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過去作品集(戦国)  作者: 陸戦型稲葉
すごく短い短編
12/26

オール・アローン



 論功行賞の後、木曾義昌は鬱屈した心持ちで諏訪に設えられた城館を歩いた。直接には初めて会う人々の多い中、知った顔を見かけたからだった。その顔を見つけ、誰であるか思い出した瞬間、義昌は己の上に巡ってきた因果のしつこさに辟易した。

 過去の因縁を全て断ち切った、とは言うまい。しかし義昌は、因縁の全てを鼻で笑えるくらいには、悪人だった。

 それでも、後味の悪さは残る。進路の先に人影を認めて、義昌は足を止めた。

「裏切りの報酬に城ひとつ……気前いいなァ、あの極悪人」

「……小笠原」

「今は右近大夫。お前に呼ばれたくはねぇが」

 小笠原貞慶はフンと鼻を鳴らすと、義昌に向き直って正面から彼の顔を見据えてきた。

「久しいな、木曾の」

「わざわざ挨拶に来るほど懐かしかったか?」

「いいや、全然。ただの義理さ」

 貞慶は肩を竦めてみせた。父親の代に結んでいた同盟の名残を言うのだろう。

 相手の意図が読めず、義昌は不興げに眉根を寄せる。

「で、何の用だ?」

「敢えて言うなら宣戦布告、かな」

「……フゥン、物騒だな」

「まァな」

 皮肉気に口角を吊り上げた貞慶は、転瞬、突き刺すような視線で眼前の男を睨む。

「お前が貰った深志の地はな、小笠原おれにとって根源の地だ。他の誰にも渡しはしねぇ」

「奪ってみるか?」

「ああ、奪ってやるさ。何をしてでも」

 ぞっとするほどの気魄をその一言に籠めて、貞慶はくるりと踵を返した。

 歩み去る小柄な痩躯を見送って、義昌はこみ上げてくる笑いを噛み殺した。

「……いずこも同じ、か。ハハ……最高だ」

 巡ってきた因果はしつこかったが、その皮肉さ加減は面白くてたまらなかった。義昌はひどく愉快な気分になった。薄皮一枚を隔ててどす黒い諸々の感情が渦巻く愉快さだった。端的に言うなら、それは逆境なのだ。義昌は逆境を愉しむ己の悪趣味に、もう一度笑った。

(利用できるモン全部利用して、誰も頼れず信用せず、離反と悖反と繰り返す。俺もお前も、その因業から逃れる気もねぇ)


(これが面白くなくて何が面白い、なあ、小笠原?)



(所詮、俺たちは始めから独りなんだよ)




木曾義昌と小笠原貞慶

織田にて、武田滅亡の直後くらい。

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