の若者には似つかわしくない。ひどく老成した雰囲気を備えていた。

(土岐を討てと言われても、わざわざ南信濃から兵を駆り出すこともないだろうに。木曾でも中信濃でもいいが、近隣の兵ならば送り込むにも容易い)

 先月、定基の父・家長の元に、足利義政からの命令が届いた。鈴岡城の小笠原政秀と共に美濃に進発し、美濃守護の土岐成頼を討伐せよというのだ。成頼は西軍に属し、家長は東軍に属しているからだ。幕府・朝廷を擁する東軍こそが、我々の仰ぐべき正義である。家長はそう言ったが、定基は話半分に聞き流した。

(近場の兵を使わないのは、力が及ばないからだ。統率者は簡単に賭けをすることはできない。だから、安全さを求めて候補を探し、迅速さを念頭に候補を絞る。私達はそうやって選ばれたにすぎない。父上の言うような、信義だとか忠節だとか、そういう理由ではないのだ)

 定基は、正義や忠義というものが分からない。あまりに漠然としていて、空虚なのだ。定基はそれらを見ることも感じることも出来ないから、信じることも掲げることもまた、出来ない。

 しかし、それら空虚な言葉が、どれほど世上に溢れていることか。幕府への忠勤、朝廷への忠節、将軍への忠義。それがいったい何だというのだろうか。定基は冷めた頭で思案する。

 戦功を挙げよ、というのは分かる。戦功は目に見えるからだ。そして、功を賞するというのも、目に映すことが出来る。だが、それで何が変わるのか。首が胴から離れて、宝物が手から手へ移動する、それだけではないのか。遠く離れた国の男を一人斬ったとて、この松尾に何が起ころう。金銀財宝を賜ったとて、この松尾の何が潤おう。

(松尾の城下を潤すのは、松尾の人間だけだ。黄金づくりの太刀は、一石の米には勝てない。太刀は食えぬが米は食える。食えるものは民が喜ぶ。民が懐けば……)

 必然、統治者も潤う。

 定基は密やかに笑った。

 富むことは悪くない。自分自身の栄耀栄華には興味が無いが、上に立つものが豊かであれば、まちも豊かになるのだ。上に立つものに余裕が出来れば、今よりもっと、ずっと細やかに人々の面倒を見ることが出来る。

(それは、きっとひどく面白いだろう)

 城主の嫡男という身分でありながら、定基は好んで城下の町や村をうろついた。身なりのいい若者に、人々は最初は好奇心と緊張を持った目を向ける。定基がにこにこしながら話しかけると、ちょっとびっくりしてから答えてくれる。小さい子供は興味深々でまとわりついて、どこから来たの、何をしてる人なの、一緒に遊ぼうよ、と実にけたたましく囀った。定基は子供たちの幼稚な質問に全部答えてやり、気が済むまで遊んでやった。子供の親は恐縮しながら子守の礼を言い、定基は代価とばかりあれこれと尋ねて回った。

 城とまちとでは生活も違う。田畑を耕す農具や農耕馬・役牛は定基には珍しいものだったし、それらの使い方となればなおさらだ。見慣れないものを指して片っ端から質問すると、農具の扱いの熟練者である人々は、苦笑しながらも懇切丁寧に説明してくれた。時には鋤や鎌を定基に持たせて、並んで野良仕事をしたこともある。

(彼らは、私の知らない世界の天才だ)

 手ぬぐいを首にかけた垢抜けない男が、鮮やかな手つきですいすいと畦をおこす。どっしりした鈍重そうな農婦が、旋風のような速さで稲を刈る。たどたどしい手つきの定基がようやく一束の稲穂を刈るころには、農婦の後ろにはきれいに揃った稲穂の山が出来ていた。

『あなたは稲刈りの達人だな。まるで神業だ』

 あまりの早さに呆気に取られてそう言うと、汗と埃に汚れた農婦は豪快に笑って答えた。

『あたしなんかまだまだ遅いですよ。神業ってのは爺様みたいな人のことを言うんです』

 その爺様の稲刈りを見学すると、農婦の言葉が決して誇張ではないと分かった。農婦が旋風なら、爺様は稲光だった。剣術や槍術を修めた定基の目にも、爺様の操る鎌の動きはほとんど見えなかった。

