オール・アローン
論功行賞の後、木曾義昌は鬱屈した心持ちで諏訪に設えられた城館を歩いた。直接には初めて会う人々の多い中、知った顔を見かけたからだった。その顔を見つけ、誰であるか思い出した瞬間、義昌は己の上に巡ってきた因果のしつこさに辟易した。
過去の因縁を全て断ち切った、とは言うまい。しかし義昌は、因縁の全てを鼻で笑えるくらいには、悪人だった。
それでも、後味の悪さは残る。進路の先に人影を認めて、義昌は足を止めた。
「裏切りの報酬に城ひとつ……気前いいなァ、あの極悪人」
「……小笠原」
「今は右近大夫。お前に呼ばれたくはねぇが」
小笠原貞慶はフンと鼻を鳴らすと、義昌に向き直って正面から彼の顔を見据えてきた。
「久しいな、木曾の」
「わざわざ挨拶に来るほど懐かしかったか?」
「いいや、全然。ただの義理さ」
貞慶は肩を竦めてみせた。父親の代に結んでいた同盟の名残を言うのだろう。
相手の意図が読めず、義昌は不興げに眉根を寄せる。
「で、何の用だ?」
「敢えて言うなら宣戦布告、かな」
「……フゥン、物騒だな」
「まァな」
皮肉気に口角を吊り上げた貞慶は、転瞬、突き刺すような視線で眼前の男を睨む。
「お前が貰った深志の地はな、小笠原にとって根源の地だ。他の誰にも渡しはしねぇ」
「奪ってみるか?」
「ああ、奪ってやるさ。何をしてでも」
ぞっとするほどの気魄をその一言に籠めて、貞慶はくるりと踵を返した。
歩み去る小柄な痩躯を見送って、義昌はこみ上げてくる笑いを噛み殺した。
「……いずこも同じ、か。ハハ……最高だ」
巡ってきた因果はしつこかったが、その皮肉さ加減は面白くてたまらなかった。義昌はひどく愉快な気分になった。薄皮一枚を隔ててどす黒い諸々の感情が渦巻く愉快さだった。端的に言うなら、それは逆境なのだ。義昌は逆境を愉しむ己の悪趣味に、もう一度笑った。
(利用できるモン全部利用して、誰も頼れず信用せず、離反と悖反と繰り返す。俺もお前も、その因業から逃れる気もねぇ)
(これが面白くなくて何が面白い、なあ、小笠原?)
(所詮、俺たちは始めから独りなんだよ)
木曾義昌と小笠原貞慶
織田にて、武田滅亡の直後くらい。




