私は幸せ
※うっすら狂気
私の腹から小さな子供が生まれて来ておぎゃあと泣いた。その子供は四番目の男だったから四郎と名付けられた。子供の男親は嬉しいと言った。元気な男児が生まれて良かったと言って笑った。四郎、四郎、と飽きもせず呼んだ。
「四郎」
それを真似て声に出してみた。奇妙に空っぽな音だと思った。何故だろうと考えたとき風が吹いて、外で木立がざわわと鳴いた。呼ばれた気がして目を遣ると白い花が群れていた。何処かで見た事がある花だった。この甲斐の屋敷ではない所、あの場所の風はもっと潤っていた。
「ああ、お父様のお庭」
私の生まれた屋敷の庭に咲いていた小さな白い花たち。それは名前を空木と言った。
「うつぎ」
私はその花の名を呼んだ。花は答えなかったが、再び吹いた微風にゆららと揺れた。
「花が散る」
はらりと白い花弁が一枚風に舞った。はらはら、はら、はらはら。一枚、一枚、うねるように舞った。幼い日に見た散華の花弁を思い出した。五色の蓮の花弁が父の白い手から舞った。その光景はひどく美しかった。霊魂に手向けられた五色の蓮花は私と母と同じものだった。
「四郎」
私はもう一度、私から生まれて来たものを呼んだ。
「お前は何方なのかしら。私と、あの男と、お前は何方の子供なのかしら」
四郎は答えなかったが、むずかるように身じろぎをした。胡桃のような手を握ったり、開いたり、その小さな子供は安穏と眠っていた。私の腕の中で、何を知ることも無くのうのうと眠っていた。
「知らない内が幸せよ。お前はいつか私に繋がる」
この子供が何方のものであろうと、私から生まれて来たのだから、私と同じものでもあるのだ。半分だけ受け継いだ諏訪家の因業は、きっとこの子供も逃しはしない。ならば中途半端に受け継いだその諏訪の因業は、私と同じようにこの子供も蓮の花にするのだろう。母も、私も、諏訪の神と霊魂に手向けられた散華の花弁なのだ。
「ああ、そうね。お前は私の似姿、私の影絵、私と同じ蓮の花」
さわわと風が吹いて空木の花が、また、はらはらと散った。
「それなら私は、お前を愛でてあげる。いつかお前も、諏訪の御霊に捧げられるのだから」
私たちは諏訪を統べる霊魂から生じて、またその霊魂へ還る。そうやって諏訪の霊魂は清廉を保ってきた。諏訪のほかのものは還れない。ならば、
「私とお前は同じなのね、四郎、哀れな血族に囚われた子」
私は私の母がそうしたように、この子供を御霊の贄に捧げて諏訪へ還る。たとえ繰言から生まれた救いだとしても、それを信じているうちは、私は幸せなのだ。
諏訪御寮人と四郎(勝頼)
うちの諏訪ちゃん狂ってた。