『なぜ、彼はこんなにも早く刈れるのだろうか』

 今にも天に召されそうな、干からびたような痩躯の老爺である。あんなに急いで刈って、どこか体を悪くしないだろうかという心配もあった。

『いえ、いえ。ゆっくり刈ってたんじゃあ、とても仕事が終わらないですからね。これから馳に掛けて乾して、脱穀して、籾摺りして、精米して。お米を入れとく俵も編まないといけないし、田んぼの他にも畑だってありますから』

『そんなに仕事があるのか!大変なものだな』

『そりゃあ、大変ですけどね。手間も時間もかかりますけど、手間暇かけたぶんだけたくさん出来るから、こんなの、どうってことないですよ』

 けらけらと笑う農婦の顔は、農作業の汗にまみれていたが、定基には眩しく映った。

『多くの収穫があれば、これだけの重労働も苦にならないのか』

『そりゃそうですよ。汗水たらして働いて食えないんじゃあ、やる気もへったくれもないです。昔はそうだったって、爺様の爺様が言ってたようですよ。だけど、あたしらはこうやって、働いた分だけ取れる。くたびれるが幸せだ、って、これも爺様が言ってたんですけどね』

 何気ない農婦の言葉を、定基は脳裏に刻んだ。

 労働に対する収穫。その図式は明快で、燦然と目に映った。ほんの少し手伝わせてもらった定基には分からなくても、毎日毎年繰り返している人々には、労働の度合いが分かる。収穫のほうは誰にも明らかだ。十俵と二十俵はまったく違う。

 彼らが多くの収穫を得られるようになったのは、城主の政策のおかげである。民をいじめず、重税を課さず、田畑を荒野にもしなかった。無論、そこで働く人々の努力や、天候の恩恵もある。

(しかし、統治者の自侭は彼らの収穫を根こそぎにすることだってできた。それをしないから彼らは富んだ。それをしなくていいだけ、統治者が豊かだからだ)

 今までがそうだったなら、これからも続けていくのが一番である。

(だが、遠くへの派兵は統治者を弱らせる。戦を続けるのも駄目だ。大量の兵糧が必要になってしまう)

 だから定基は、東美濃への派兵に賛同できなかった。南信濃の松尾から東美濃の川手までは、清内路から馬籠へ抜けるか、寒原から治部坂へ抜けるくらいしか道が無い。どちらも木曾山塊を越える厳しい道だ。

(悪路であればあるほど、兵糧の消費も増える。誰がその米を作ったのだ、誰が大軍を食わせるのだ。父上は、それを考えていない)

 定基は城下の人々が好きだった。おおらかで、豪快で、喜怒哀楽のすべてが開けっ広げな人々が愛おしかった。彼らを苦しませることはしたくなかった。

 けれど、定基は未だ権力を持たない若造で、どれだけ派兵が気に入らなかろうと、父の方針を苦々しく思おうと、定基には家長の決定に逆らうことは適わなかった。

(私は力が欲しい。彼らを悲しませないだけの富と権力が欲しい。そのためなら、私は何をでもしよう)

 その思いは、目の前で萌え出でる木々の若芽のように、定基の心に芽吹いた。

 定基が富み、強固な権力を得て、はじめて松尾はあらゆる毒牙に対して不可侵を掲げられるのだ。

「……まずは私が強くならねばならない、か。父上も、鈴岡の金吾(政秀)殿も及ばぬ程の力を、私は手に入れねばならない」

 次代の城主という立場と、小笠原家の嫡男という肩書きを存分に活かすときだった。

 物騒な思惑を秘めて、定基は息づき始めた萌黄の森に背を向け、いずれ彼が手に入れる松尾城へと歩み去っていった。



小笠原定基

定基さんは享徳三年生まれとしています。

西軍・東軍は応仁の乱の勢力。

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